145.ヴァルキュリウル②
ヴァルキュリウルが開催されることは大々的に告知された。
男性であれば誰でも参加可能。
なぜ男性のみなのかという理由は公にはされてはいない。
しかし、人の口に戸は立てられない。
皆がその理由を諒解していた。
ゆえに、王位を目指すという理由で参加する者は皆無であった。
しかし優勝すればどちらを王に選ぶかの選択権を与えられる。
当然ながらそれを多額の金銭に変えることは可能であろう。
そのようなことを目論む者が多数参加した。
それを全員トーナメントで処理するなど効率が悪い。
そのため予選会が行われた。
予選会はバトルロワイヤル形式であっさりと処理された。
本戦参加者は16名。オズワルドとアイザックのみがシード。
残りは予選会で決まった。
そして今日はヴァルキュリウル本戦当日。
俺たちはスタンドから試合会場を見下ろしていた。
「はー。なんでこんなことになったんでしょうね」
ティライザがひじ掛けで頬杖をつきつつ、トーナメント表を見る。
「なんか問題があったのか?」
俺はため息をついているティライザに問う。
「このトーナメント表を見ればわかりますよ」
ティライザに差し出されたトーナメント表を見る。
しかし、ほとんど知らない名前ばかりでこれだけでは何がなんだかわからない。
「んん……?」
「参加者のほとんどはブリトン、アイランドでは有名な将軍や冒険者ですが。まあアシュタールは詳しく知らないでしょうね」
将軍風情の名前なんていちいち覚えていられるか。
「私もそんなに詳しくはないのですが、そういう人向けに下に色のついたマークがあります。赤がアイザック陣営、青がオズワルド陣営です」
アイリスの説明を聞き、俺は得心する。
「本戦参加者16人のうち、11名がオズワルド陣営か。随分偏ったな」
アイザックの兵のみなら、これ以上の差がついたとしてもおかしくはない。
しかし、ブリトン王国がアイザックに協力しているのである。
ブリトンの軍人や冒険者が多数参加していたはず。
そのため予選突破者数も互角になるだろうと予想されていた。
「こんなに差がつくのはおかしくない? ブリトンの男はそんなにだらしなかったのか?」
ジェミーが不満そうにしている。
「まあ、何かしら裏工作したんだろ」
「えっ。そんなのありなのかよ?」
「やりますって宣言すれば抗議されるだろうけど、こっそりばれないようにやったり、あとから気づいても手遅れなのが裏工作だ」
王位継承を決める戦いがそんな正々堂々としたものになるとは限らない。
だいたいドロドロしたものになるものだ。
そもそも戦争で決まりそうだったのをヴァルキュリウルにしたのも裏工作の一環とも言える。
「例えば審判買収とかかな。他にもいろいろやりようがあるだろう」
「あー。やっぱりアタシが出るべきだったなあ」
「出たくせに」
ティライザが呆れながらつぶやく。
「出たのか?」
「はい。予選会に変装してもぐりこんで、あっさりバレました」
「アホか」
「あほです。当然各所でこってり絞られましたよ」
「ティルの魔法がダメだったんだよ」
ジェミーが不満を述べる。
「だから探知、解除魔法を使われたらすぐバレると言ったじゃないですか。完全に誤魔化す魔法なんてないんですよ」
「それをなんとかするのが賢者の仕事だろうが。あーもうちょっと暴れたかったなあ」
ジェミーはよっぽど参加したかったようで、不満たらたらである。
「手はあるにはあるんですよ。前日会得した立体魔法陣なら探知魔法もすり抜け、実際触られても大丈夫な幻影が作れます」
「じゃあそれやってくれよ!」
「ただ、その魔法を研究する時間が必要なので」
「将来のことはともかく、今回はもうどうしようもないわね。それとも何か手がある?」
ユーフィリアが俺を見る。
「今からどう手を打てというんだ。策ってのは事前に用意しておくものさ」
「えっ? じゃあやっぱり何かやっているのねっ」
ユーフィリアが目を輝かせる。
「あ、いや。そんな立派な手は打ってないけど」
過大評価されていて俺は戸惑う。
アイリスも先ほどとはうって変わって笑顔になった。
「流石ですね。『俺はヴァルキュリウルなんて出ないしやる気もないから』みたいな態度でいましたけど、やっぱりやることはきっちりやってるんですね」
