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100:過去と現在(いま)と未来 (13)

 マンションの屋上には祝退院と書かれた横断幕が掲げられ、朔良が腕を振るった料理が並んでいた。

 一階のcafe Sakuraは改装中だ。

 妖怪に襲われて――というより暴れ出した妖怪のせいでリュウがバイクごと店内に突っ込んだ上に、キレて撃ちまくった銃弾の跡で店内はめちゃくちゃだったらしい。

 マンション内の他の場所はほぼ無傷で済んだのが不幸中の幸い。

 桐組のみんなも、朔良も他の住人も怪我はなく無事だった。

 だからやはりリュウには感謝すべきなんだとは思う。

 当のリュウは店を破壊したことを反省などしていないだろうけど、龍介は負い目を感じるのかこの場には顔を出さず病院を手伝いに行ってしまっている。

 私はといえば体力と霊力の限界で倒れてそのまま運ばれ、そして病室のベッドで目を覚ました。

 もう蒼のあどけなく可愛らしい笑顔は見られないんだとか夢の中で考えていた気がする。

 けれど目を覚ました私の前に現れた彼は子供の姿で、以前と同じくにっこりと微笑んだのだった。

 いや、以前と全く同じかといえば、少し違う。

 髪に一房の臙脂色と金に近い色の瞳。

 どうやら茜と魂を分けたために青年の姿だけじゃなく少年の姿にもなれる、ということらしいのだ。

 青年(ほんとう)の姿でもいられるのに――もう呪いに苦しむこともないのに――そうしないのは、きっと長い間過ごしてきた少年の姿も本当の蒼となっているから。

 今となってはどちらもが本当の彼なんだろうと思う。

 私はそれがなんとなく嬉しかった。

 でも、何か引っかかっているものがある。

 それが何なのかは自分でもわからない。

 茜の事を尋ねれば彼女もこの病院に運ばれて、まだ眠ったままなのだと蒼は言った。

 

 叶斗と蒼は一足先に病院を後にし、体力の消耗が激しかった私と伊緒里も昨日ここに帰ってきた。

 かくして、抑圧されていた反動かパーッと騒ぎたくて仕方ない住人達により退院を祝うパーティーが催される運びとなったのだった。

 初めて来た屋上は見晴らしが良い。

 数日前まで暗かった空は青く。

 暖かな日差しに、冷たさを含んだ風が心地よかった。

 蒼がいて叶斗がいて伊緒里がいて暁史がいて。

 朔良や、妖怪の住人達がいて、楓太、あやめ、渚、照玄をはじめとする桐組の人達がいる。

 加えて今日集まったのはいつものみんなだけではない。

 今日こちらを発つ予定だという紀久と大樹。

 イズミにも来てもらったし、山城警部もいる。

 今日は洋服姿の琥珀がこちらにウィンクを投げた。

 他の天狗達は病院で治療を受けていたり、影雉や壬紫は元々来る気はないのだろう。

 おまけに修験者にまで声をかけたらしい。

 

「せっかくの誘いをむげにしちゃバチが当たるわぃ。他の連中ときたら愛想がのうて、すまんのぉ。あいつら真面目すぎるんじゃ」

 

 と言ったのは一人だけやって来た一番社交的そうなおじさんだった。

 

「しかし、酒まで飲ましてもらえるたあねぇ」

 

 屋上に運び込まれた机には数々の料理と、ジュースのボトルと、日本酒の一升瓶に果実酒らしき瓶。

 

「みなさんお酒を召し上がられてもよろしいのでしょうか?」

 

 朔良が机に並ぶ瓶を眺めながら言った。

 

「このお酒は沙羅さまからの差し入れで〜す」

 

「せっかくの宴に酒も無いでは盛り上がりに欠けよう、とおっしゃっていましたぁ」

 

 美由と美弥が仲良く説明してくれる。

 今日は特別、ということなのだろう。

 とはいえこんなに真っ昼間から飲んでいて本当にいいのだろうか。

 朔良が心配するのも当然で、みんなまだ傷が完全には癒えていない。

 高校生の私にはわからないけど、祝い事にお酒がないと物足りないということなのかな。

 柊子が知ったら怒るんじゃないかと心配になった。

 

『みなさん準備はいいですかぁ?ではでは』

 

 美由と美弥の合図でお酒が注がれたコップや、未成年の私達はジュースが注がれたコップを掲げる。

 

『かんぱーい!!』

 

