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137.立体魔法陣①

 しばらくたった頃、俺たちはティライザの実験室を訪れる。


 実験室は当然ティライザ一人であり、そのティライザは椅子に座って放心していた。


「燃え尽きたような表情をしていますね」


 アイリスが期待に満ちた目でティライザを見つめる。


 燃え尽きちまったぜ……真っ白にな……。


 そう言っているようなスタイルではあるが、この場合ダメなケースだろう。


「できたのか?」


 俺の問いにティライザがそのままテーブルに突っ伏した。


「無理です」


 ティライザはかすれたように声を絞り出した。


「ユフィも心配していたぞ」


 ジェミーがそのティライザの肩をもむ。


 ティライザが新魔法スティグマを習得しようとしていることは、ユーフィリアには秘密にしている。

 どうせなら完成してから驚かせたい、というわけだ。


 魔法開発にハマっているという説明はしてある。

 これまでにもそういう風になることはたまにあったようで、授業をサボりがちになっても不審には思われなかった。

 そのユーフィリアはまたバールガムの砦に行っているのであろう。

 転移魔法で簡単に行き来できるからな。


「うがーー!」


 ティライザが突如(とつじょ)叫ぶ。


「とうとう壊れたか。いや、前回も壊れてたけど」


 俺はポツリとつぶやく。


「何なんですかこの魔導書は!」


 ティライザは魔導書を床に叩き付ける。

 魔導書は魔法で強化されており、この程度では傷一つつかない。


「魔法スティグマの魔導書だな」

「こんな魔法のスタイル聞いたことないですよ」

「あったら世界に広まってるな」

「ぐぬぬぬぬ」

「その捨てグマって魔法はそんなにすごいのか?」

 

 ジェミーがなんとなく聞いてくる。

 捨てられた子熊みたいに呼ぶなよ。


「そーですね……。ちょっと整理がてらに説明しましょうか」


 ティライザはため息をつきつつ答える。


「そもそも魔法はどうやって発動するか。ジェミーは知ってますか?」

「しらん」


 ジェミーはせんべいを頬張りながら即答した。

 俺はそんなジェミーを半眼で見る。


「興味もなさそうだな」

「どうせ使えないし」

「その態度だと説明しても無駄のような……」


 アイリスがぽつりとつぶやくが、ティライザには聞こえなかったようだ。


「魔法というのは魔力、MPを消費して特殊な力を発生させる手段のことです」

「戦士だって他のクラスだって戦うときは人気(じんき)を出すぜ。それがないと攻撃力も防御力もがた落ちする。もちろん激しく消耗する。それとどう違うん?」


 興味はないと言いつつも、疑問に思ったことは即座に口にするジェミーであった。


「消耗しているエネルギーは同質のものです。人気(じんき)が尽きたからあとは魔法で戦おう、とかはできません。その場面ではどっちも尽きてます」

「じゃあMPってなんだよ」

「マジックポイントです。いちいちうるさいですけど、じゃあヒューマンポイント、HPに変えたら納得するんです?」

「おう」

「でも魔族ならDPになりますね。龍族もDPですか」


 その法則性だと邪神族はイビルポイント、EPになるな。


「ああもうややこしい……」

「だから魔法に使う力ということでMPでお願いします」


 そもそも自分のステータスを見るとMPって書いてるからな。

 MPなのはこの世界のルールだ。神が決めたのかどうかは知らんが、ジェミーが文句を言おうが変えられることではない。


「わかったわかった。もうそれでいいよ」


 ジェミーは不承不承(ふしょうぶしょう)といった感じである。

 あるいはめんどくさくなったか。


「話がそれましたね……。とにかく魔法使いはMPを消費して魔法を使います。その際には魔法陣を作ります」

「よくわからない模様がいきなり出てくるな。あれはどうやって出すんだ?」

人気(じんき)を込めてイメージすれば出ます。イメージ図を具現化するようなものです。床が一番イメージしやすいですが、空中にでも書けます」


 ティライザは手をかざし、手のひらの上に小さな魔方陣を出現させる。

 次の瞬間には小さな火が発生した。


 初級火属性魔法ファイアである。


「魔法陣の文字、模様は実は法則性があるのです。そのパターンを覚えてしまえばいろいろ応用できます」

「もっともクラスによっては使えない文字やパターンがあり、それでクラスごとに習得できる魔法に差が出ます。司祭は攻撃魔法はほぼ使えません。使えるのは神聖属性魔法くらいです」


 アイリスが自分のクラスの説明をする。司祭は回復役であり、攻撃魔法はほとんどない。


「自分のオーラを魔法陣として発生させることは別に戦士でもできますよ。誰にでも使える共通魔法というのもあるわけですし」


 ティライザに指摘されて、ジェミーが気合を入れて陣を出そうとしてみる。

 近くの床に魔法陣らしきものを出すことには成功した。

 しかし出てきたのはデコボコで変な形をした何かであった。


「なんじゃこりゃ」

「きれいな魔法陣の形にするだけでも結構な期間の修行が必要なんです。魔法使いは常にイメージの修行をしています」

「へー。魔法使いも大変なんだな。しかも結構疲れる」

「同じ魔法を使うにしてもレベルが高い、熟練した使い手ほど消費MP少ないですよ。その程度の陣で疲れたんなら無駄な力が入りすぎですね」


 実際無駄な気合が入ってたからな。


「賢者はほぼすべての魔法を使えます。ただ魔法は多数ありますし、すべての魔法を習得しようとするとものすごい時間がかかります。なので私は余計なことをしている時間なんてないのですよ」

