127.疑惑を晴らす方法
ユーフィリアのバッグの中から、謎の紫色の液体が出てきた。
「そんな物入れた覚えは……」
ユーフィリアが眉をひそめる。
しかし、明らかに嫌な予感を感じているようだ。
「おやおや。これは証拠という奴じゃないのか?」
オズワルドが嘲笑う。
間違いなく毒物だと確信しているだろう。
「私たちは葬儀に出ていました。その間に何者かが入れたに決まっています」
「この部屋付近は人がよく通る。廊下を警護している兵士もいるのだ。不審なものがいればすぐにわかるだろう」
「そういう人物はいないのですか?」
「おらんな」
オズワルドが一蹴した。
「つまり、あなた方が伯父上を殺したというのですか?」
アイザックは驚いた顔をしていた。
「我々にはそんなことをする意味がありません」
フィオナが否定する。
「このような毒物を持っていては言い逃れなどできまい」
オズワルドが勝ち誇ったような顔になる。
「しかしお前たちはブリトンの使者。逮捕して処刑をしてはまた問題となる」
だから……と要求が始まるパターンであろう。
「ちょっと待ってもらおうか」
俺はそうなるのを制止する。
「また貴様か。今度はなんだ」
オズワルドは不機嫌になった。
「この紫の液体がなぜ毒物だとわかるのです?」
「ハンッ」
オズワルドは鼻で笑う。
「こんな色をしたものが毒以外のなんだというのだ」
「人が飲むようなものではありますまい」
司祭が追従した。
「薬品とか染料でも、紫の液体は作ることは可能でしょう」
「くだらん言い逃れはよせ。なんなら試せばいい。おい、お前が飲んでみろ」
オズワルドは一人の女性メイドを指す。
「ひいいいい。わ、私でございますか」
そのメイドがガクガクと体を震わせた。
「ちょっと。やめなさい!」
ユーフィリアが止める。
「ふん。そちらが言い逃れようとしたからだ」
「いいわ。その紫の液体は毒ということで話を――」
俺はユーフィリアを遮って、ドラゴンキラーが入っているらしい小瓶を手に取った。
「ほうほう。ということはこれを飲んで死ななければ、毒じゃないということでいいのですか?」
「もちろんだとも」
オズワルドが当然だと頷く。
言質は取った。
俺は小瓶のふたを開け、すべてを喉に流し込む。
味などほとんどない。水と同じである。
「ああっ。なにをしているの!?」
ユーフィリアの顔が青ざめる。
「頭がいかれたのか!」
オズワルドも目を丸くしている。
フィオナだけが無表情で俺を見ている。
それ以外の者は俺がすぐにでも泡を吹いて死ぬと思っているのだろう。
しかし、俺は平然としていた。
ドラゴンキラーだろうが俺に毒は通用しない。
「き、貴様平気なのか?」
オズワルドが怪訝そうに俺を見る。
「はい。これでこの小瓶に入っていた液体は、毒ではないということでいいですね?」
俺はその小瓶を魔法で消滅させる。
瓶を他人がなめたら死ぬ可能性もある。
さりげなく証拠隠滅したのだ。
「くっ。しかたあるまい」
オズワルドが悔しがる。
まだ納得がいっていないようで、「何がどうなってるんだ」とつぶやいている。
「えっと……。じゃあそれはなんだったの?」
ユーフィリアは安堵しながら尋ねた。
「ただの色のついた水だな。ちょっとは味も付いているんだろうけど」
「そんな馬鹿な……。あれはドラゴンキラーで間違いないはず!」
「ほう。なぜ言い切れるのかな」
俺は声を荒げた司祭を見る。
「あの色は染料の色などではない。ドラゴンキラーの色だ。間違いない!」
「ドラゴンキラーは作ることも所持することも禁止のはず。なぜ見たことがあるんだ?」
「え、あ。それは……」
司祭がうろたえた。
「もしかしてお前が入れたのか?」
「そ、そんなわけはなかろう。私がこの部屋に入ったのを見た者でもいるというのか?」
「ふん。どうなのだ?」
オズワルドがこの廊下の見張りをしていた兵士に尋ねる。
「司祭殿は見ていません」
兵士が答える。
「そうだろう、そうだろう」
司祭は笑みを浮かべる。
「あなたは葬儀には参加したのかな?」
俺が確認のために問うと、司祭は一瞬考える。
いちいち考えないといけないというあたりで、何かあるのはもう間違いないのだが。
「もちろんだとも」
「えっ? 医務室にいたのではないのですか?」
兵士が首をかしげた。
「それもあるが、手が空いたときに葬儀に参列したのだ」
ずっと医務室に誰かと一緒にいれば、それが犯人でない証明にはなった。
しかし何らかの理由で外に出たのだろう。
俺はそれを問う。
「仕事場を離れて葬儀に参列か」
「そうだ。陛下にご冥福を祈りたくてな」
「それはつまり、あなたがずっと仕事をしていたことを証明する人はいないということだな」
「何だと……」
「ちなみに転移魔法は使えるのか?」
司祭は答えないが、態度から明白であった。
「この部屋にテレポートを封じる防護処置は?」
「ない」
オズワルドが短く答える。
魔法がある世界では部屋の外で見張ってましたとか、鍵がかかっている密室とか、そういうのが通用しないこともあるのだ。
「ブリトンの王族を迎える部屋にしてはイマイチな部屋のようだな」
最初にあてがわれたときから、ずいぶん質素な部屋だとは思っていた。
転移を封じる効果が施された部屋では困るのだろう。
「部屋は最初の予定から変更されたそうです」
アイザックは疑惑の目で司祭を見ていた。
「それを指示したのは誰かな?」
「そこまではちょっと……」
俺の問いに、アイザックが申し訳なさそうに答えた。
皆が司祭を見る。
「ち、違う。私ではない!」
そのあわてぶりが証拠と言ってもよい。
このまま問い詰めれば勝手にボロを出していくであろう。
そう思っていたのだが、オズワルドがすっと司祭に音もなく近づく。
そして剣を一閃させる。
司祭は血しぶきを上げ、崩れ落ちた。
「ふんっ」
オズワルドはゴミを見るような目で躯となった司祭を見下ろした。
怒りにまかせてただ切り捨てたのか、証拠隠滅をしたのか。
俺にはよくわからない。
「とにかく、これで俺たちの潔白は証明されたということでいいですかね」
「ああ」
オズワルド苦々しげに話す。
俺はニヤリとする。
正直毒を所持していたという疑惑が晴れただけなのだが。
オズワルドは毒気が抜かれたように、俺たちが無実だと信じたようだ。
「彼がユーフィリア殿下の荷物に小瓶を忍ばせた、ということですね」
アイザックが確認のために述べる。
「なんのために?」
ユーフィリアが問う。
「さぁ……? 伯父上暗殺に関わっていたのは間違いないでしょう」
アイザックにも理解できないようだ。
しかし実行犯はともかく、裏で手をまわしたのはオズワルドかアイザックであろう。
この態度も演技かもしれない。
「ともかく、俺たちはこれで失礼しますよ」
事件の真相まで暴く義理はない。
自分たちへの疑いが晴れたのであればそれで十分である。
俺がそう告げると、特にアイザックが慌てだす。
「ま、待ってください。このままでは申し訳が立たないので、お詫びをさせていただきたい」
「ありがたい話ですが、長居すると今度はどんな嫌疑をかけられるかわからないのでね」
俺は丁重に断る。
ユーフィリアとフィオナが転移したのを見届けたのち、同様に転移でブリトン王国王城ウォーリックに戻るのであった。




