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143.拝謁

 ダグザ法王レイラは俺たちに気づいているはずだが、祈りを中断しようとはしない。

 その空間にしばしの静謐(せいひつ)が訪れる。


 短気なジェミーが話しかけようとするが、俺はそれを制止する。

 その静謐(せいひつ)な空間を壊したのは、扉から聞こえる甲高(かんだか)い音であった。


 ガンガンと扉を打ち付ける音。

 ティライザの施錠(ロック)を魔法で解除することができず、扉を壊した方が早いと判断したのであろう。

 解除するには魔法をかけた者より強い魔力が必要になる。


 ティライザは全力で鍵をかけたわけではないが、彼らには全力を出しても解除できなかったということだ。


「ふう……」


 レイラはため息をつきつつ祈りを終わらせ、俺たちに向き直った。


「なかなか騒がしいですね。何用でしょうか?」


 誘拐とか暗殺とか、そういう物騒な要件ではないと察したようだ。

 そういう用件ならおとなしく祈り終わるのを待つ理由がないからな。

 俺は一歩前に出て話す。


「協力してほしいことがありまして」

「このようなところにまで、無理やり押し掛けるような話でしょうか」

「面会を希望しても通してもらえなかったのでね」


 まあそもそも交渉がへたすぎたという説もあるが。


「それに、お互いの希望にかなうことだと思いますよ――今シュズベリー砦で起きている争いを止めるというのは」

「フッ」


 法王は自嘲(じちょう)するように笑う。


「止められるのであれば素晴らしいことです」

「あなたの協力があれば止められます」

「法王を過大評価していますね。残念ながら私にそのような力はありません。調停は働きかけたのですが、両者とも受け入れませんでした」


 会話をしている間に扉が壊され、神殿兵たちが次々と祈りの間へと突入してくる。


「法王猊下(げいか)! ご無事ですかっ」


 もっとも俺たちは法王の近くにおり、手を出そうとすると法王に害が及ぶ可能性があると考えているのだろう。

 遠巻きに後方を包囲するのみであった。

 神殿兵は殺気立っていたが、レイラは彼らを押しとどめた。とりあえず話は聞くということである。


「もはや争いは止められません。私にできることはただ神に祈ることのみです」

「神に祈ってなんになるって言うんだよ」


 ジェミーがデリカシーのないことを言う。


「神は我々を常に見ています。そして世界は神に見捨てられたら終わりです」

「大げさだなあ」

「過去人類には幾度となく危機が訪れました。しかしその都度奇跡のようなことが起きました。これは神の奇跡以外あり得ません」


 レイラは穏やかに反論する。


「祈らないと見捨てるような神は、そもそも人類の守護者でもなんでもなかったということじゃないですかね」


 俺も持論を述べる。


「そのような考えの者が増えたから、人類は見捨てられたのかもしれませんね」


 レイラはため息をつく。


「半世紀もの間、聖者が誕生しなくなった。これは由々しきことです。神に見捨てられたら、人類は(きた)るべき第七魔災を乗り越えられない」


 信心深い人にとって、聖者が現れないというのは深刻なことである。

 もしかすると我々は神に見捨てられたのではないか。ダグザ教団内ではそんなムードが(ただよ)っていたのかもしれない。


「先のことはともかく、今の問題を解決しましょう」

「どうやって? 彼らは話し合いには応じませんよ」

「ダグザ教には争いを強制的に仲裁するしきたりがあるでしょう」

「フフッ。ヴァルキュリウルですか。それこそまさに神のお力が必要になります。聖者と神器。どちらも今の人類にはありません」


 レイラは俺の言葉ですぐに察知する。

 しかし述べたのは否定の言葉であった。


「それはどうかな」


 俺はしたり顔でアイリスを見る。

 アイリスは覚悟を決めて外套(がいとう)を脱ぎつつ一歩前に出た。


「あなたはブリジット教団の方ですね。それなりの地位にあるとお見受けしました。今回の件については教団に抗議を――」


 レイラが目を見張る。

 アイリスが自分の右胸に聖なる気を放つと、そこから強い輝きが()れる。


「こ、この光は……」


 レイラと神殿兵たちは光に寄せられる夏の虫のようにアイリスに近づいていく。

 

