141.法王に会うために②
「やっぱそれが一番早いだろ」
脳筋戦士が同意する。
「いやいや落ち着け」
俺はティライザとジェミーをなだめる。
「私は冷静です。交渉の余地はないと判断しました。時間もないです」
「滅ぼすってなんだよ」
「そんなこと言った覚えはないですね」
俺の言葉を軽く流すティライザ。
頭に血が上って記憶にないらしい。
「さっき無謀だと言っていたのでは……?」
アイリスがなだめようとするが、ティライザは収まらない。
「正面突破するとは言っていません。先ほど言ったように聖ダブラム大聖堂は防御の備えのある砦のようなもの。そう簡単に攻略はできません」
「じゃあ……」
「ですが賢者の目はごまかせません。致命的な弱点があります」
「どんな?」
俺は賢者様の戦略に興味を抱いて問う。
「堀や塀で囲っているようですが、空がお留守です。空を飛べば余裕で侵入できます」
ビシィ! と空を指すティライザ。
「そりゃまあ、ごく一部の対魔要塞以外は空を守ってないからな」
空を飛べる部隊を用意できるのはこの世界では魔族くらいしかおらず、それ以外では空はそれほど考慮する必要がない。
単独、もしくは少数での侵入はありえるので、それを防ぐ仕組みはいくつかある。
もちろんそれを突破しての突入は可能なので、空から行くというのは作戦の一つとしてはありであろう。
「では魔法をかけますよ」
「いやちょっと待て」
いきなり魔法を使おうとしたティライザを制止する。
「仮にあの壁を飛び越えたとして、その後どうするんだ?」
「むろんそのまま空から侵入しますよ」
「どこにだよ」
「法王のいるところに」
「法王の居場所が分かっているのか?」
「知りませんけど、だいたいあの一番デカい建物の最上階あたりにいるでしょう」
一番デカい建物が聖ダブラム大聖堂である。
敷地を含めた施設全体もその名前で呼ぶからややこしいんだが。
おそらくそこにいるのは間違いない。
「ジェミーと煙は高いところが好きという言葉もありますしね」
「おいちょっと待て。アタシは学はないけど絶対そんな言葉ないだろ」
読み書きにすら不安があるジェミーが否定する。
間違いなく勘で言っているが、正しい。
「最上階のどこかのガラスをぶち壊して侵入し、法王を捕獲する。簡単なことです」
「簡単ですかね……」
アイリスが眉をひそめた。
「まあ作戦が机上のうちから失敗することはないしな」
「これ以上手っ取り早くて、成功率が高い作戦なんてないと思いますけどね」
俺がぽつりとつぶやいた一言に、ティライザが反論する。
「こういう施設だとガラスだって強化魔法で結構硬くなってるけど?」
「ジェミーの斧――ラグナロクなら余裕です」
余計なアイテム与えてしまったな。
「もう少し穏便にすませる方法はないのでしょうか」
アイリスはやはり力ずくでやる作戦には反対のようだ。
「もう一つあるにはあるぞ。成功率はそこまで変わらないけど、穏便かと言えば穏便な作戦が」
俺が告げると、皆が興味深げに見てくる。
「ただちょっと、そろそろ場所を変えようか」
俺の提案に三人は首をかしげた。
「ここでなんか問題があるのか?」
「ああ、さりげなくちょっと周りを見てみろ」
ジェミーが周りをきょろきょろと見ると、赤いポニーテールの髪が揺れる。
さりげなくと言っているだろうが。
彼女のその赤い瞳には異変が映らなかったようで、理解できず口が開いてポカーンとしている。
口を閉じていれば美しく頼りになる姉といった感じなのだが、口が開いているとやや間が抜けているように見えるのは仕方がないであろう。
「んん……? 何があるんです?」
「人は多いですが、別に何もないような」
ティライザにもアイリスにもわからないようだ。
「その人が多いのがなんでかって話だよ」
俺は呆れながら話す。
「聖ダブラム大聖堂の傍だから、朝から盛況なんでしょう」
ティライザは周りを一瞥したのみで、あとは気にしていない。
