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132.シュズベリー会戦②

「ハァッ、ハァッ。助かりました」


 アイザックはゴードルフに礼を述べた。

 一騎打ちのつもりでいたから、内心では複雑な心境かもしれない。


「時間的余裕がありませんでしたので」


 そのことを感じ取っていたゴードルフは頭を下げる。

 分断した敵が戦場より北側から川を渡りつつあったのだ。

 これ以上長引けば戦況が危うくなるという判断であった。

 

 オズワルドを討ちとったという知らせはすぐにその戦場に広まり、勝鬨(かちどき)が上がる。


「オズワルドは死んだぞ!」

「えい、えい、おー!」


 それは敵の戦意を奪うための作戦であった。

 オズワルドを討ったとはいえ、戦力ははるかに相手の方が多いのである。

 オズワルド軍が一致結束すれば、このままアイザック軍をせん滅することは容易なこと。


 しかし、現実にはすぐさま一致団結するということは難しい。

 かたきを討つのか逃げるのか、戦うにしてもどう戦うのか。

 それを決定する者がいないのだから、混乱は広がるばかりになる。


 逃げずに残ろうとしたものほど取り残されて死ぬ確率が高くなる。

 皆そのことを知っていた。

 ゆえにオズワルドの本陣にいた兵は、次々と蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく。


「ふう、なんとかなりましたね」


 ユーフィリアは勝利を確信し息を吐く。


「そうね。って何? この兜外れないんだけど」


 フィオナは動かなくなったオズワルドの兜を外し、本人確認をしようとしたができなかった。


「付与魔術でいろいろ強化した際に、外れづらくなる効果も付けたのでしょう」


 ゴードルフが部下に目配せする。

 部下たちがフィオナに変わって確認作業を始めた。


「追撃は?」

「しなくていいんじゃないかしら」


 ゴードルフの問いにフィオナが軽く答える。

 敵側の王位継承候補が死んだ以上、それは不要であろう。


 オズワルドには子供がいたはずだが、まだ小さい。

 アイザックの競争相手にはなりえない。 

 オズワルド軍の残党は次々とアイザックに恭順していくのが容易に想像できた。


 であるならば、逃げていく兵は後々味方になる者たち。

 元々はアイランド王国の仲間だったものでもある。

 追撃して数を減らすことに意味はないし、恨まれるだけである。


 その時、ユーフィリアは北方にいるオズワルド軍残党を見て違和感を覚えた。


「あそこにいる戦闘に参加していないオズワルド軍の統制が取れすぎてるわね」

「確かに……。主であり王位継承者を失った軍とは思えません」


 ゴードルフが同意する。


 アイザックは興奮しており、周りが見えていない。

 周りの者たちと喜びを分かち合っていた。

 人生最大の大一番に勝ったのだから当然であろう。


「アイザック殿下。一つ伺いますが、オズワルド軍の残党を指揮しているあの男は誰ですかな?」

「ん……?」


 ゴードルフが指さした先を見て、アイザックは(いぶか)しむ。


「あんな者見たことがありません。新参の将軍でしょうか」

「見たところ全軍の指揮を執っているようですが」

「将軍に昇格したばかりの者に、いきなり全軍の指揮をとれるわけがない」

「しかしあの者の指揮の元、落ち着いて布陣しています。まずいですな」


 総大将を討ち取れば相手は瓦解(がかい)して撤退する。

 その思って安心していたのだが、ユーフィリアらは不穏な気配を感じ取って気を引き締めた。


「相手がやる気ならこちらは砦に逃げるべきでしょうね。時間を稼げばあちらは内部対立で崩壊するでしょうし」


 ユーフィリアの提案にアイザックは首を左右に振った。


「砦へ入るのを相手がさせるわけがありません。こちらの北側を半包囲する陣形を取っています」

「ならばいったん南へ逃げるしかないか……」


 フィオナが作戦を考える。


 対策を話し合っていると、その将軍が前に出てくる。

 戦闘前の口上をするつもりであろう。


「貴様は誰だ。新参の将軍風情がなぜ指揮をとっている?」


 アイザックも前に出て話しかけた。


「なぜと言われても。ワシが全軍の指揮を執るのは当然のことよ」


 その声を聞いてアイザックが驚愕の表情を浮かべた。

 ユーフィリアもゴードルフもその声には聞き覚えがあった。


「馬鹿なっ。その声は!」

「ほう。ワシの声を即見抜いたか。かわいい甥っ子だな」


 その将軍が合図をすると、後方に控えていた魔導士が魔法を唱える。

 その将軍の顔が一瞬歪むと、全く別人の顔に変貌していた。


 アイランド王国第三王子オズワルドであった。


「幻影魔法で入れ替わっていたのね」


 ユーフィリアが顔をしかめた。


