138.立体魔法陣②
「立体魔法陣作るの失敗してるんですけど」
「どこで詰まってるんだ?」
俺が尋ねると、ティライザが顔をひくつかせる。
戦闘であれば作ってる最中に妨害されて失敗することはあるだろう。
でもそうでなければ、ゆっくり作れば失敗する要素はそれほどないはずだが。
どういう立体魔法陣を描けばいいかは本に書いてあるしな。
「……描けません」
ティライザがぽつりとつぶやく。
アイリスもウンウンと頷いている。
「描けないって何が?」
「立体的に描くことができません」
「平面の魔法陣なら描けるんだろ? それをいっぱい描くだけだぞ」
「そんな簡単にできるかっ」
ティライザはまたもや手のひらに魔法陣を出現させる。
ファイアの魔法である。
その魔法陣を高速で次々と出す。
ボボボボボボッ。
「出せてるじゃん」
「同じ魔法ならコピーしている感覚で次々出せるんですよ。でも立体魔法陣は一つ一つが全部違う陣です。なんていうか頭の処理が追い付かないです」
重い3Dデータを読み込もうとしてPCがフリーズするようなもんか。
「立体魔法陣を構築しているうちに、どこか間違ってしまうんです」
「で、完成した魔法が発動しないと」
もっとも機械とは違って人間には慣れというものがある。
歴代のダグザ教法王も使えてるわけで。
「慣れろ」
「ぐぬぬぬぬ……。そのうち慣れますけど期限には間に合いそうにないです」
「それは困ったな」
俺は手を前に出して立体魔法陣を作る。
作ったのは小型の人形。フィギュアと言った方がいいかもしれない。
「おおおお。これも何かの魔法が発動するのか?」
ジェミーが食いついてフィギュアをジロジロ見る。
「まさか。立体魔法陣はこうやって見た目でも遊ぶことができるんだよ。魔法を発動させたいならこの人形の内部に文字や模様を入れておけば外からは見えない」
「へー」
ジェミーがフィギュアに手を伸ばすが、空を切るだけである。
魔法陣は見えるが形のないもの。無数に積み重ねて立体化しても同様である。
「ちぇ。触れないのか」
「現実にある物質に同化するということはできるが、何もないところから触れるものを生み出すことはできないな」
フィギュアはほどなく消え去る。
「つまり文字や模様だけでなく、見た目も加えた立体魔法陣が作れるってことですか。それってすごいことですね」
ティライザが感心している。
「そういうことだな」
「でもそんな複雑な陣があっさり作れるなら絶対スティグマも使えますよね?」
「さ、さあそれはどうだろうな……」
俺は慌ててごまかす。
「もうアシュタールさんにスティグマしてもらえばいいんじゃ……」
アイリスもティライザに同意する。
でも副作用が出てもしらんぞ?
「んじゃどうするかなー」
俺は頭をポリポリとかく。
「ちょっと1回やってみて」
「失敗するとわかっているのを見せるのは恥ずかしいですね」
俺の言葉にそう答えつつも、ティライザはスティグマの魔法を実演してみせる。
底から魔法陣を作り出し、だんだんそれを上に積み重ねていき――
「あ、ストップストップ。もうだめだぞ」
「えっ!?」
ティライザが驚く。
「早くね。まだ2割くらいしか作ってないぞ」
「ぐぬぬぬぬ……」
ジェミーに言われてティライザは唸る。
「どこかに問題がありますか?」
アイリスがスティグマの魔導書を見つつ首を傾げる。
「形がもう歪んでるんだわ。多少いびつでも魔法は発動するんだけど、これはもう無理なライン」
「さっきアタシが作ったダメな魔法陣みたいなもんか」
俺はジェミーに頷く。
ジェミーが平面の魔法陣をきれいに描けなかったように、ティライザは立体をうまく描くことができないということだ。
まあイメージの修行が足りないとしか言いようがない。
ティライザは想像以上に早い段階で失格となってしまい、落胆していた。
「そもそも、スティグマの立体魔法陣をきちんとイメージできているかも怪しいな」
俺は実験室にあった粘土を手に取る。
