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47:南の池と封じられた妖怪 (2)

 風が止んで、けれど池の水面は揺れ続ける。

 残暑に加えて空気はねっとりと蒸し暑い。

 

「警官を引き上げさせろ!早く!」

 

 叶斗が立ち上がりざまに叫んだ。

 蒼は既に池に向かって走っている。

 水面がみるみるうちに盛り上がって、まるでそれ自体が妖怪のように見えた。

 

「全員退避だ!!」

 

 山城警部がそう命令を下すまでもなく警察官達は逃げ出している。

 けれどそのうちの一人――まだ若い警察官に水面を割って現れたものの一部が黒い触手を伸ばした。

 警察官の足が絡め捕られて宙吊りになる。

 が、一瞬の後にその体はふわりと宙を舞っていた。

 蒼の手にした白く輝く刃が触手を切り裂いたのだ。

 一瞬で青年の姿に変じた蒼がどこから現れたものか、警察官達にはわからなかっただろう。

 いつもと変わらず黒いスーツに黒い皮の手袋をきっちりとはめて、それこそ暑ささえ感じていないような佇まいだった。

 既にその手には刀はない。

 解放された若い警察官は蒼が受け止めたもののさらに追いすがる触手。

 それを叶斗が放った真言の力が阻んだ。

 

「あれが、邪魅か」

 

 汗をにじませつつ独り言のように山城警部は言った。

 それははまるで黒い泥の塊。

 ぶよぶよと形が定まらない。

 叶斗の側まで駆け寄ってみたものの、邪魅が地面に触手を這わせる姿に鳥肌が立った。

 

「あ…あれ、どうやって封じるんですか!?」

 

「どこかに封じに使われていた道具があるはずだ。見つけ出してもう一度術を施せば封じられる」

 

 その道具がどんなものなのかはわからない。

 そんなものどうやって探せば…。

 

「蒼!外に出すなよ!」

 

「ああ、わかっている」

 

 叶斗は自分も印を組ながら言う。

 答えて蒼は再び刀を抜いた。

 警察官はすでに山城警部に引き渡し済みだ。

 うごめく黒い塊は叶斗の術により緩慢になった動作で池の周りを囲む鉄製の柵へと触手を絡ませる。

 けれど蒼が刀を振るえばいとも簡単に散り散りに切り裂かれた。

 小さな塊になった黒い泥があるいは水中に沈み、あるいは地面に水溜まりを作る。

 しかし数秒後に小さな塊はそれぞれが生物であるかのように動き出して一つに寄り集まり邪魅は何事も無かったかのように再生してしまった。

 いや、再生というより増殖している。

 池の水が黒く染まっているのだ。

 

「やはりもう一度封じる他無いようだ」

 

 刀を振って刃に付いた泥を払い、蒼は表情を変えずに言う。

 面倒な相手だ、と言ったのは叶斗だ。

 地に散った細かい泥もすぐに邪魅と一体になった。

 新たな触手をこちらへと伸ばすが、叶斗が九字を切ればたちまちに切り裂かれる。

 池が更に黒く染まった。

 

「あのっ!大きくなってますよ!あまり攻撃したらまずいんじゃ!?」

 

「どうせ封じてしまえば同じだ」

 

 叶斗は鼻で笑う。

 たぶんこういう面倒くさい相手が嫌いなのだと思う。

 

「おい、全員逃がしたぞ!」

 

「何故お前は戻ってくるんだ」

 

「俺の事件なんでな」

 

 邪魅が触手をこちらへとくねらせた。

 蒼と叶斗に切り裂かれるが本体から離れた一部が迫ってくる。

 防御が間に合わない。

 それを目前で撃ち落としたのは山城警部の放った弾丸だ。

 足手まといだという言葉を叶斗は辛うじて飲み込んだようだった。

 そして叶斗は言う。

 

「奴を封じていた呪具を探す。手伝え」


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