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126.迷探偵

 ジェイモンは口から泡を吹いて倒れている。

 護衛の兵があわてて近くの医務室まで運んでいった。


「何がどうなっているの?」


 ユーフィリアは困惑している。


「毒だろうな」


 俺はジェイモンが飲んだコーヒーカップを見る。

 匂いをかいでもコーヒーの匂いしかしない。


 ちょっと残っていたコーヒーを指ですくい、なめる。


「こ、これは!」

「え。な、なに!?」


 ユーフィリアが驚いて俺の顔を見る。


「いやわからん。コーヒーの味だな。ずいぶん高級な豆を使っている。ぐほぉ!」


 ユーフィリアとフィオナから鋭いツッコミというか、パンチが飛んできた。


「そんな冗談やっている場合じゃないわよ」


 フィオナがやや声を荒げる。


「ちょっとコーヒーじゃない味が混ざってるか? よくわからない」


 俺の邪舌(イビルタン)でもかすかに感じる程度だ。

 人間には認識不能だろう。


「いや待って。それなめて大丈夫なの? 人があんなにあっさり死んでるのよ」


 ユーフィリアが眉をひそめた。


「まあ、大丈夫でしょうね……」


 俺の正体について多少なりとも知っているフィオナがつぶやく。


「毒耐性があれば大丈夫」

「そんな人間聞いたことがないわ……」


 ユーフィリアが首を(かし)げた。


「人間じゃないし……」


 フィオナが非常に小さな声でつぶやく。

 邪耳(イビルイヤー)持ちじゃなければ聞こえないだろうが、余計なこと言わないでほしいわ。


「子供のころから訓練をしていれば、毒とか電気に耐えれるようになるんだよ」

「それはともかく、この状況って大丈夫かしら?」


 フィオナが話を変えた。


「後継者候補が死ぬ現場に居合わせちゃったからね。もしかして私たちも疑われちゃう?」


 ユーフィリアが懸念を述べる。


「殺人現場に居合わせてしまったのだから、一応調査は受けざるを得ないな。ここで転移で逃げたら勝手に犯人にされる恐れもある」


 俺は一人残った護衛の兵士を見る。

 変な動きをすれば、こいつがそれを報告するであろう。


「毒を誰がいつ入れたかということだが……」


 俺は現場を思いだす。

 そもそも現場保存という概念なんぞないので、死体は移動済み。

 いや救命処置のために連れていったのだが、助かる見込みはほとんどないだろう。


 俺たちに出されたコーヒーに毒はない。

 ジェイモンだけ狙い撃ちにされている。

 俺のにも実は入っていたのかもしれないけど、わからんからな。

 

 ジェイモンのカップにだけ毒を入れる。

 それが可能だった人物。


 そもそも俺なら余裕で可能。

 ジェイモンたちには見えない速さで動けばいい。

 わざわざそんなことをするメリットなどないがな。


「まあ、あのメイドが犯人だろ」

「そうでしょうね」

「そりゃあね」


 俺たちは考えることを放棄した。


「犯人はこの中にいる」

「いたらほぼ私たちが犯人なんだけど?」


 ユーフィリアがつっこんだ。

 今ここには俺たち3人と、警護というか監視の兵士しかいないわけで。

 言ってみたかっただけなんだ。

 ただその兵士がビクッとしたようだが、気にしないでおこう。






 俺たちはおとなしく待機する。

 しかしこの国はお家騒動の真っ最中。

 だれが責任者となるかもわからない。

 しかも死んだのが内政を担当していた第二王子なわけで。

 

