135.邪神が裏で動いていたようです②
後日、何の活動をしているのかは外部には不明なティル部の部室に、俺とティライザ、アイリス、ジェミーが集まっていた。
ユーフィリアは政府の用事で忙しいらしい。
ちょうどお昼の時間であり、各自パンやおにぎりなどを頬張っている。
「こんなとこで軽食で済ませず、どこかレストランで食べてもいいんじゃ」
さみしい食事風景に俺は思わず提案する。
「アタシはそっちのほうがいいんだけどさー」
ジェミーが5つ目だったか6つ目のおにぎりを平らげて話す。
「ティルはそういうとこより人がいないところでゆっくり食べたいっていうし、ユフィはぜいたくは敵だと譲らないからな」
「じゃあもう自炊してしまえ」
「私が料理をしてもいいんですが、ユーフィリアさんが自分もすると言い出すかもしれませんよ?」
「すまん。俺が悪かった」
アイリスにすぐさま頭を下げた。
無条件降伏である。
「でも現状の部室で料理をするのは難しいですね」
ティル部の部室は化学実験室のようなもの。
確かに水が出るし、火を扱えるスペースもあり料理をする環境は整っている。
しかし料理ができる場所に器具やアイテム、本などが乱雑に置かれていて、とても料理ができる状況ではなかった。
「もうちょっと片づけろよ」
「私一人の責任のように言いますが、よく部室を利用するジェミーも同罪ですよ」
「アタシたちが使う端の一角はきれいに整理されてんだろうが」
「きれいに掃除しているのはアイリスですけど?」
二人の会話を聞きながらアイリスが苦笑していた。
「ところで大事な話があるんだが」
俺がそう告げると、三人の顔つきが真剣なものへと変わる。
「アイランド王国のお家騒動の件ですね」
「わかるのか」
ティライザにいきなり言い当てられて、俺は少し動揺する。
「アシュタールさんは町に出て噂話を聞いたりしないんですね。一部で噂になってますよ。戦争になるかもしれないと」
アイリスは信徒から聞いたのであろう。
争い事が好きではないアイリスは憂いを帯びた顔であった。
「もう軍を派遣することは決まった」
俺は軽く状況の説明をする。
ブリトン王国はアイザックに手を貸すこと。
協力するふりだけでいいから派兵してほしいと言われ、承諾したこと。
「なるほど、まあそれならブリトンは平気かな」
ジェミーが深く考えない発言をする。
「とりあえず損害が出ないのは間違いないでしょうが、今後平気かどうかはわからないですね」
「何か問題でもあるのか?」
ティライザに否定されたが、ジェミーは気にした様子もなく問い返す。
「大ありですよ。アイザックに手を貸して、アイザックが敗北したらどうなると思います?」
「敵さんから見れば敵に手を貸したってことか」
「そういうことです。もっともブリトン王国と戦争したらアイランド王国もただではすみませんし、まともな人物なら関係修復を図るでしょうが」
「残念ながらオズワルドは政治が苦手で好戦的な武闘派王子のようだ」
俺はオズワルドの印象を語る。
以前ならこういう人物は嫌いではなかったのだが。
「じゃあやばそうですね」
「おいおい、それでアイ……なんとかは勝てそうなのか?」
「アイザックの名前忘れてんじゃねーよ」
俺はジェミーにツッコむ。
「情報がないからわからん。本人は秘策があるようだったが」
それに戦争ってのはやってみないとどっちが勝つかなんてわからないものだ。
よっぽどの差がないと確実に勝てる戦いなんてものはない。
大差があると油断して奇襲で負けるというケースもまれにある。
「じゃあどうするんです?」
アイリスが不安そうに尋ねる。
「何もしないというわけにもいかないな」
「うちらが戦場に乗り込むのか?」
「それはひとりでお願いします。間違いなく死にますよ」
ティライザがジェミーを軽くあしらう。
彼女たちが人類最強クラスの強さがあるのは間違いないが、数人で軍隊に勝つのは到底無理である。
「しかしどうしたものですかね。どうせ手を貸すなら全力でやるべきです。一部の戦力を動員して負けるようでは論外です」
「ティルの意見は戦術論としてはもっともだ。どうせ手を貸すなら戦力を出し惜しみすべきではない」
「ふふふ。賢者にとっては戦術もたしなみの一つですので」
ティライザが俺におだてられて胸をそらす。
「でもそれって全面戦争するってことだぞ?」
「も、もちろんいきなり戦端を開いたりはしませんよ。それは下策です」
「さっすが賢者様! ではこの状況を解決する策をください!」
ジェミーがからかうようにお願いをする。
そう言われてティライザは顎に手を当てて深く考え込む。
1分、2分と過ぎていく……。
「おい、どうしたんだ?」
ジェミーがヒソヒソ声で俺とアイリスに聞いてくる。
「今必死に解決する策を考えているんでしょう……」