「馬鹿な……」

「しかし間違いないぞ」


 老齢の神殿兵たちが驚嘆(きょうたん)の声を上げた。

 レイラはおずおずとその(あざ)に手を伸ばす。


「おおおっ……。これは間違いなく聖痕(せいこん)……」


 そこにあるは(ゆめ)(まぼろし)ではない熱き証。


「で、ではこの方が新たなる聖女様!」


 老齢の兵士は雷で打たれたかのように硬直していた。

 若い兵士には何がなんだかわからない。呆然と立ち尽くす。


「お前たち! いったい誰に向かって武器を向けている! 武器を納めよっ」


 神殿兵たちは俺の言葉に雪崩(なだれ)を打って武器をしまい、(ひざまず)いていく。

 ここにいるのはダグザ教団の中核となる人々。

 彼らにとって聖女がどれほどの価値があるものかを証明していた。


「神はまだ我らを見捨ててはいなかった……」


 レイラは感極まってアイリスの手を握る。


「私たちと来ていただけますか?」


 アイリスは聖女にふさわしい透きとおるような声で問う。


「はい。しかし、あなたがいてもまだヴァルキュリウルは開催できませんよ」

「もちろんそれも用意してあります。こっそり忍び込むのに邪魔だから持ってきてはいませんが」

「え、ええ。それならば……」


 レイラは困惑しつつも(うなず)く。

 俺は全員を集めて転移した。






「あああああああああっ。なんだここっ」


 転移した瞬間、ジェミーが周囲を見て慌てる。

 周囲に見えるのは雲。下は空中。

 驚くのも無理はない。


「落ち着け。シュズベリー砦の遥か上空だ」


 そう答えると同時に転移してレーヴァテインを回収し、戻る。


「落ちるうううううう」

「ジェミーうるさい。落ちないから黙って」


 ティライザが呆れつつ耳を(ふさ)ぐ。

 事前に飛行(フライト)の魔法は全員にかけており、落ちる心配はない。


「これが神杖レーヴァテイン……」

「そういうことになる」


 俺は目を丸くしてレーヴァテインを見ているレイラに答える。


「といっても私には真贋(しんがん)は見分けられないのですが」

「文献と同じ形をしていますし、信用してもらうしかないですね。あるいはその杖をちょっと使ってみれば神器級の力を秘めているのはわかるかと」


 ティライザが解説をする。

 レイラはその杖で簡単な魔法を使うと「なるほど」とつぶやいた。


「確かにこのような杖は人には用意できないでしょうね」

「ご理解いただけたところでさっさと戦を止めたいところだが、間が悪いな」


 地上を見下ろすと、とっくに戦闘は始まっていた。

 それを邪眼(イビルアイ)ビジョンで見る。


「急がないと! 犠牲が増えます」


 アイリスが慌てて降下していこうとするが、俺はそれを制止した。


「乱戦だから危ない。今降りるわけにはいかない」

「ヴァルキュリウルを宣言すればいいのではっ」

「アイリスがいきなり降りていって『ヴァルキュリウルですっ』って叫んでも相手にされないだろ。乱戦だし両軍から攻撃されるぞ」

「むううう……」


 アイリスは不満で(ほお)(ふく)らませた。


「条件が整っていることを示さなければならない。それも効果的にな」

「くっ」

「慌てなくてもとりあえず今の戦闘はもう終わる。オズワルドらしき人物がもう追い詰められているしな」

「奇襲がうまくいき、総大将さえ討ち取れば勝敗は確定。国内の争いですし追撃もないでしょう」


 ティライザが同意する。

 彼女も遠見の魔法で戦場を見ているのだ。

 肉眼では戦闘が行われていることはわかっても、細かい戦況はわからないであろう。


「私は調停のために来たのであって、アイザックに肩入れするために来たのではありません」


 アイラが不満を述べる。

 戦闘を止めようと思ったけど、アイザック陣営が有利だから止めずにこのまま行こう。

 俺たちの会話がそういうふうに聞こえたのだ。


早合点(はやがてん)しないでください。出番はあります」

「オズワルドが討ち取られれば終わりでしょう」

「あれは影武者です」

「えっ!?」


 ティライザが驚きの声を上げる。


「本物は川の向こうで偉そうに指揮を執っている」

「あれはオズワルドではないのでは?」

「魔法で姿を変えているな」


 幻影魔法であるが、残念ながら俺の邪眼(イビルアイ)誤魔化(ごまか)すことはできない。


「なるほど……。主君の危機の割には周りの兵が落ち着いているのはそういうわけですか。本来ならもっと焦って救援に行くはずです」


 この後の流れは容易に想像がつく。

 偽のオズワルドを討ち取り、勝利を確信したアイザック軍は追撃などしない。

 そこでオズワルドが正体を見せる。


 少数で奇襲した以上、アイザック側はかなり消耗している。

 勝ったという達成感があればその疲労も心地よいものだが、標的が生きているとわかれば重くのしかかってくるであろう。

 戦いというものは士気が重要なのである。


「このままだとアイザック軍は逃げるしかないな。どの程度生き残れるやら」

「そ、その前になんとかしないとっ」


 アイリスがあたふたする一方、ティライザはのんびりしていた。

 先の展開を読み切ったのである。


「いつ降りますか? オズワルドが勝ち誇って偉そうに(しゃべ)るのが終わったあたりですかね」

「それでいいんじゃないかな。下りていくのは法王猊下とアイリス、俺だけで十分だ」

「アシュタールは何しに行くんです?」


 ティライザがそれほど興味なさげに問う。

 終わった終わった。さっさと帰りたいといった態度である。


「殺気立った奴らの(まと)になるために、かな」

「いきなり戦いを止めろと言われても、はいそうですかと聞くわけもないでしょうね。そういう役割は確かに必要です」

「おいおい、それってアタシの仕事だろ。盾はアタシだぞ」

「他にも魔法でやることがあるから。俺が行くよ」


 ジェミーがやる気に満ちた顔になるが、さすがに多数の敵からの集中砲火を食らっては危ないので、やんわりと断った。


 方針が決まるとティライザはジェミーをつれて先に帰った。

 一方俺たちはタイミングを見計らって降りていった。

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