136.邪神が裏で動いていたようです③
俺が出して見せたのは1冊の本であった。
「今度は何です?」
ティライザが本に興味を示す。
元々読書好きなようだし、知識欲が強いのだ。
「んん!? 魔法スティグマの使い方?」
ティライザの声を聴いて、アイリスも本をのぞき込む。
ジェミーもそれに釣られて一応見たが、一瞬で目をそらした。
難しそうな説明が書かれている本を読むわけないもんな。
「間違いなく魔法の習得方法や使い方が書かれている魔導書ですね。こんな本が一体どこに?」
「じ、実家に?」
ティライザの大きくかわいらしい瞳に見つめられ、俺は目をそらす。
「どんな実家なんですかねえ……」
一方アイリスは疑いの視線を向けてくる。
お前来たことあるよ……。あるよ……。
もちろん言う権利がないんですが。
「ええと……。つまり聖痕は魔法で付けることができるということですね。この本が正しいとすればの話ですが」
ティライザが本をパラパラとめくりつつ話す。
「そういうことになるんじゃないかな」
俺は自分も詳しいことはわからないふりをする。
「書いてあることは非常に難解ですが、検証する価値がある魔導書と言えるでしょう」
ティライザはすでに本を読み始めている。
「か、神の祝福によって起きた奇跡の事象じゃないんですか?」
アイリスが呆然としている。
信仰心が強い人ほどショックを受ける事実。
はるか昔より続く聖痕及び聖者システムは魔法でできるインチキでした。
神の奇跡も存在しません。
それをすぐ受け入れることはできないであろう。
もっとも最近はそこまで信仰心が強くない人が多い。
実際ジェミーもティライザも平然としている。
「うーん。まあこれが神の奇跡だということでどうか」
「そんなわけないじゃないですか! ただの魔法ってことでしょう」
アイリスが珍しく顔を真っ赤にして怒る。
その怒りを俺に向けられても困るのだが。
いや、正当な矛先なんだけど。
「聖者を利用していたダグザ教団もグルということに……」
「この事実を知っていたのは本当に一握りだろう。だから第六魔災時に失伝することになった」
「確かに。現在聖者が生まれないのはダグザ教団でこのことを知る者がいなくなった証ですね」
ティライザが納得する。
「じゃあなんでその魔導書がここにあるんでしょうねえ」
「盗んだんじゃねーの?」
ジェミーが何となくそんなことを言う。
「失伝したのは第六魔災時。人類が大混乱していた時期です。どさくさに紛れて盗んだというのはあり得ますね」
「レーヴァテインもそうなのかもな」
もう、そういう設定でいいと思って俺は否定しなかった。
「レーヴァテインは魔族に奪われたのですから、それを盗むのはある意味神業になりますけど」
「ま、まあそういうわけで、聖女の件もこれでいいな」
追及されるといろいろボロが出そうなので、俺は話を進めようとした。
「魔法でどうにかできるなら、誰かを聖者に仕立て上げれば終わりですね。アシュタールが聖人になりますか?」
「お断りだ」
「ですよね。どこにも聖なる要素がないですし」
「むしろ魔人とかそういうのが好きそうだぞ」
ジェミー茶々を入れる。
残念。邪神でした。
でもそれを言うことが(略)
「じゃあ誰を聖者にするんです?」
アイリスの問いに、俺は無言でアイリスを指さした。
「えっ? 私?」
アイリスは目を丸くしている。
「他に適役はいないだろ」
「いや、だってダグザ教徒じゃないですし」
「過去にダグザ教徒じゃない人が聖者になった例はありますね」
ティライザは納得している。
この話を広めても仕方がない。
秘密を守るのであれば、この件を知っている人は増やしたくないわけで。
目の前にブリジット教団ブリトン支部で聖女扱いされている人がいるのだ。
これ以上の適役はあるまい。
聖女といっても正式な地位とかがあったわけじゃないが、このたび正式な聖女になるわけだ。
「あれ? この仕組みだと魔法スティグマを知っている者、おそらくダグザ法王が聖者を選べますよね。それで他教徒を選ぶ理由がないんでは?」
アイリスが素朴な疑問を口にした。
「信頼できる知り合いを選んだとか、ほれた人にしたとか、他教徒の融和のためとかいろいろ考えられるだろ」
「ほ、ほれた人を聖女に!?」
俺の答えにいきなり顔を赤らめるアイリス。
「そこにだけ反応すんなよっ」
俺が慌ててツッコむが、慌てたことが逆効果だったようで三人とも俺に疑いの視線を向ける。
「そういう狙いだったんですね……」
「そんなこと考えてたんだな」
「ひょ、hmgくぉbあfヴぇkmいzる(訳:そ、そんなことあるわけないだろ)」
ティライザ、ジェミーにも指摘され、動揺が声に出る。
「動揺したということはやはり狙っていたのですね。聖女じゃなく性女にするつもりでしたかっ」
「dぎゅうmえbだy(訳:どういう意味だよっ)」
「いちいち説明させないでくださいスケベっ」
ティライザは俺の謎言語を理解できないはずなのだが、時折聞こえているかのような返事を返すことがある。
俺のセリフが完全に予測通りということだろうか。
「はわわわわ。こ、困ります」
アイリスがあたふたしている。
俺も困るわ。
というかティライザの言っていることが理解できてるのかよ。
「そのような悪だくみを賢者として見過ごすわけにはいきませんね」
「いやいやいや。そもそもスティグマの魔法を使うのはティライザなんだが?」
俺は深呼吸をして心を落ち着ける。
「え……。私ですか」
ティライザが意外そうな顔をする。
「アシュタールはこの本を以前から所持してたんでしょう? アシュタールには使えない魔法なんですか」
「いろいろ事情があって使えないんだ」
昔爺やが試したけど、邪神族が人に使うとなんか副作用が出ることが多いらしい。
邪気を人に放つことによる影響は相変わらず謎だからな。
そういうわけで俺が使うより、誰かに任せた方がいい。
もちろんかなり難易度が高い魔法である。
ここはティライザに任せるのが当然であろう。
過去の法王が使えている以上、ティライザにも習得可能のはず。
「わかりました。じゃあこの魔法を習得します」
未知の魔法を習得するのは賢者にとっては至高の喜び。
ティライザはいつになくそわそわした様子であった。
そうと決まったらすぐにでも本を読み始めたいのだろう。
「リミットは戦争がはじまるまで。間に合うかな」
「大丈夫、任せてください。魔法を覚えるのは得意です」
ティライザは鼻歌混じりに本を読み始める。
俺たちのことはほったらかし。
お前らさっさとここから出ていけオーラを出しているティライザに任せることにした。