アイリスがティライザを気遣った発言をする。
「あ、もしかしてこの問題ってすごい難しい?」
「まあな。大損害が出ても戦争で勝てばいいなら戦術の話に入れるが、その解決策じゃダメだろ?」
「できれば余計な犠牲は少ない方がいいな」
ジェミーが俺の言葉に頷く。
戦わずに勝てとか被害を最小限にして勝てとか言われて、即座に策を思いつけるなら簡単に天下統一できるわけで。
そしてまたしばらく沈黙が訪れる。
「あのー。ティライザさん?」
ジェミーが恐る恐る話しかける。
「ふふふ……まったく解決策が思いつきません」
「いや、あの……ごめん」
ジェミーがティライザを慰める。
「最近ティルの賢者の知恵とやらが役に立った記憶がないと思ってな」
「ガーン」
「おいそれとどめを刺してるぞ」
ジェミーには細かい気づかいなどできない。
「か、解説という仕事がありますし……」
アイリスがフォローする。
「賢者とは解説をする役目だったのですか……。いや、それも一応仕事の中に含まれてますが」
ティライザがブツブツつぶやいている。
「一人壊れてしまったけど本題に入るぞ」
「アシュタールさんは何か策があるのですか?」
アイリスはティライザを気づかわしげに見たあと、俺に向き直る。
「ああ。ヴァルキュリウルを開催しようと思う」
「ヴァルキュリウル。ダグザ教における紛争解決の手段の一つであり、神聖なる儀式。聖者の同意を得たうえで、神杖レーヴァテインを所持した法王が宣言を行うことで開催が決定する。ダグザ教徒はこれを拒否できない」
俺が告げると、ティライザがうつろな表情でつぶやく。
「大丈夫なのかこれ?」
ジェミーがティライザを見る。
「いつものように解説していると考えれば大丈夫だ。気にするな」
俺はたじろぎつつも説明を続けようとする。
「魔法を使えば正気に戻ると思いますが……」
アイリスがおずおずと提案する。
しかしそれをスルーしてジェミーが話す。
「んで、神杖レーヴァテインってなに?」
「神杖レーヴァテイン。ダグザ教団が所持していた神器。50年前の第六魔災時に行方知れずとなった伝説の杖」
ジェミーが尋ねると、またしてもティライザがブツブツと解説する。
「なるほど、わかりやすいな。いつもの小言とか文句もないし、便利じゃん」
「でもウザいぞ。それになんか怖いし」
「やっぱり元に戻しますね――ハイ・リフレシュ!」
アイリスがティライザに回復魔法を使う。
次の瞬間にはティライザの目に光がともった。
「はっ!? 私はいったい何を?」
「何かあったか? ふつうに話をしていただけだが」
「おおおう。な、なんもなかったぞ」
俺に合わせてジェミーが下手な演技をする。
「は、はい。普通に話をしていただけです……うう」
アイリスは演技も嘘も苦手なのでこんな挙動不審となった。
「……? まあいいでしょう。それで、ヴァルキュリウルってどうやって開催する気なんです?」
「壊れた状態でも話は覚えているのか……」
俺は小声でつぶやく。
細かいことは気にしないことにしよう。
「聖者、レーヴァテイン共に今の世にはありませんよ」
「神杖レーヴァテインならこれだけど?」
「ほぁ!?」
俺が隠し持っていた杖を見せると、ティライザが素っ頓狂な声を上げた。
「こ、これが神杖レーヴァテイン」
アイリスが目を輝かせている。
宗教関係者にとっては他の神器よりも興味がわくのであろう。
「ほー。確かに材質はオリハルコンか。でもこんなものどこにあったんだ?」
ジェミーが杖を触って確かめる。
「実家においてあったわ」
「どんな実家だ!」
ジェミーが即座にツッコむ。
いろいろ考えた末の一言だったのだが……。
「そういえば以前もオリハルコンが実家にあったと言ってましたね」
ティライザが胡散臭そうにつぶやく。
「アシュタールさんの実家はオリハルコンの名産地かなにかでしょうか」
アイリスはレーヴァテインをジェミーから受け取り、嬉しそうにペタペタと触っている。
「オリハルコンはもうとれる場所はないはずですが。アシュタールの実家に興味がわいてきましたね」
ティライザがつぶやく。
お前らみんな来たことあるぞ、と心の中で答える。
口に出しては言えないんでな。
「そういうわけであとは聖女をどうにかすればいい」
「別に女性に限るわけじゃないんですけどね」
ティライザがこちらを疑わしげに見る。
別に女性にしたくてするわけではないんだが。
「その聖者ってのはもうずっと出てないんだろ」
ジェミーでもそのくらいのことは知っているようだ。
「そうだな」
「神の祝福を受けし者に顕現する聖なる傷――聖痕。でも具体的にどうすればいいのかわかってません」
アイリスが神学の講義で習ったことを説明する。
「はい」
俺はそれに応えてもう一つ持ってきたものをスッと差し出した。