「何してるんだ?」
ジェミーが興味深げにのぞき込んでくる。
「本に書いてあるのではわかり辛いんじゃないかと思ってな。本は平面。立体を平面に書いているわけで」
紙に立体的な絵を描くことはままあるが、それは疑似的な立体像に過ぎない。
それをまず頭の中に立体としてイメージするのが第一段階。
そこですでに躓いていると思われた。
ティライザは立体魔法陣を見たことないわけで、見たことがないものを正確にイメージするのは至難。
魔法なら一瞬で作れるけど、それをやるとやっぱりスティグマ使えるじゃんってなるからな。
「できた。これでどうよ」
俺はスティグマの立体魔法陣を粘土で作った。
「あっ。確かに私の考えていたイメージとちょっと違ったような」
ティライザが粘土でできた魔法陣をまじまじと見る。
「これなら!」
ティライザがやる気を取り戻し、修行を再開した。
俺たちがそれをのんびりと眺めていると、ティライザが何やらやりにくそうにしている。
「失敗しているところを、そんなまじまじと見られるのは恥ずかしいですね」
「だって他にやることねーし」
ジェミーは頬杖をついている。
「じゃあ自分の修行をしてくればいいでしょう」
「言われてみればそうだな。じゃあ夕方成果を見に来るから」
「いや、そんないきなり魔法習得なんてできない――」
せっかちなジェミーは返事を聞くことなく、そう言って去っていった。
アイリスも農業部で時間を過ごすそうだ。
俺だけ残っても仕方がないので、俺もしばらく時間をつぶし、夕方ごろに戻ってきた。
ほぼ同時に戻ってきていた二人とともにティル部の扉を開ける。
そこにいたのは――やはり真っ白になったティライザであった。
「ダメか」
「……はい」
俺の問いに、ティライザはかすれたように声を絞り出した。
「前進しているのは間違いないんですが、期日まで間に合うかどうか」
「おいおい、どうすんだよ。マジでもう無理なのか?」
ジェミーがうろたえている。
アイリスは不安げに皆をきょろきょろとみる。
もう一度やらせてみると、確かに最初よりはましだが習得には程遠いように思えた。
今までは1枚の絵をイメージすればよかったが、立体魔法陣は立体の像から多数の平面図を自分でイメージしなければならない。
それに手こずっているようだ。
まず、立体の像をイメージする。
そして立体の像を平面に分解し、それを再度下から積み重ねて像を作る。
なんか二度手間なんだが、こうしないと立体魔法陣は作れないんで。
俺は複雑な魔法文字だろうが、すべての平面図が瞬時にイメージできる。
MRIやCTスキャンをしたかのように完ぺきに、すべての平面図が思い描かれるわけだ。
それを積み重ねるのなんて超簡単。
でも人間にはそれは至難。
頑張って次々イメージして魔法陣を作り上げていくけど、どこかでミスが出るというわけだ。
「仕方ない、最後の手段だ」
俺はペンをとって、テーブルおいてある紙に次々と魔法陣を書いていく。
「立体の像から一つ一つの平面魔法陣をイメージする手間を省こう」
「手間を省くと言うと?」
アイリスがキョトンとしている。
「なるほど、そういうことですか」
ティライザは得心したようで平面図をテーブルに並べていく。
「つまりどうするんだ?」
ジェミーは理解できず尋ねる。
「平面魔法陣を全部覚えればいいんです」
「ものすごいいっぱいあるんですけど……」
「大丈夫です。暗記は得意です」
アイリスの不安げなつぶやきに、ティライザが自信満々に答えた。
全部暗記して丸写ししろ。
この問題が理解できません、解けませんというときの最後の解決策である。
あまりほめられた手段ではないが、時間がないので仕方がない。
修行をすれば徐々にイメージできるようになるだろうし。
「賢者の名にかけて、やり遂げて見せますよ」
賢者とは暗記が得意な人のことだったのか。
本当に大丈夫だろうな、とは思いつつも経過を見守ることにした。
 




