128.報告と会議
俺たちはブリトン王城ウォーリックの一室に戻ってきた。
「ふう。なんだかよくわからないことに巻き込まれたわね」
その問題が解決し、ユーフィリアが安堵の表情を浮かべている。
「毒が入った小瓶をバッグ仕込まれて、犯人に仕立て上げられたと思ったらそうじゃなかった」
そこでユーフィリアの動きが止まる。
「んん? でもあの司祭がそれを実行した人で、間違いなく毒を入れたつもりだったのよね?」
ユーフィリアが理解できずに混乱している。
まあそれを本気で考えられると困るんだが。
「深く考えても仕方ないわ。とりあえず陛下に報告しましょう」
俺がフィオナを見ると、空気を読んだフィオナが話を変えた。
ユーフィリアも優先すべき事柄を理解している。
それで話が終わり、王の執務室に移動した。
国王リチャード二世は報告を受けると、顎に手を当てて考え込んだ。
「第二王子ジェイモン殿からは悪くない提案を受けましたが、残念ながら亡くなってしまわれました」
フィオナが片膝をついて報告をしている。
「残る後継候補は二人。どうしたものかしらね」
ユーフィリアも思案にふける。
考えがまとまったのか、リチャード二世が重々しく口を開いた。
「宣戦布告じゃ」
「ええ!?」
「ほえ!?」
フィオナとユーフィリアが素っ頓狂な声を上げた。
まあ、いきなり国王に宣戦布告とか言われたらそうだろうな。
「ユーフィリアにあらぬ疑いをかけるなど許せるわけがない。戦争じゃー!」
相変わらずの親バカである。
「一応、それも一つの手か」
俺が消極的にではあるが賛同の意を示すと、ユーフィリアが眉をひそめた。
「何言ってるのよ……」
「どうせアイランド王国は混乱しているのだし、まとめて倒してしまえばわかりやすい。親ブリトン政権とかそんな話を飛び越えて、併合となるな」
「そんなにうまくいくのかしら」
フィオナが疑問を呈する。
「もちろんどちらかを王にするより難易度は高いさ。強固に反抗する者も出るだろうし」
「じゃあやっぱりいい手とは言えないわね……」
フィオナが否定的な意見を述べた。
「そういう問題ではない。落とし前の問題じゃ」
「もう……。馬鹿なこと言ってないでまじめに考えてよね」
「わしは本気で言ってるんじゃが……」
興奮しているリチャード二世をユーフィリアがなだめている。
親子の心温まるやり取りは放っておくとして、今後の話をする。
「んーと。結局どうなるのかしらね」
しかし二人を除くと、残った話相手はフィオナしかいない。
政争とか謀略といった話には疎い人物である。
「これからアイランドがどうなるかなんて簡単に予測できるだろ」
「どうなるの?」
「これまでは3者の対立だった。こういうのは意外と崩れないんだ」
三つ足だとバランスがとれるわけで。
だから今まで解決しなかったとも言える。
「けど一人減ってしまうと、あとは1対1で決着をつけるしかないからな。しかも毒殺までしたとなると、もうお互い悠長なことはしていられない」
どちらが毒殺したのかというのに因らず、お互い一触即発の状態となった。
オズワルドが毒殺したのであれば、自分が何もしていないことを知っているアイザックはオズワルドの犯行だと思う。
身の危険を感じないわけがない。
逆にアイザック陣営の犯行であれば、オズワルドもアイザックの仕業であると確信する。
オズワルドは戦力で圧倒しているのだ。
毒殺されるなどという事態は当然避けたい。
すぐにでも動き始めてもおかしくはない。
「じゃあ動くのは戦力で優位に立っているオズワルド陣営かしら?」
「そうなったらアイザックとしては打つ手がない。その前にアイザックはいったん王都から逃げるしかないね」
「どこに? 逃げる場所なんてあるの?」
ユーフィリアに問われても俺は苦笑するしかない。
「それはアイザック次第。たとえばスコットヤードと手を組んでいるなら北に逃げる。そこで一旗揚げるだろう」
国境付近の城であれば、スコットヤードも支援しやすい。
万が一負けても亡命という手段も使える。
「スコットヤードと手を組んでなければ?」
「東のブリトンとの国境に来るか、もしくは南に行くかだな」
「南って……」
さすがのフィオナも顔をしかめた。
南方は人類にとって恐怖の地である。
「南方の誰も支配していない地域。そこなら拠点にできる。魔族に備えた砦もある」
「それはそうだろうけど」
もちろん今は魔王がおらず、平和な場所だ。
だが、いつ魔王軍が発生するかは分からないのだ。
一時的に立ち寄るだけならともかく、しばらくそこで暮らすのは大抵の者は嫌がるであろう。
「いつ起こるかわからない魔王におびえながら暮らすのはちょっと」
「魔王はそうそう発生するもんじゃないさ。だが、長く滞在すればその確率は当然上がっていく」
オズワルド陣営としても悩むだろう。
相手は篭城し、時間稼ぎをしようとする。
長期間大軍を派遣するだけでも大きな負担だが、万が一魔王が発生したらたちまち危機的状況になる。
「そんなところに拠点を構えるなんて怖すぎない?」
「正面から戦っても勝てない。負けたらどうせ死ぬ。そう考えれば、そこはもう気にすることではないさ。死の覚悟を決めた者は強い」
「けどそれは南に行った場合よね。こっちに来たら?」
「それはブリトン次第となるだろ」
俺はリチャード二世を見る。
「スコットヤードと手を組んでいるのであれば北に逃げる。こちらに来たのであれば手を組んでないと見ていいのかな?」
「実は資金援助は受けてるけど、戦闘はブリトンに任せようという二枚舌もあり得ますね」
「ちぃ。援軍を出したのに無駄になったらブリトンは笑い者だな」
「そういう工作ができる人物には見えませんでしたが……」
フィオナが控えめに述べる。
アイザックは若者らしく、実直なようであった。
「しかし毒殺をするような人物の可能性もある。側近にそういうことを平気で出来る人物がいるかもな」
「しかしアイザック陣営がジェイモン王子を毒殺するメリットがないんじゃない? 現状逃げ出さないといけないくらい、事態が悪化してるわけだし」
ユーフィリアが疑問を口にした。
「そんなことを言ったら、圧倒的戦力を持ったオズワルド陣営が毒殺という手段に出る必要もないわね」
フィオナが反論する。
「いや。政治力があったジェイモンを排除するのに苦労してたから、均衡状態だったんだろ。直接手を下すと、ただでさえよくない評判がひどいことになる」
「毒殺は悪評にならないの?」
「アイザックがやったことにすれば問題ない。もちろん影ではあれこれ言われるだろうがな」
それは直接武力で制圧するよりはマシであろう。
「どちらにせよ、現状我らに支援を求めてくるとしたらアイザックか」
リチャード二世はそう結論付ける。
「どうなさいます?」
「ふうむ」
リチャード二世は悩んでいるようだ。
まあそれほどの戦力があるわけでもない、確固たる地盤もない若輩の王子に手を貸すのはリスクが大きい。
スコットヤードの動きが変わらないのも懸案事項である。
「こちらに来たら手は差し伸べることにはなろう。全力で支援するかは別じゃがな」
負けない程度に支援するだけでも、ブリトンは損をしない。
内乱が長引くほど、国土は疲弊する。
どうなるかはアイザックの行動次第ではあるが、それがわかるのはそう遠いことではないであろう。