 思ったより時間がたった頃、ドタドタとやかましい足音とともに、複数の人々がこの部屋にやってくる。

 オズワルド、アイザックとその近辺の者である。


「失礼。いくつか確認させてもらう」


 部屋に入るや否や、オズワルドが尊大な態度で話す。


「何でしょうか」


 ユーフィリアが少し身構える。


「言うまでもないことだろうが、兄者が毒を盛られて倒れた。おそらく死んだ」

「おそらく?」

「治療中とのことだが、既に息はしていないらしいからな」


 司祭の格好をした男がため息をつきつつ入ってくる。


「毒は魔法で浄化しましたが、蘇生はできませんでした」


 この世界には生き返る魔法などない。

 この場合の蘇生とは、心臓マッサージなどの救命措置によって息を吹き返すことを指す。


「何の毒だったのだ?」


 オズワルドが司祭に尋ねる。


「浄化したのでわかりません」


 治療のためとはいえ、実質証拠隠滅である。


「ただ、これだけ短い時間で亡くなるというのは相当強力な毒です。おそらくドラゴンキラーかと」


 龍ですらあっさり死ぬほどの強力な毒。

 それでドラゴンキラーと名付けられた。


 毒々しい紫色の液体だが、色のついた飲み物に入れると消えてしまうため、見た目では分からない。

 ほぼ無味無臭の液体であり、飲んで異常に気づくことはまず不可能。

 非常に危険な毒物である。


「それで、犯人は?」

「それを調べているところだ」

「常識的に考えて、コーヒーを入れたメイドの仕業でしょう」


 フィオナが常識論を述べる。

 当然ながら最有力の容疑者である。

 しかしその若い女性のメイドはこの場にはいない。


「それはない。あいつはどうあっても兄者を裏切らん。兄者は疑り深い性格。身の回りにはその兄者が信用した奴しかおらん」


 そのメイドはジェイモンのそばで憔悴(しょうすい)しているとのことだ。

 話しかけてもろくに返事がなく、彼女がジェイモンを殺すなどまずあり得ないようだ。


「ほう。では誰が犯人だというのですか」


 俺が目を細めて尋ねる。


「当然お前たちが容疑者になる」

「そんな馬鹿な! 私たちが何のためにジェイモン殿を殺すというのです」


 フィオナが抗議の声を上げる。


「今のわが国の状況を黙って見ているわけがない。この騒動に介入する気でいるんだろう?」

「そんなつもりは毛頭ありません」

「では兄者と何の話をしていたのだ?」


 答えにくいことなので、フィオナは押し黙る。


「ふんっ。兄者との交渉がうまくいったら生かす、うまくいかなければ殺すつもりでいたといったところか」

「我が国はそのような手法は取りません」


 ユーフィリアが断言した。

 しかしそれはオズワルドには届かない。

 こちらをかなり疑っているようだ。

 

 もっともこの世界の司法などいい加減なもの。

 権力者がこいつが犯人と言ったらそれだけで決まってしまうことも少なくない。


 こちらは大国ブリトンの正式な使者であり、ユーフィリアは第二王女である。

 いきなり問答無用で処罰するなどできるわけもないが。

 そんなことをしたら戦争である。

 相手がそれを望んでいるわけもない。


 しかしこんな態度ではブリトン側から嫌われるわけで。

 じゃあなんでこんな態度で来ているのか。


 すでにスコットヤードの支援を取り付けており、ブリトンとはそもそも仲良くする気がない。

 今回の件を俺たちの仕業ということにして、交渉の主導権を握りたい。

 この二つの理由が考えられる。


 前者はともかく、後者は交渉下手としか言いようがないな。

 上から押さえつける手法しか知らないのだろう。

 政治が苦手な粗暴な軍人らしい。


「犯人を決めるには二つの要素が必要です」


 らちがあかないので俺が前に出る。


「さっきから貴様はなんだ? 警護がしゃしゃり出るんじゃない!」


 オズワルドが大声で一喝するが、俺は全く動じない。


「それは動機と証拠です」


 俺が無視して話し続けたので、オズワルドは仕方なく応じる。


「動機はさっき言った通りあるな」

「いや、あんなのでは動機と言えないんだが」


 俺は苦笑する。


「どっちにしろ証拠がなければ犯人とは決めれないでしょう」

「毒殺の証拠などそうそう出るもんではないわ」


 オズワルドが吐き捨てる。


「一応、荷物を調べさせてもらっても?」


 それまで静観していたアイザックが口を挟む。


「ええ、それで潔白が証明できるなら」


 ユーフィリアが快諾した。

 もっとも俺たちは大した荷物など持ってきていない。

 転移で来て、転移で帰る。

 大した荷物などいるわけもない。

 俺は手ぶらだし、ユーフィリアたちも小さなバッグだけだ。


 女性メイドの一人がバッグを漁る。

 特に何も出てくるはずもなく――。


「こ、これは!?」


 メイドがバッグから小瓶を取り出す。

 それは紫色の液体が入っている小瓶であった。

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