 辛い戦いの中ではこういう日が来るとは思えなくて。

 みんなの笑顔が眩しく見えた。

 失われた命もあるけど、でも今は悲しみを忘れて、無事を喜び合いたい。

 たぶん誰もがそんな気持ちでいるのだと思う。

 人間とか妖怪とか陰陽師とか修験者とか、そういった垣根を越えて笑い合えるって実はすごいことだと思う。

 一緒に戦ったから、一緒に笑い合える。

 辛い戦いだったけど悪いことばかりじゃないよね。

 みんな楽しそうだ。

 おじさん三人は大人の雰囲気を醸し出して談笑しながら飲んでいるし、桐組とマンションの住人の間では何故か一発芸大会のようになっていた。

 伊緒里とイズミは気が合うらしく何やら二人で特に盛り上がっている。

 

「彼女のことはどうする?」

 

「榊河くん!…えっと、イズミちゃんのこと…ですか?」

 

 いつの間にか隣には叶斗が立っていた。

 

「以前と同様に忘れさせるか?」

 

 叶斗が言うには人間の記憶を食べる妖というのがいるらしい。

 消せるのは記憶の一部分だけで、それも完全に消えるわけじゃなくて思い出すのが難しくなるということみたいだ。

 つまり何かのきっかけで思い出してしまう事がないとはいえない。

 でも実はそれを聞くまでもなく私の答えは決まっていた。

 

「私はイズミちゃんにすごく助けられました。イズミちゃんが側にいてくれて良かった。なのに都合が悪くなったら忘れてもらうなんて出来ない。記憶はできればそのままにしていてほしいです」

 

 叶斗は反対しなかった。

 

「だったら、彼女のことは君に任せる」

 

 面倒ごとを起こさせるなよと暗に言われているようで、ちょっと怖いけど。

 

「…はい…」

 

 イズミが危険なことに首をつっこまないように私が見守っていくしかない。

 

「それから……」

 

「え、なんですか?」

 

 ずいぶん間をあけてからぼそぼそと言うので私は思わず聞き返した。

 

「僕は君に助けられた。礼を言う」

 

「お礼なんて。私の方がたくさん助けられました」

 

「いや、正直君がいなければ蒼の呪いを説いてやることが出来たかどうかわからない。茜を蘇らせることもなかったかもな。最初はどうなることかと思ったが、結果的に君は僕には出来ない事を成し遂げたんだ」

 

「そう、かな?だったら…嬉しい…けど」

 

 ほめられているのかどうなのかよくわからず、しどろもどろに返す。

 

「君が梅組に戻れるように――元の寮に戻り普通の生活ができるように手配しよう」

 

 叶斗に言われた瞬間感じたのは安堵感ではなく、痛みにも似た寂しさ。

 

「…と言うと思ったか?」

 

 しかし次の言葉で全て吹き飛んだ。

 

「え?」

 

「榊河の役目は終わったわけじゃない」

 

 叶斗は言いにくそうに目をそらす。

 

「…僕には…君が必要なんだと思う」

 

 意外すぎて私は言葉の意味を取り違えかけた。

 ともすれば聞き逃しそうなほど小さな声で紡がれた言葉はまるで告白みたいに聞こえたけど、落ち着いて考えれば私の霊力が必要とされているという意味に違いない。

 せっかくまともに術を使えるまでになったのだし、修行中は叶斗に迷惑もかけた。

 育てたのに辞められたのではそりゃあ納得いかないだろう。

 

「私、これからもここにいていいんですか!?良かった…」

 

 私は素直に嬉しかった。

 だって私は人間が妖怪を苦しめるのも、妖怪が人間を苦しめるのも見たくない。

 そう思って戦っていた。

 その気持ちはこれからも変わらないと思う。

 元の生活に戻るなんてできない。

 今の私にとってはこれが普通で日常なのだから。

 きっともういらないと言われると思っていたからどうすればここに留まれるのか考えていたのだけど。

 ここから離れることにならなくて本当に良かった。

 

「そうか」

 

 そう言った叶斗は珍しく嬉しそうに笑う。

 その笑顔にまた勘違いさせられそうになるから、私は慌てて目をそらした。

 そこに紙コップを持って歩いて行く可愛らしい姿を見つけて、私は無意識に目で追う。

 頭の片隅にある不安がそうさせる。

 すみっこで柵にもたれてしゃがみ込んでいるのは琥珀だ。

 彼の表情にいつものチャラめの笑顔はなく、青白い顔をしていた。

 私は気になって会話に耳を傾ける。

 

「はい、水だよ。無理して飲まなくていいのに…」

 