「アタシは信じてたよ。超汚い裏工作をして『計画どおり!』って悪い顔をするタイプだと」
「それ本当に信じてる人に対して言うセリフかな!?」
「普段から『俺性欲とかないし、女に興味ないから』アピールしてますけど、めっちゃ興味津々ですしね」
「それは本当にねーよ!」
俺はジェミーとティライザに反論する。
たぶん本当にほとんどないんだよ。そういう生き物なんだから。
「で、一体どんなことをしたの?」
ユーフィリアが問う。
本気で裏工作をしていれば、したり顔で秘密だとか言うところだが、本当に大したことはしてないので説明する。
「んーとだな。試合会場を見ろ」
ここは巨大なコロセウム。試合会場を円形の観客席がぐるりと囲んでいる。
俺たちの席は最前列であり、一番いい席だ。
「まだ試合は始まってないし、審判とスタッフがいるだけじゃ……」
確かにそのとおり。スタッフはダグザ教団の者が多く、俺たちの知り合いなどいない。
ただ、ちょうどいま向こうから歩いてくる人物は顔見知りである。
「あれ? フィオナ姉さん?」
ユーフィリアが素っ頓狂な声を上げる。
「何で姐さんがあそこにいるんだ?」
ジェミーも疑問を口にする。
「審判をするからだよ」
「そういうめんどくさいことは断るタイプだと思ってましたが」
ティライザが疑問をぶつけてくる。
それは合っている。フィオナは今も小声でぶつくさ文句を言っているからな。
「はー、まったく。なんで私がこんなことしなくちゃいけないのよ」
と。もちろん邪耳持ちじゃないと聞こえないが
「本戦に出るような高レベルの戦闘の審判をできる奴なんて限られる。男は当然大会に参加してるから、依頼がいくのは女性になる」
もっともユーフィリアはブリトンの王女。そんな人物に依頼が行くことはまずないだろうけど。
勇者であるフィオナも拒絶しようと思えばできたが、俺のとある提案を受け入れた結果あそこにいる。
「で、その件が薄汚い裏工作と何の関係が?」
アイリスが真顔で問う。薄汚くはない……いや薄汚いかもしれないからもういいか。
「フィオナを見ろ。それが答えだ」
俺はフィオナを指さす。
フィオナは普通ではない格好をしていた。
「いや、いつもの姐さんじゃん」
しかし脳が働かない戦士にはわからないようだ。
「いや、おかしいわよ。なんで完全武装しているのかしら」
ユーフィリアが鋭い指摘をする。
「言われてみればばそうですね。審判をするだけならあんな装備はいらないはずです」
アイリスが眉をひそめる。
「危ないと思ったら戦闘を止めないといけないから武装してるんだよ。丸裸じゃ危ないだろ」
「仮にそうだとしても、武器はいらなくないですか。ましてやクラウ・ソラス。フィオナさんが使ったら本戦参加者クラスでも真っ二つにできますよ」
「戦闘を止めるのに武器での攻撃は武器で受けたほうが安全だろ。そういう理由だよ」
「まさかっ……」
ティライザが驚きのあまりガタっと椅子から立ち上がる。
「本気でそんなことをするつもりですか?」
「なんのことかわからんな」
俺はニヤリと笑う。
「うわぁ……。ホントに悪い顔をしてる……」
ユーフィリアがドン引きしている。
「やっぱりアタシの言ったとおりじゃん」
「人聞きが悪いな。俺は何もしてないというのに」
「やっぱり私の言ったとおりヘンタイでしたね」
「それは違うと言ってるだろっ」
俺はティライザに強めにツッコんだ。
そんなくだらないやり取りをしている間に、試合の時間が近づいてくる。
第一試合はオズワルドVSゴードルフであった。
「純粋なくじ引きの結果とはいえ、オズワルドはついてないな」
「ゴードルフさんが優勝するまで4回勝てばいいのか。いけるよな?」
「1戦1戦が激戦になる。一方あちら側は同じ陣営の組み合わせは片方を楽に勝たせるだろう。疲労した状態のゴードルフが万全の状態の敵に勝てるかどうかは微妙なところだな」
俺はジェミーに問われ、考察をする。
そのとき離れた後方から視線を感じた。爺やである。
同じクラスの教師と生徒という関係ではあるが、こういう場所でそうに親密に話しかけるような仲ではないという設定。
視線で合図したのは俺に話があるのだろう。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
