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146.ヴァルキュリウル③

 1回戦第一試合。

 オズワルドVSゴードルフ。


 このヴァルキュリウルの趨勢(すうせい)を占う一戦である。

 もっともオズワルドが負けてもまだまだ部下が残っている一方、ゴードルフが負けたらアイザック陣営は絶望的になる。

 そういった違いがあるにはあるが。


 観客もいきなりの大一番に盛り上がっていた。

 その試合が開始される直前、俺はみんなの元に戻ってくる。


「はー」

「どうしたの? ため息なんかついて」


 ユーフィリアが俺の顔をのぞき込む。


「いや、大したことじゃない。気にしないでくれ」


 ちょうど選手が入ってくるところだったようで、アナウンスと共にオズワルドが入場してくる。

 そしてその後ゴードルフが入場。


 ゴードルフは全身鎧を着込み、フルフェイス型の兜をかぶっていた。

 大柄でダークスチール製の鎧のいで立ちは、見るものを(おのの)かせた。

 ゆっくり、ゆっくりと石の床を踏みしめるように歩く。


「チッ。十人衆どもはゴードルフを巻き込むのにしくじったか。まあよい」


 オズワルドが忌々しげに小声でつぶやく。


「えー。試合を始める前に一つ皆さんに報告があります」


 審判であるフィオナが拡声魔法効果がついた小型の棒状のもの――マイクを受け取り、報告を始める。


「試合開始前に選手同士でちょっといざこざがありました。それで戦闘不能となった人が何名かおります」


 フィオナの言葉に会場がざわつく。


「おいおい。予選会といい、管理がなってねーぞ!」


 当然試合を見に来た人は文句を言う。


「皆さん静粛(せいしゅく)に!」


 フィオナが一喝する。


「負傷により参加不能となった人は両軍にいます。争いを仕掛けたのはどちらかとか、先に手を出したのはどっちだとか、現段階では詳しい調査ができていません。ですが、だからといって後日やりなおすというのも大変ですし、不問としてこのまま試合を始めたいのですが、どうでしょうか?」