そもそも他人に興味があまりない奴だからな、
まあ簡単に説明するなら、この三人が目立ちすぎるということだ。
明らかに周りの男の比率が高い。
俺の邪耳には彼らのヒソヒソ話が聞こえてくる。
「あんなかわいい娘、ダブラムに居たっけ?」
「声かけるか?」
といった声が。
ブリトンでも間違いなく目立っているんだろうが、王女であり勇者でもあるユーフィリアの仲間。
声をかけるなんて畏れ多いということで、そういう機会はめったにないのだろう。
それで彼女たちは自分がどれだけ目立つ存在かというのを自覚していない。
いや、俺もここまで人が集まってくるとは思っていないかった。
油断していた。
特に注目を集めているのはアイリスであろう。
今は外套を羽織り、その見事な体つきを隠そうとはしているが、小さめの外套では完全には隠しきれてはいない。
ダブラムは海沿いの都市であり風が強い。
時折強い風が吹くと、アイリスの美しく長い黒髪と同時に外套も舞い、普段のアイリスなら絶対に着ない露出度の高い服が見える。
聖ダブラム大聖堂のあたりにいる人というのは教団に関わる、信心深い者が多い。
彼らのような人にとって、異教徒ではあるとはいえ、清楚で凛々しい司祭に目がいくのは仕方がないことなのかもしれない。
俺たちの悪だくみの会話を聞き、時折ダークグレーの瞳が揺れ、愁いを帯びた表情になる。
しかし、そんな表情でもアイリスの美しさを損なうことはできなかった。
大聖堂を攻略するという悪だくみの話をするにあたって、こんな注目されていてはやりにくい。
「あの目つきの悪い男が邪魔だな」
なぜか俺に敵意も集まるしな。
この喧騒の中で会話が聞かれている可能性はほぼないだろうが、俺たちは場所を変えることにした。
聖ダブラム大聖堂の敷地に入り、裏の人が来ないエリアに移動した。
「入るだけなら別に空を飛ぶ必要はなかったですね」
ティライザは納得している。
ある程度のエリアまでは一般開放されているからな。
「で、ここからどうするんだよ?」
ジェミーが問う。
「もちろん穏便に潜入する」
「潜入というと、こっそり気づかれないように奥に進むということですか?」
アイリスが確認する。
「そうだ。空からガラスを割って侵入するより穏便だろ?」
「うーん……。まあそうかもしれませんね……」
人一倍そういう行為には拒否感が強いアイリスには、すぐには同意しかねるようだ。
「そういうのは盗賊や忍者の技術が必要なんですが? 当然私たちは持ってませんよ」
ティライザが俺の作戦に疑問をぶつけてくる。
「いや、一流の盗賊でもあんな警備が厳重な施設に忍び込むのは無理だろ?」
ジェミーも追随する。
「手はある。多彩な魔法を状況に応じて使いこなすのが賢者じゃないのかよ」
俺に指摘されると、ティライザが顎に手を当てて考え込む。
「潜入するには、発見されないようにいくつかの感覚を誤魔化す必要があるな」
「透明の魔法ですか?」
「正解」
俺がヒントを出すと、ティライザはあっさり正解にたどり着く。
インビジブル。透明になることができる魔法である。
「そんな魔法があるんだな。それでうまくいくのか?」
ジェミーの問いにティライザが首を左右に振る。
「誤魔化せるのは視覚のみです。その他の感覚、聴覚とかは無理ですよ」
「つまり音を立てず、人気も0にしていけばいいってことか」
「しかし、人気0に保つのは高等技術。ずっとは無理ですけどね」
「ちょっとくらいならそうそう気付かれないだろ。人も多いし」
「やっぱり空から侵入したほうが手っ取り早くないです?」
ティライザは自分のプランを押す。
俺はそちらのプランの問題点を指摘する。
「だから、空から入った瞬間大聖堂は大騒ぎになるけど」
「ばれないように入りましょう」
「あれだけ厳重な施設だから、そういったところからの侵入には警報が鳴る魔法がかかってるだろう」
「たぶんそうでしょうね。仕方がない。透明でいきましょう」