「で、今の説明は今回手こずっているのと関係あるのか?」


 ジェミーはすでに飽きはじめているようだ。


「あんまりないですが、基本なので」

「じゃあもう本題に入ってくれ」


 ジェミーがドスンと椅子に座り、頬杖(ほおづえ)をついてめんどくさそうに答えた。


「そうですね……。長々と語るとジェミーは寝そうですし」


 ティライザは再度手をかざし魔方陣を具象化させる。

 魔法が使える者が見れば先ほどと同じ、ファイアの魔法であることが分かるであろう。


 ただし、魔法陣は先ほどの倍ほどの大きさであった。

 発生した炎の大きさもそれに比例して大きくなっている。


「魔法陣を大きくすれば威力が上がるのか」


 ジェミーは勘は鋭いし、その変化に気付かないほど間抜けではなかった。


「正確には、中の魔法文字、模様が大きくなれば威力が上がります」

「じゃあ魔方陣をめっちゃデカくすればいいんだな」

「しかし魔法陣を大きくすると消費MPが大きくなります。それも加速度的に」

「弱い魔法の威力拡大で魔方陣をあまりにも大きくするのは非効率です。だから威力を上げるのであれば、普通はより複雑で高度な魔法を使います」


 アイリスも手をかかげ、魔法陣を形成する。

 魔法が発動すると、アイリスの手が光り輝く。

 神聖魔法ホーリーである。


 そんな話を聞いていたジェミーがトゲのある口調で尋ねる。


「で、今の説明に今回の件との関係は?」

「あんまりないですけど」

「いい加減本題に入れよ」


 ジェミーはだんだんイライラしてきているようだ。


「話がそれるのはジェミーにも責任の一端があるんですが」


 ティライザはジェミーの不満を平然と受け止めた。


「そんな魔法ですが、魔法文字や模様の組み合わせもほぼ全パターン解析されていて、新魔法は近年出ていません」

「法則から考えればこの組み合わせの魔法陣は発動するはずだ、というのもありますけどね」


 それは魔力とかレベルが足りないからだろう。

 俺はアイリスに心の中で答えた。

 

 昔の英雄なら使えたけど、現代では最強クラスの魔道士であるティライザでも使えない魔法というのはいくつかある。

 ただ、この話をするとまた話がそれるからな。

 だから口には出さない。

 

「要は行き詰っていたわけです」

「魔法陣を大きくして文字詰め込んでも新魔法が発動したりなんてしませんしね。文字を大きくすれば威力、精度を上げたり、効果範囲を広げたりはできますが」

「そこでこの魔導書です。ここにはすごい解決策が書いてありました」

「どんな?」


 さすがに興味を持ったのか、ジェミーが身を乗り出して聞いてくる。


「魔法陣を拡張したんです」

「さっきと何が違うんだ? 大きくしても無駄だったんだろ」


 ティライザはそばに置いてあった紙を1枚取り出す。


「これが一つの魔法陣としましょう。これを新しい発想で拡張してみてください」


 ジェミーは紙を一瞬見たあと、めんどくさそうに紙をつかむ。

 そしてテキパキと何度か折り曲げた。


「こうだな」


 ジェミーは折り紙のごみ箱を作っていた。

 ティライザが頬をひくつかせる。


「なんかあってる気がするんですが……」

「戦士の勘恐るべし」


 俺はティライザに同意する。


「あってるのか?」


 ジェミーがキョトンとしている。


「立体的にするというのはあってます」

「なんだ簡単じゃん」

「簡単ではないですけどね……」


 アイリスが苦笑しつつツッコむ。


「魔法陣を上に伸ばせばいいんだろ?」

「上というか垂直方向にです。しかしそんなことはできません」

「ん? でもそれをするから新魔法ができるんだろ?」

「ええ。そうですけど、普通の発想でできるならとっくに発明されてますよ」


 ティライザは紙を取り出し、次々と重ねていった。


「こうやって重ねていけば高さが出ます。魔法陣は平面ですが、わずかながら高さがありますからね。これを次々重ねていくことを積分といいます」

「積分?」

「数学の理論の一つですね。私もそこまで詳しくは知らないのですが」

「げー。数学なんてやりたくねーぞ」

「そう言うと思ったので深く説明なんてしません」


 ティライザはペンを持ち、紙に点を多数書いていく。

 その後、線を次々と書いていく。


「このように点をたくさん書けば線に見えます。線をたくさん書けば面に見えます。そして――」


 積み重なった紙を持つ。


「面を大量に重ねると体になるというわけです。これによって立体的な魔法陣が可能になりました」

「なるほど。じゃあ何が問題なんだ?」

「立体魔法陣。魔導書ではそう名付けてますが、これを作るには平面魔法陣を大量にイメージする必要がありますね」

「そんなのを同時に作れるのか?」

「同時に作る必要はないです。魔法陣が具現化している時間は伸ばせますので。徐々に作っていけば大丈夫」


 もちろん戦場だったらそんな悠長に作っている時間なんてないけどな。

 無数の魔法陣を一瞬で作り上げるくらいの速度が必要になる。


「数が膨大なのでその分消耗しますけどね。要は魔法一つ完成するのに普段の魔法数百個分、あるいはそれ以上の魔法陣を作るわけですし。消費MPも同様です」

「そんな魔法、本当に使えるのか」

「今回の魔法、スティグマはそこまで難易度が高い立体魔法ではないそうで。基礎魔法陣も小さいですし、どうにかなります。ただまあ……」


 ティライザが言いよどむ。

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