142.法王に会うために③
ファッ!? 女子トイレ?
「おいおい……」
「えええええええっ!?」
ジェミーとアイリスが思わず声を上げる。
予想外の行動に困惑しているようだ。
幸い周囲に人はいないようなのでセーフである。
ティライザは俺たちの困惑などどこ吹く風で、そのままトイレの扉を開け急いで中に入っていく。
当然手をつないでいる俺たちも。
トイレに入った瞬間、透明の魔法が解ける。
トイレとか更衣室、お風呂といったところに透明のまま入れたらのぞき放題じゃんね。
そんなことを世界が許すわけがない。
遠見の魔法もそうだが、そういったものをブロック、解除する魔法がかけられているのだ。
姿が見えた以上、つないだ手を放してもよかったのかもしれない。
しかし俺たちはティライザに誘導されるがまま個室の一つに入った。
ティライザはふうっと一息つく。
「なんだティル。漏れそうになったのか?」
「馬鹿なこと言わないでください。魔法の効果時間が限界だっただけです」
ティライザはジェミーに呆れながらツッコむ。
あたりまえのことだが、魔法には効果時間というものがある。
効果時間はどれだけ魔力を消費するかで変わるが、1回で長時間効果があるようにするよりもかけなおした方が効率はいい。
途中でかけなおすつもりでいたが、思ったよりいい場所を見つけることができず焦っていたということだ。
も、もちろん最初からそうだと思ってました。
「しかしなぜ女子トイレに……」
アイリスは俺をちらっと見て顔を赤らめる。
敬虔な司祭様にはありえないシチュエーションである。
すいませんね。俺が付いてきてしまっていて。
「すれ違う人物の男性比率が明らかに高かったので、女子トイレの方が人が来る可能性が低いのです。それに個室も多いですし」
一方ティライザは真顔で説明をする。
ダグザは戦の神であり、男性比率が高い。ゆえに男子トイレより女子トイレ。
女子更衣室があればそれでもよかったのかもしれないが、万が一誰かが来たら四人が隠れるというのは難しい。
やはりトイレがベストなのだろう。
「何か問題がありましたか?」
「まあアシュタールがいるのは問題があるかもな」
ジェミーが倫理観の問題を指摘する。
「確かに男子が女子トイレにいたら大問題ですが、今の我々はどこにいても大問題ですので」
見つかったらアウトという意味では大差がない。
このような重要施設に忍び込んだ罪に比べれば、女子トイレ侵入罪など微々たるもの。
ティライザはそう考えているようだ。
実際見つかって捕まってしまった場合どれほどの罰を受けるのか。
相当重い刑に張るのは間違いないであろう。
「なるほど。ティルがいきなり女子トイレにぐいぐい引っ張っていくから焦っちまったよ」
「んん? 漏らしそうだからトイレに急いで向かっていると思ったのですか?」
「思った」
「いくらなんでも男性をつれてトイレで用を足すなんてことをするわけないでしょう。ヘンタイですね」
ティライザはジェミーをジト目で見る。
「ティルはそういう常識がないからまさかと思ってな」
「なんで女子トイレに向かうのかと不思議に思ってました……」
アイリスもほっと一息をつく。
「私をなんだと思っているんですか。ねえアシュタール?」
ティライザが俺に話を振って来るが、俺は真顔で反応をしない。
……。
……。
……。
そんな俺を三人がジト目で見る。
「そういうことを考えていたみたいですね」
「だな」
「そのようですね……」
俺は首を左右にぶんぶんと振り否定する。
「ほー」
「へー」
「ふーん」
かけらも信じないアイリス、ジェミー、ティライザの三名。
「じゃあ、そんな不埒なことを考えていない証明のために、とりあえず何か喋っていただけませんかね?」
「なるほど! さっすが賢者。ティルの言うとおりだ。動揺してなければ普通にしゃべれるはずだぜ」
「普通に話せれば潔白の証明になるでしょうね」
アイリスもうんうんと頷いている。
俺は落ち着けというジェスチャーをする。
そもそも俺たちはこっそり侵入している最中なわけで。
人気がない女子トイレで小声とはいえ、不必要な会話は避けるべき。
まあそれを説明できないんだけどな。
彼女らは俺が話すのをじっと待っている。
さてどうする?
言うまでもなくトイレに入った段階で俺は動揺しています。
この世界のトイレは魔法を利用した技術により非常に清潔に保たれている。
匂いも芳香剤の花の香りしかしない。
別に誰かがトイレを使っている最中というわけでもない。
そういうものを連想させる要素は何一つない。
だけど――
いきなり女子にトイレに連れ込まれて冷静でいられるわけがないだろいい加減にしろっ。
どういうプレイだよ。
いや、別にエッチなイベントが起きるとかそういうことを期待してたわけじゃないし。
そもそも邪神族はそういったことをできないということになってるし。
まあ、俺だって人間世界に来るようになって結構経つ。
このくらいの試練乗り越えて当然。
もう俺はこんなイベントでアタフタしているだけだったあの頃の俺とは違う。
俺は6つの疑いの視線を受け止め、俺は心を落ちつけるために深呼吸をして話しだす。
「ふぉ、sbねぉdkggじぇtmづlpえkf!(訳:そ、そんなこと考えているわけないだろ!)」
乗り越えられませんでした。
その答えを聞いた三人の目線が疑惑から確信へと変わったのは言うまでもないだろう。
「馬鹿なことやってないで先に行きますか」
というティライザの提案に皆で頷き、再び透明になる。
「まさかアシュタールにそんな趣味があったとは……」
魔法をかけ終えたあと、ティライザは小声でつぶやく。
かなりの小ささであり、俺には聞こえないと思っていたのだろうが、邪耳はそんなかすかな声をも聞き取っていた。
いや、だからそんな趣味はねーよ。
「いくらなんでもこれは無理だな」
「や、やはり神の教えをきちんと説き、心を清めさせなければ……」
ジェミーとアイリスもなんかブツブツ言っているが、ほっとこう。
人がいるエリアにまで行けばさすがに黙るだろうし。
途中でダグザ教団の者の会話を盗み聞きし、法王の居場所は突き止めていた。
最上階の一角に祈りの間があり、ダグザ教法王レイラはそこでお祈りをしているそうだ。
祈りの間の扉の前には屈強な護衛が二人立っていた。
それ以外にも少し離れたところにも何人かおり、全員こっそり倒すというのは現実的ではない。
扉も閉じられているので、バレないように通り過ぎるということもできない。
「いきますよ」
ティライザが小声で告げる。
法王の護衛が多いのは予想済み。
ここは突破するしかない。
俺たちがジワジワ近づいていくと、扉を護衛している兵士がこちらを見る。
「だ――」
叫ぼうとする直前、ティライザと俺の睡眠の魔法が発動し、兵士は崩れ落ちる。
法王の護衛はやはり優秀な兵士が就くのだろう。
思ったより早くに気付かれてしまった。
兵が崩れ落ちた音は隠しようがない。少し離れたところにいた兵士が何事だと向かってくる。
その前に祈りの間に入ろうとするが、扉が開かない。
「鍵か。施錠の魔法だな」
俺が分析すると同時に、ティライザが開錠の魔法を使う。
ティライザの魔力が勝ったようで、扉が開く。
皆で入り扉を閉めた。
もちろんティライザが施錠の魔法をかけた。
そこは小さな教会といった感じで、正面奥にはダグザ神の像があった。
その目の前で豪奢な法衣を着た女性が一人。
ダグザ教法王レイラであった。
彼女は熱心にお祈りをしていた。