「はは、何か飲みたい気分だったんだよね」

 

 どうやらお酒に弱いらしく、気分が悪くなってしまったようだ。

 

「呪いが消えて、もう蒼が長になるのになーんにも問題がなくなった。こんなにめでたいことないでしょ。戻ってくるよな?」

 

 彼はやっとへらりと笑う。

 私の中で引っかかっていたものはこれだったんだ。

 蒼はこれからどうするのか。

 空の一族の長となることに呪いという障害はもうない。

 蒼はもう榊河家に縛られる必要はないのだ。

 彼が私の式神であるのは変わらないけど、いざとなればそれは彼を引き止めるだけの理由にならない気がした。

 人間にはその力も権利もきっとないだろう。

 だから彼の答えを待つ時間がすごく長く感じられた。

 

「茜が目覚めるまで…いや、茜が償いをするなら俺は共にいて力を貸したい。だからもう少しだけ…待っていてくれないか?」

 

 茜は白澤医院の病室で静かに眠っていて、嵩波が言った目を覚ます日がいつなのかはわからない。

 けれど、その日は遠からず来るのだろうと、そんな気がした。

 琥珀はほんの少しだけ困ったように、けれど優しく笑う。

 

「いいよ」

 

 彼は意外なほどあっさりと蒼の言葉を受け入れた。

 

「千年待ったんだ。待つことは慣れてる。それに、待てということは戻る気があるってことだよな?それがわかっただけで今は十分だ」

 

 今まで戻るつもりは無いと言い続けた蒼の中でも一つの決着がついて、心境の変化があったのだと思う。

 信じ続けた琥珀の思いを受け止められるほどに。

 きっと、一族の中で反発はあるだろう。

 でもそれが全てではなく、鴉天狗達のように蒼に好意を向ける天狗だっている。

 蒼が空の一族の長になる日がきっと来る。

 来てほしいと心から願う。

 でもそれまではもう少しだけ式神としての蒼でいてくれることにほっと胸を撫で下ろした。

 

「みなさーん!」

 

「本日の目玉!」


『ドラム缶プリン登場でーす!!』

 

 美由と美弥がキレイにハモり、テーブルの横の特設ステージにドラム缶がお目見えする。

 小型のクレーンがそれを吊り上げると、ぷるんと中から見事な超巨大プリンが現れた。

 いったい何人分――いや、何百人分あるだろうか。

 大半の人達があんぐりと口を開けて呆気にとられる中蒼が瞳をきらきらと輝かせている。

 

「見たことないプリンを食わせてやると約束したからな」

 

 そう言った叶斗の手にもしっかりとスプーンが握られ、負けじと瞳を輝かせていた。

 

 

 プリン越しに見える青空ははもう破片じゃなくて、ずっと遠くまで広がっている。

 美しく晴れた空が未来にも広がっていますように。

 その空の下で妖怪も人間も今よりもっと大勢で笑っていますように。

 私はそう願わずにはいられない。

 そしてその笑顔を守るのが榊河家の務めなら、私はその血を受け継いでいることも人には見えないものが見える霊力を持って生まれたことも、今は素直に喜ばしいと思えるのだった。

 

 

 

 ――――――第一部〈完〉―――


青天の破片、完結しました!

感無量です…。

気が付けば書き始めて3年が過ぎていました。

100話も続くとは自分でも思いませんでした。

ひとえに読んで下さったみなさまのおかげです!

それ以外の何物でもありません!!

読んでいただき本当にありがとうございました。


さて、この『青天の破片』ですが、見ていただいて分かる通り「第一部〈完〉」なのです。

実は当初、ここで終わるお話のつもりで書いておりました。

あとは外伝をやっていこうと思っていたのです。

でも途中から、この先のお話も書いてみたいと思うようになっていました。

茜の生死についても最後まで悩んだのですが、続編を考えると今の形におさまる事になったしだいです。

しかしながら今回、行き当たりばったりで書き始めたせいで産みの苦しみを存分に味わい、つじつま合わせにかなり頭を悩ませたということもありますので、もっときちんと考えて話をまとめてから書き始めたいと思っております。

忘れ去られないうちに投稿できたら良いのですが…。

頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。


それから、続編を書くまでにいくつか外伝として書きたいお話もありますので、読んでやろうという方、そちらもよろしくお願いします。


活動報告にも今後について書いていますので、もしお時間ありましたらそちらもご覧下さいませ。


それでは、またお会いできる日まで、失礼いたします。

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