「我々は武人である。こういったいざこざは自分で振り払うもの。そんなことで試合に出られなくなる方が悪い!」


 オズワルドが尊大な態度で聴衆に語る。

 それはオズワルドの仕業だという疑惑を深めた。

 だがオズワルドはどう思われようが気にはしない。

 予選でも騒動に対する抗議は多数あったが、不問とされたのだから。


「では、オズワルド殿下の同意は得られたということで。ちなみにアイザック殿下もすでに同意済みです」

「そうか。そういえば負傷したのは誰かな? 先ほどの説明だと十人衆にもいるらしいが」


 ゴードルフを巻き込むのに失敗した以上、戦ったのはアイザック側の2名のみ。

 10人でリンチしたはずなのに負傷者が出るなど情けない。

 その者はあとで叱らねばならぬ。


 そんな風に考えているのは明白であった。


「えーとですね。アイザック陣営が二人。これでアイザック陣営の残りはアイザック殿下とゴードルフしかいません」

「ほー。そうかそうか。それは不幸な事故だなあ」


 オズワルドがニヤニヤと笑う。


「何が不幸な事故だ。お前の命令だろうが!」

「なんのことだかさっぱりわからないな。それにこちらにも怪我人が出たのだから、痛み分けだよ。仕方のないことだ」


 オズワルドはアイザックを応援する観客からのヤジを平然と受け止めた。

 元々高潔とかそういうわけではない。

 この程度のヤジなど気にもとめていないだろう。


「それとですね。オズワルド陣営が、十人衆――」


 フィオナはそこでいったん切った。

 そしてその続きの言葉を聞くと、オズワルドの余裕綽々(しゃくしゃく)の表情が一変する。


「全員です」

「なっ!?」


 それは観客にとっても同じだったようで、会場が理解できずに静まり返った。


「ちょっとまて、十人衆がどうなったというのだ!」

「だから、全員何者かにやられて戦闘不能です。むしろよく生きてるなーってくらいひどい状況です」


 フィオナはめんどくさいなーといった体で答えた。


「そんな馬鹿なことがあるか! 10対2で十人衆が負けたというのか!?」

「いいえ。アイザック側の二人はボコボコにされてますから。その時点では全員元気だったんじゃないですかね」

「では一体何が起きたというのだ! 十人衆を全員倒すなどできるはずがないっ」

「そんなこと言われましても、我々運営側も何が起きたのかはわからないので」


 フィオナは腰に手をあててやれやれと肩をすくめた。

 そもそも運営スタッフが目撃していればそういった騒動は制止していたわけで。


「貴様か!? 貴様がやったのか?」

「彼らクラスを10人同時に相手して、バレずに誰も逃がさないとか私にも到底無理よ」

「じゃあいったい誰が……」


 オズワルドは困惑している。


「なんていうか、わからないんだけどわかる気もするのよね。わかってても言えないんだけどさ」


 もう何を言っているのかわからない。


「何を言っているっ」


 当然オズワルドが理解できずに怒鳴る。


「ていうか私に説明しておくべきじゃない? こっちも事態がわからないんじゃ対処に困るんだけど」


 フィオナが観客席にいる俺を見る。

 こっちみんな。


「それに、こういう手段に出るなら私が審判する必要ないし」


 俺もこんな事態は想定してないし。

 っていうか俺が何かやったわけじゃない。


 俺はため息をつきつつ先ほどのことを振り返る。






「なんだこれは?」


 俺は選手控室にほど近い通路に案内された。

 現場に着くとジェコが(ひざまず)いていた。


 どうやら大会参加者同士でいざこざがあったらしい。

 何人もの選手が気を失っていた。


「この者は鮮血のブラッドです」


 爺やが平然と告げる。

 頭が壁にめり込んでいてるのに、よく誰かわかるなと思う。


「いや、そういうことを聞いているんじゃないが……」


 俺はちょうどいいところにあった『椅子』に座り、大会参加者が紹介されているパンフレットを見る。


「オズワルド十人衆という奴の一人だな。えーとあとは赤い三連星というのが――」

「アシュタール様が今座っている者どもです」

「おお、ちょうどいい椅子があると思ってたが、人だったか」


 赤い三連星とやらは三人折り重なって倒れており、座るのにちょうどよかった。


「で、頭を地面につっこんで、半ケツを出しながら寝ている器用な奴は?」

「寝ているわけではないですが、ワインレッドのイアンという者ですな」

「こいつら二つ名の色を赤で統一しないといけない決まりでもあるのか?」


 実際真っ赤な血に染まっているので二つ名のとおりだな。

 本当は返り血でそうなるつもりで付けたのだろうけど。


「さぁ? それはともかく、こういう事態になっておりますという報告をせねばならないかと思いまして」


 爺やが優雅に一礼する。


「こんなことを俺に報告されてもな。予選会でもこういうつぶし合いはあったらしいし、たいしたことでもあるまい」


 少し離れたところではアイザック最強の家臣と目されていた人物、ブリトン軍の将軍の二名がボコボコにやられていた。

 オズワルド十人衆は全員やられているようで、総勢12名が倒れている凄惨(せいさん)な現場であった。


「あれ? アイザック側の二人で10人倒せるわけないよな。それなら二人がこんな状態になってるわけもないし」


 俺はふと疑問に思ったことを口にする。


「はい。オズワルド十人衆をやったのは私です」

「お前かっ。じゃあ問題ありだわ!」


 ジェコが平然と報告してきた。

 こんな介入するならさっさとやって終わりだったわけで。

 俺が怒鳴っても、ジェコは平然と受け止めた。


「落ち着いてください。あちら側から因縁をつけてきましたので、これは正当防衛です。正当防衛は許されるはずでしたな」

「本当か?」


 俺は疑わしげな眼差しでジェコを見る。

 しかしジェコは自信満々に説明した。

 ジェコの説明によると、以下のようになる。






 ヴァルキュリウル当日。試合開始前の朝。

 ジェコは選手が控える部屋の近くにあるトイレから出る。


 そこでは10名を超える人たちが何やら騒いでいた。

 乱闘というよりは一方的なリンチである。

 当たり前であろう。オズワルド陣営が10人いるのに対して、アイザック陣営は二人しかいない。


 こういう騒動は本来であれば大会を運営しているダグザ教団の者が、止めに入るなりするべきである。

 しかし、周囲にはそういった人はいないようだった。


 ジェコにはどうでもいい状況であり、無視して通り過ぎようとする。

 そこで彼らの会話が()れ聞こえた。


「この二人はこんなもんでいいか」

「あとはゴードルフだ。アイザックはオズワルド様が公衆の面前で倒すと仰せだぞ」

「それと――邪神」


 その言葉を聞き、ジェコが驚いて振り返る。


「邪神が何者かはしらんが、目にものを見せてやらねばなるまい」

「ああ。このようなところに、のこのこと出てきたのが運の尽きよ」


 なぜ彼らが邪神を知っているのか。なぜ敵意をむき出しにしてるのか。

 本来ならばそこを気にするべきではあるが、ジェコはそうでなかった。

 そちらにスタスタと歩いていき、怒気を込めて告げる。


「邪神の文句は――」


 ポキポキと指を鳴らす。


「――俺に言え」

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