ティライザが渋々納得すると、ジェミーに透明の魔法をかける。
「おおっ!? 自分でも姿が見えなくなったぞ」
「そういう魔法ですので、みんなで手をつないでいないと、すぐはぐれますよ」
俺の邪眼なら薄くなったジェミーが見えているけどな。
「そもそも全員で行く必要ないけど」
「確かに、法王様と話をつければいいだけですし」
アイリスは俺に同意した。
「じゃあジェミーは留守番で」
「おいおい。そんなのけ者にしないでくれよ」
「だって交渉事にジェミーがいる意味ないんですが?」
ティライザがめんどくさそうに応じる。
「護衛は必要だろ?」
「でも鎧ががっしゃがっしゃうるさそうですし」
「そんな重装備じゃねーよ。いけるいける」
「じゃあ最後尾で、最悪何かあったらジェミーが時間を稼ぐということで」
「おう。任せな!」
それ囮に使うってことなんだが、本人がそれでいいそうなので放っておくことにした。
俺たちは全員が透明になったあと、聖ダブラム大聖堂に潜入した。
もっとも入った直後はまだ一般公開されているエリアであり、人でごった返している。
ここは透明である必要はないんだが、透明になる瞬間を見られたら警戒されてしまうので、外で透明になっておいた。
ティライザが先導し、アイリス、俺、ジェミーの順にお互い手をつないでいる。
「これより先は立ち入り禁止だ」
子供が奥に進もうとして、衛兵に阻まれていた。その親が頭を下げて謝っている。
それを尻目に俺たちは抜き足差し足忍び足で横を通り過ぎた。
ガシャッ。
しかし、完全に忍び足に失敗した戦士の金属音が小さいながらも聞こえてしまった。
「ん? なんだ今の音」
衛兵も不思議に思い、あたりを見渡す。
しかしまだここは人が多いエリア。騒がしい客の音だろうと気にされなかった。
俺たちは慌てて中に進み、人がいないであろう廊下の端に移動する。
「ジェミイイィッ」
ティライザが小声で怒っている。
危うく冒頭から作戦失敗になるところであった。
まあその場合最初の計画どおりジェミーだけ囮にして先に進むんだけど。
しかしジェミーに透明が使えるわけがないから、その場合警戒されて作戦の難易度が激増するであろう。
「ちょ、ちょっと音を立てただけじゃないかよ」
「やっぱり鎧も脱ぎます?」
アイリスも険しい表情となっている。
俺たちは武器は置いてきた。
武器は当然金属で、鳴ったらうるさい。
万が一バレてもそれで攻撃するわけにもいかないから使い道がないということで。
それと、手放したら武器に対する透明化の魔法が切れるという問題もある。
ジェミーの鎧はうるさいんじゃないかという意見も出たが、ジェミーが脱ぐのを拒絶した。
鎧と言っても軽装だし、盾職としてはそこは譲れないらしい。
「大丈夫だって、今ので馴れたから」
俺たち三人は全く信用していないが、ここで口論を続けるわけにもいかない。
そのまま先へと突き進むことにした。
奥のエリアでも定期的に人とすれ違う。
俺たちは気配を殺し、息をひそめて通りすぎるのを待った。
意外と神経を使うなこれ。
そうやって何階かを突破した頃、ティライザが急にそわそわしだす。
周りをキョロキョロと見渡し、何かを探しているようだ。
シルバーグレーの双眸をみても焦りの色がにじんでいる。
何かを我慢しているような表情であった。
忍び足も雑になり、小柄で華奢な体には似合わない強い力で俺たちをグイグイと引っ張っていく。
青みがかかったミディアムヘアーの銀色の髪を揺らしながら、彼女が早足で向かっていったのは――
女子トイレであった。
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それと、5万キボンヌ突破したのですが申し訳ありません。
イラスト&ボイス公開は達成すると自動で開くのだと作者は思ってたのですが、そうではないようで。
公開までもうしばらくお待ちください。




