144.ヴァルキュリウル①
俺たちがそういった動きを裏でしていたことを伝えると、ユーフィリアは感激して目を潤ませた。
「そんなことをしてくれてたなんて……。ありがとう」
俺の手を取り感謝の言葉を述べる。
ドキッとしたが、俺は頷くのみであった。
「ティル……。迷惑をかけちゃったわね」
「いえいえ。新しい魔法を習得する機会を得られたのでむしろありがたかったですよ」
ティライザはぶっきらぼうに言っているが、これが照れ隠しなのは言うまでもないだろう。
「アイリスも聖女なんてやりたくなかったでしょう。ごめんなさい」
「いえ……。これも神に課された試練です」
アイリスが微笑む。
「ジェミーもその、ありがとう」
「アッハッハ。たいしたことじゃねーよ」
ユーフィリアから出た言葉は間違いなく心のこもったお礼なのだろう。
しかしそのやり取りにティライザが吹き出した。
「実際ジェミーはたいしたことしてないですし」
「うるせーなあ。アタシの仕事は戦闘だぞ。出番をくれよ出番を」
「で、だ。今後のことなんだが」
しんみりした雰囲気はもういいだろう。俺は話を変えようとする。
「そうね。まだ終わったわけではないわ。振り出しに戻っただけ」
ユーフィリアが表情を引き締める。
「と言っても、私たちにできることは今のところないのですよね」
ティライザが淡々と話す。
ヴァルキュリウルの開催が決まった。その詳細は後日会議で決定される。
会議の参加者は法王と二人の当事者のみ。
「アイリスは話し合いに参加できないの?」
「私はブリトン人でアイザック陣営寄りとみなされていますので……。法皇様も出ないほうがよいと」
ダグザ教法王はあくまで国内の混乱を憂いているだけで、別にアイザックに加担しているわけではない。
彼女の立場ではアイリスに来られても迷惑なのだろう。
聖女として強く参加を希望すれば出られたのだろうが、控えめなアイリスの性格でそんな強引なことをするはずもなく。
「じゃあホントに会議の結果待ちね。そもそも何を決めるのかもわからないのだけど」
ユーフィリアがお手上げというふうに両手を上げる。
ユーフィリアには内緒で動いていたため、彼女の頭の中にはヴァルキュリウルのことなどなかった。
当然それについて調べているわけもない。
俺たちはヴァルキュリウルについて軽く説明を行った。
「何を決めるかって王位を決めるんだが、その選定方法は様々だ」
「ヴァルキュリウルは戦いのルールが明確にこれと定まっているわけではありません。チーム戦だったりトーナメントだったりといろいろです。それを会議で決めますので、オズワルドとアイザック殿下が自分に有利な条件にしようと火花を散らすことでしょう」
俺の説明を解説好きの賢者様が上書きする。
「どうなったらアイザック陣営に有利になるの?」
「そりゃ一騎打ちだろ。戦力だけならオズワルドの方が何倍もある。集団戦でもトーナメントでもあっちの方が人材がいて有利なんじゃないの」
珍しくジェミーが頭を使って語る。戦いだから興味があるのだろう。
「他国の人が参加していいなら、むしろ集団戦の方が有利じゃないですかね。フィオナさんとか私たちが参加すれば大丈夫でしょう」
「ああ。うちらが参加していいならそうかもな。やっとアタシの出番がきたか?」
ジェミーがティライザの話を聞いて心躍らす。
「まあオズワルド側は当然他国人の介入を嫌うはずです。どうなるかはアイザック殿下の交渉能力次第でしょう」
外野があーだこーだ言っても仕方がない。
結果を待つこととなった。
数日後、アイザックがブリトンを訪問した。
ブリトン王城ウォーリックの客間にリチャード二世、ゴードルフ、フィオナ、俺たちが集まっていた。
「トーナメントということになりました……」
アイザックの表情はすぐれない。声からも力がなかった。
「そうか。して、他国の者は参加してよいのかな?」
ブリトン国王リチャード二世が不安げな表情で問う。
どうも交渉がうまくいかなかったように思えたのであろう。
「はい。他国人も参加可能な大会を開くということになりました。1対1のトーナメント式です」
「よっしゃ! あとは任せときな」
ジェミーが出番がきたと喜んでいる。
両手をパンと叩いた。
皆もアイザックの言葉にほっと一息をつく。
ブリトン王国の者は自国の戦力――勇者の強さにはゆるぎない自信があった。
勇者が参加可能であればトーナメントだろうが勝ち抜けると確信していた。
「じゃあ私たちが参加するから、大丈夫ね」
ユーフィリアは上機嫌で声を弾ませる。
アイランド王国にはユーフィリアやフィオナに匹敵する勇者はいない。
唯一互角だった勇者がアイザックの父親であるレイシーズなのだが、運悪く前々回の魔王戦争で戦死している。
「あの……。その件なのですが」
アイザックが何やら言いにくそうにしている。
「えーとですね……」
「どうしたの?」
「参加者は男性のみ――女性は参加禁止となりました」
「はあ?」
フィオナが顔をひくつかせた。
「ちょっと待ちなさいよ。私とユーフィリアたちが参加できないなら有利でもなんでもなくなるわよっ」
楽勝ムードだったのは彼女らがいるからである。
女性禁止でもブリトンの男性軍人を派遣することはできる。
しかし彼らが相手よりことさら強いというわけでもないだろう。
「ア、アタシの出番は……」
「ないようですね」