 討ち取ったと思ったオズワルドの影武者は、兜が外しにくいように細工されていて確認が遅れていた。

 その兜が外れると、まったく別の人物の顔が確認された。


「貴様らが何かしら手を打ってくるだろうと思ったのでな。念のため入れ替わっておいたのだ」


 このことを知っていたのはオズワルド軍でもごく一部であろう。

 だから本陣の兵は死に物狂いで総大将を守ろうとしたし、討たれた後潰走した。


 しかし分断された別動隊はそうではない。

 戦っている間に兵に声で自分の正体を分からせ、落ち着かせて布陣を完了したということだ。


「そ、そんな……」


 政敵を討ち取り、玉座を手中に収めたと思った直後の出来事。

 アイザックは呆然自失で立ち尽くしていた。


「はははははは。貴様のそんな顔が見れるとはな! 兵に多少の損害が出たが、面白い見世物にはなったわ」


 オズワルドは愉悦(ゆえつ)の表情を浮かべる。


 確かに分断された兵の動きも不自然なところはあった。

 主を救うために急いで救援に来るのではなく、いったん北に回って川を渡って布陣するなど悠長すぎる。

 それはオズワルドがこうやって勝ち口上を述べたかったという理由だけではない。

 アイザック軍が砦に逃げるのを阻み、有利に戦えるように油断なく布陣をするためである。


「さて……」


 オズワルドは視線を移す。視線の先にいたのはユーフィリアであった。


「アイランド軍の精鋭が敗れるのは何が起きたのかと思ったが、魔王を打ち破りし勇者殿が協力していたのであれば致し方ないか」


 ユーフィリアはその視線を受け止める。


「ブリトン王国はアイザック陣営に手を貸すことを決めたわ」

「そんなことは言われずともわかっとるわ。だからワシ自らやってきたのだ。ブリトンと戦う機会なんぞそうはないからな」


 オズワルドは戦闘狂の様に高らかに笑った。


「やはりこんな人物をアイランド王にするのは危ないわね」


 フィオナがぽつりとつぶやいた。

 オズワルドの注意がユーフィリアらにいっている隙に、その場にいた魔道士が転移魔法でアイザックを逃がそうとした。


 しかし、大量の矢や石が魔道士に向かって降り注ぐ。

 距離もありたいした威力ではない。それでも転移はキャンセルされた。


「ふん。こんな目の前から転移で逃げれるなどとは思わんことだな。そちらもな」


 オズワルドは粗暴に吐き捨てた。


「くそっ」


 アイザックは剣を抜いた。


「一騎打ちだ。叔父上。ダグザの神に恥じぬよう、一騎打ちで決着をつけよう!」

「クックックック」


 アイザックの要求をオズワルドはあざ笑う。


「ダグザ神は戦場での愚かな行動を嫌う。この状況で一騎打ちを受けるなどあり得ん」


 ふつうに戦えば間違いなく勝てる勝負を、一騎打ちで勝敗が分からなくする意味などなかった。


「臆病者がっ」


 アイザックは興奮で顔を赤く染め、オズワルドに突撃しようとした。

 しかしそれはさすがに周りの者が押しとどめている。


「なんとでも言え。こちらが受ける義務も理由もないのでな」

「義務……」


 その言葉にアイザックがハッとする。


「ヴァルキュリウルだっ。ヴァルキュリウルを開催するんだ!」

「血迷うたか。ヴァルキュリウルは開催要件を満たすことが不可能になって久しい」

「う、うるさいっ」

「そのように取り乱すようでは、どのみちアイランドを統治する王になるなど不可能だったな。魔王と戦うのはこれよりはるかに過酷な状況になることもあるというのに」


 オズワルドは興味を失ったかのように視線を移す。


「アイザックはこの場で処分するとして、貴様らはどうしようかな」


 口ではそのように述べたが、たいして悩んでいうふうでもなかった。


「リチャード二世のお気に入りの勇者姫を殺したとあっては、関係は修復不可能となるだろうな。おっと、転移で簡単に逃げれるなどとは思わないことだ」

 

 後ろにいる兵が弓や石を構えて投げる用意をしていた。


「ユフィは逃げなさい。走って逃げて、追っ手を巻いてからなら転移できるわ」


 フィオナがユーフィリアに小声で話しかける。


「で、でも……」

「なあに、たまには殿(しんがり)もよいものです」


 ゴードルフが笑う。

 それは虚勢ではなかった。歴戦の戦士はこういうこともあると、すでに覚悟を決めているものだ。


 数倍の戦力を所持しているオズワルドがアイザック軍に襲い掛からないのは余裕の表れである。

 してやったりといったところであろう。

 

 しかし、話すこともなくなると、おもむろにオズワルドが右手を上にあげた。

 その手が振り下ろされると同時に、敵軍は動き出すであろう。


 皆がオズワルドに注目した瞬間。

 それは訪れた。


 はるか空中よりアイザック軍とオズワルド軍の間に一条の光が降り注ぐ。

 次の瞬間には二人の人物が舞い降りてきていた。

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