「もうすぐ試合が始まるわよ」
「それまでには戻るよ」
ユーフィリアにそう告げて、爺やを追って人気のないところに向かった。
◇◆◇◆◇
「くくくく……。うまくいったな」
オズワルドはコロセウムの控室でほくそ笑んだ。
「はい。相当有利な状況にできました」
家臣の一人が追随する。
オズワルドの知恵袋で、ブラッドという名であった。
予選会は参加者多数だったため、バトルロワイヤル形式で行われた。
数十人がつぶし合いをするのである。
オズワルドは予選会に自分の部下を大量に送り込んだ。
そして彼らにはチームプレイをさせた。
これは別にルール違反ではない。
そもそも協力し合ってはいけないというルールなどなかったのだから。
アイザックやブリトンも多少は協力し合ってはいたようだが、数の暴力の前に屈した。
大会16人のうちオズワルドとアイザック以外は14枠。
そのうち10枠が取れたのだから十分であろう。
「問題は本戦がトーナメントであることです」
「せっかく数で優位にたったのに、味方同士でつぶし合う組み合わせがいくつもできた。何か手はないか?」
「馬鹿正直に戦う必要もありますまい。予選会でも参加者同士のいざこざは多々ありました」
参加者は荒くれ者が多い。そんな人たちを集めれば騒動は多々起こる。
大会運営を担ったダグザ教団も手を焼いた。
騒動が起きてもスタッフの目の前でなければお咎めなしとなっていた。
それはもちろん本当にただの喧嘩であったケースも多い。
しかし、意図的に喧嘩を仕掛け、危険人物をつぶしたというケースもあった。
「あちら側は馬鹿正直に大会に参加していて拍子抜けしたわ。知恵者がこういったことにも対抗策を取ってくると思っていたのだが……」
オズワルドが首をかしげる。
そもそも、そういう工作をする者がいなければとっくに至高の座は自分のものとなっていたはずだった。
この大会はアイザック側が仕掛けてきたもの。
あちらも相当な策を用意していると思っていたのだ。
「本戦は参加者が16人しかいませんが、うまいこと挑発して騒動を起こしてしまいましょう」
「アイザック側の二人は猪武者。それで消せるだろう。ゴードルフはどうかな? あれが一番厄介だ」
「ゴードルフは戦士ではありますが冷静な男。こちらの挑発に乗るかはわかりません。できうる限りのことはしますが」
「1回戦のワシの相手がゴードルフだからな……。くじの結果とはいえ、どうにかならなかったのか?」
「くじは法王猊下監視の下で行われました。工作不可能です」
大会を運営するスタッフはある程度買収したりしていて、騒動が起きてもそ知らぬふりをしてもらうことはできた。
しかし堅物である法王は買収不能。純粋なくじの結果として、今の組み合わせ結果となっていた。
「まあいい。ゴードルフは戦士。こちらは魔法戦士。1対1ならいくらでも手はあるわ」
1対1においては魔法によって自己を強化したり、回復する手段があった方が有利である。
強さという意味ではゴードルフの方が格上ではあったが、勝機はある。オズワルドはそう考えていた。
万が一負けても消耗させておけば他の者が倒すであろう。
その者には褒美をたっぷりと与えねばならないであろうが。
女性であれば自分が王になるなどといきなり言い出しかねない。
それゆえの女性禁止のルール。
万全の体制を用意できたことにオズワルドは満足していた。
「オズワルド様に出番などございません!」
10人の大会参加者がオズワルドに跪く。
「いや、アイザックはワシ自ら倒す。弱らせるだけにしておけ」
弱小勢力の分際で、ここまで手を煩わされた鬱憤を晴らしたいのである。
「ワシが王位についた暁には、褒美は望みのまま与えよう」
オズワルドが王になれた場合、最大限の貢献をしたのがこの10人となる。
彼らはすでにオズワルド十人衆と呼ばれ、次期政権の重鎮になると目されていた。
彼らに満足げに頷くと、オズワルドは第一試合に出場するために試合会場へと向かった。
試合が始まる頃にはほぼ決着がついているだろうと思いながら。
本日書籍1巻発売となります。
よろしければ手に取ってみてください。
また、特設サイトは15万ポイント突破。
20万でティライザのCV解放となります。