ジェミーの肩をポンと叩くティライザ。
あまり慰める気はないようだ。
「事情が変わってしまいましたな」
男で唯一ユーフィリアらと同格とみなされているのがゴードルフである。
皆の視線を感じ、話しだす。
「しかし私にお任せください。アイランドの軍人だろうが1対1で私が負けることはありません」
「頼もしいな」
跪いたゴードルフに、リチャード二世は鷹揚に頷く。
「ゴードルフは戦士なのよねえ……」
フィオナが難しそうな顔をする。
1対1では魔法が使えたり、特殊な能力があった方が有利である。
「女性禁止ならなんでトーナメントにしたんだか」
俺はやれやれと肩をすくめた。
「女性禁止という条件を最後に突き付けられたのです……」
「突っぱねることは?」
「法皇様がその案を支持したので無理でした。それまで他国人参加可能、トーナメントにしようと提案したのはこちらです。こちらの要求を次々と飲むので不思議に思っていましたが、最後にしてやられました」
今までこっちが譲ったんだから、今度はそっちが譲れ。
そう言われては拒否は難しい。
最終的には法王が裁定を下すが、その法王も支持したのでは打つ手なしである。
「なぜ法王様は女性禁止なんてルールを支持したんだ?」
「ヴァルキュリウルは次の王を決める神聖なる儀式。しかし部外者の参加が可能なケースでは、次の王は私と叔父上どちらかに決まっているわけではありません」
「えーと、確か優勝者が王になることも可能だったな」
「はい。我々にも叔父上の陣営にも属していない者が、自分が王になると言い出す可能性がわずかながら存在します」
他国人が参加OKである以上スコットヤードが介入してくる可能性もある。
どこにも所属していない者も。
「それが女性禁止と何の関係があるの?」
ユーフィリアが不思議そうに問う。
「第三者が王になるにあたって、条件があるのです。いくら正式にヴァルキュリウルに勝利したとはいえ、赤の他人がいきなり王位についても混乱が生じるでしょう」
「それはそうね」
「しきたりでは前王家の子孫と結婚することが義務付けられています」
こういうときは前王家の遺児と婚姻関係になるのは常套手段である。
「当然ながら前国王と血の繋がりが濃い者のみが対象です。そして現在のアイランド王家に、その条件を満たすのは男児しかいません。私と叔父上のみとなってしまいましたが」
「えーっと……。つまり男性が優勝しても男性の王族と結ばれることはないので、王位を取られる心配がないということね」
説明を聞いてユーフィリアは納得する。
「いや待って、どういうこと?」
ジェミーは説明を聞いても理解できないようで、首をかしげている。
もっともジェミーに理解できるまで説明するのも面倒。放置して話を進めることにした。
「法皇様はトラブルが起きる可能性を避けるために、女性禁止に賛成したんだろう。スコットヤードも動く可能性があるからな」
しかしスコットヤードが動くのは裏工作とかだろうし、スコットヤードに強い女性がいるわけでもない。
法王はむしろブリトンに乗っ取られるのを危惧したのかもしれないな。
「しかしまあ、大会で勝つ可能性がある女性ってここに集まっているけど、誰も王位には興味なさそうだけどな」
ユーフィリア、フィオナ、ティライザ、ジェミー、アイリスがここにはいる。
「ないですね」
ティライザが心底興味なさそうに告げる。
「世俗の権力を求めるは神の教えに反することです」
アイリスも同意する。
「そもそもアイランド王国の男児と結婚しろとかお断りだし」
ジェミーが断言する。
「それもそうね……」
ユーフィリアが頷く
「うーん。無理かな」
フィオナはアイザックを見る。
オズワルドは論外としても、アイザックは年頃も彼女らに近く、容姿端麗ではある。
さらに大国の王族であり、これまで女性にこのように拒絶されたことなどなかったのだろう。
皆に拒否されたことでアイザックは少なからずショックを受けたようだ。
「え……。そ、そんな……」というかすれるような声が漏れ出た。
「ルールが定まった以上、その枠内でやれることをやるしかないな。やろうと思えばいろいろ手は打てるけど」
俺がそう告げると、皆がじーっと見てくる。
なんだなんだ?
「アシュタールは出ないの?」
「出ないよ。そういうの苦手なんで」
ユーフィリアの問いに即答する。
俺はこういうのは見る側に回るのが好きなんだ。
けど、女性禁止じゃアイザック側が勝てるかはわからない。
仕方がないなあ。また俺がやるしかないのか。
「けどまあ、どうしてもって言うなら考えなくも――」
「そう……。アシュタールにはもう十分手伝ってもらったし、あとはこちらでなんとかするわね」
「あっ。えっ?」
ユーフィリアはそう答え、それ以上催促することはなかった。
「そうですね。出たくないと言っている人を無理に出す必要もないでしょう」
「これ以上アシュタールさんに頼りきりというのもどうかと思いますし」
「やっぱりアタシがなんとかして出るか!」
ティライザ、アイリス、ジェミーも追随する。
ほかの人たちは何も言わない。
それで話は終わりとばかりに、皆がぞろぞろと退室していった。
あれ? あっさり引き下がるの?
これじゃやっぱり出ますとか言えないじゃん。
「あ、あの……?」
俺の声は寂しく無人の客間に響き渡るのであった。




