36:海と夏休み (7)
切り取られた錫杖が宙を舞い、地へと着いた瞬間先端の飾りがしゃらんと神秘的な音を響かせた。
前にも窮地に陥ってこんな風に助けられた事がある。
その時と同じように目の前には蒼の後ろ姿があった。
けれど今目の前に立つ蒼は肩で息をしている。
傷口を押さえていても、動かない右の指先を真紅の血が伝っていた。
「バカな!…どうやって!」
その言葉に反射的に蒼の縫い付けられていた場所を見れば血だまりと壁に突き刺さったままの仕込み杖の刃。
その血に塗れた刃に沿えてもう一本、蒼の日本刀が突き立っていた。
「自らの刀で傷口を裂いた…の…か!?」
葉杜は今や短い棒っきれと化した錫杖を取り落とす。
葉杜の体を締め上げたのは水だ。
水流が蛇のように手足を這い、絡みつく。
さっき錫杖を切り取ったものもまた水の刃だったのだ。
やがてばきりという嫌な音が聞こえた。
たぶん骨が折れた音なのだろう。
葉杜が悲鳴に近い声を上げる。
水流からは解放されたが手足の骨を砕かれた体はそのまま力無く地面に転がった。
「悪いな、手加減してやれなくて」
蒼の声音はどこかつらそうで、それは怪我のせいだけではないように思えた。
「なみを止めなければそろそろここもやばいぞ」
叶斗が足下を示す。
いつの間にか水が流れ始めていた。
潮が満ちても海に浸からないはずのこの洞窟に海水が流れ込んできているのだ。
なみの怒りは益々激しくなっているように思えた。
志芽乃が相棒の危機に駆けつけられないことからも苦戦しているのがわかる。
立ち上がろうとして地に着いた指先に水の流れに乗ってきた何かが当たった。
貝?
手のひらに収まるほどの貝が幾つか転がっている。
けれどそれ以上その貝を気にする余裕もなくなみと志芽乃に視線を戻した。
なみを中心に波紋が広がる。
それは衝撃をともない私達のところまで達した。
けれど志芽乃は怯まず執拗なまでになみを攻撃する。
なみの尾がうねり洞窟が崩れそうな勢いで壁を打った。
岩がぱらぱらと剥がれ落ちる。
二人を止めなければならないのに水の勢いが増して近付くことができない。
その水が急に引いた。
いや、この辺りだけ水が避けて流れているのだ。
蒼が地に掌を着いた場所から私と叶斗と蒼自身をすっぽりと囲むように。
「伊緒里!」
叫んだのは蒼だった。
伊緒里は離れた場所に倒れたままで溺れないかと心配になったが、蒼は心配して叫んだわけではかった。
「……任せといて…」
伊緒里が意図を汲み取り反応を示す。
「これで…どうやぁっ!」
水に浸かりながら力を振り絞り伊緒里の放った雷撃は大きくはなかったが水を伝って地を這うように広がった。
一瞬洞窟内が明るく照らされる。
「きゃあぁっ!!」
響いた悲鳴は志芽乃となみの二人分だった。




