125.殺人事件
俺は黒い礼服に着替え、ブリトン王国王城ウォーリックに飛ぶ。
門番はもう俺の顔を覚えてしまったようで、あっさり通される。
ユーフィリアの部屋に向かう。
ユーフィリアも女性用の黒い喪服を着ていた。
「おはよう。ごめんなさいね、こんなことに巻き込んで」
その暗い雰囲気の服でも、ユーフィリアの輝きはかけらも損ねることはできていない。
「姐さんが声かけたそうだけど」
「ああ」
予想外の提案ではあったが、こういう機会もあっていいだろう。
暗黒神殿でイビルアイビジョンで見ていた頃よりはましである。
「そろったね。じゃあ行こうか」
同様に喪服姿のフィオナ・スペンサーがやってくるなり告げる。
「そろった?」
俺は周りを見渡す。
俺とユーフィリアとフィオナ。
あとはメイドが数人いるだけである。
「そう、うちら3人だけよ」
「少なくない?」
「現地大使館のスタッフもいるわ。こちらから派遣するのはこの3人というだけ」
「なるほど」
俺は納得する。
「でも警護はもうちょっと居てもいいんじゃないの」
「暗殺されることを警戒しているの? そんなことをしたらアイランド王国の名声にも傷がつく。国王陛下ならともかく、私たちにそこまでの価値はないわね」
私たちというのは俺とフィオナを指している。
ユーフィリアは死ぬ気で守れということだ。
まあ死ぬ気にならなくても守れますけど。
「本気であちらがそれをやろうとしたら、そう簡単には防げないわ。けど私たちなら最悪転移で逃げれる。そういう人選ね」
ユーフィリアが付け加えた。
「殺しても死ななそうな奴を選んだってことか」
「あなたの場合は特にね」
フィオナが同意した。
「アシュタールでも死ぬことはあるでしょうよ……。そりゃすごいタフなのは知ってるけど」
俺の素性を知らないユーフィリアが呆れていた。
フィオナは話を打ち切り、転移する。
俺とユーフィリアも続いた。
アイランド王国の王城は都市名と同じ、ダブラム城である。
大国の国王の葬儀であり、各国の使者も多数きている。
葬儀は第二王子であるジェイモンが取り仕切っていた。
小太りの30代半ば。
頭がやや薄くなってきている。
第三王子であるオズワルドは、ジェイモンが取り仕切っているのが気に入らないようでふてくされていた。
ところが葬儀の途中でいきなり大声で泣き出したりと、不安定なようである。
第一王子レイシーズの長男アイザックは、特に感情を見せることなく葬儀に参加していた。
葬儀そのものはつつがなく終わった。
俺たちは与えられた部屋に戻る。
「ふう」
ユーフィリアが一息つく。
「それで、これからどうするんだ?」
「表向きの要件はすんだわけだけど……」
フィオナが俺の質問に答える。
「このまま帰っては無駄足ですね」
ユーフィリアが椅子に座った。
身分の上では当然ユーフィリアの方がフィオナより上である。
しかし勇者の先輩として敬っているようで、ユーフィリアはフィオナに対しては敬語となる。
「じゃあしばらく誰かこないか待つか? 情報がないし、こちらから動きにくい」
俺の言葉に二人は悩ましい顔となる。
その時、部屋の扉がノックされる。
ユーフィリアの返事に答えて入ってきたのは、第二王子のジェイモンであった。
俺たちは顔を引き締めた。
悩むまでもなく、あちら側から接触してきたのである。
「それで、要件は何でしょうか」
形ばかりのあいさつが終わったあと、ユーフィリアが問う。
ジェイモンは護衛を数名、メイドも連れてきており、メイドがコーヒーを用意する。
「父の葬儀が終わったばかりなのですが、この国は今問題を抱えていまして」
ジェイモンは視線を落ち着かなく移動させている。
俺たちの反応を見ているのであろう。
「どこまでご存知ですかな?」
「誰が次の王になるかでもめているそうで」
ユーフィリアが正直に答える。
「我々はそれほどの情報を持っておりません。わが国も最近いくつかの問題を抱えておりましたので。余裕がなかったのです」
「しかしそれを乗り越えられたようですな。うらやましい限りです」
ジェイモンは俺をちらりと見る。
「そちらの方は今話題のアシュタール殿ですな」
「ああ」
俺は短く返事をする。
アイランド王国の王族である以上、俺のことは知っていてもおかしくはないだろう。
しかし、余計な事を話されても困るな。
「ブリトンに協力しているということでいいのですか」
「ケースバイケースだ」
「そうですか」
俺の暴露につながることを言うのではないかとひやりとしたが、気にせず元の話に戻った。
「私と弟のオズワルド、甥のアイザックで争っております」
「長引きそうなのですか」
フィオナが慎重に尋ねる。
「長引くようでは国が危ういのですが」
ジェイモンは憮然とした表情になる。
「私が強引に王位につこうとすれば、残りの二人は武力を用いて私を殺すでしょう」
ジェイモンは文官を束ねており、政治への影響力はある。
それを利用して無理やり王位に就いたことにするのは可能。
ただし、それは武力によって容易に覆されるものでしかない。
「この国の戦力のうち、6割がオズワルドを、1割がアイザックを支持しています」
「残りの3割があなたに従うと?」
フィオナが問うが、それは間違いである。
「まさか。誰にもつかず、正式に王となった者に従うということです。近衛兵団などがそれを明言しています」
ジェイモンはユーフィリアを見る。
「つまり、私には最低限の兵以外は力がない状態でしてな。よろしければブリトン王国には私の後ろ盾になっていただきたい」
「ずいぶんストレートな話だな」
予想以上に踏み込んだ提案に、ユーフィリアとフィオナは対応できなかった。
代わりに俺が答えた。
「それだけ事態は切迫しているということです。本来ならもっと早く接触したかったのですが」
ジェイモンは慎重な人物である。
この話が漏れれば、やはりオズワルドあたりは即動き出してもおかしくない。
これほどの交渉を他人に任せることもできない。
ゆえに直接交渉できる機会を伺っており、今日やっと会うことができたということだ。
「後ろ盾といっても色々ある」
「はい。何事もなければ、後ろ盾となったという事実だけで終わるでしょう」
「先ほどの話ぶりを見るに、そうならない可能性も高そうですが」
気を持ち直したユーフィリアがたずねる。
「その可能性もございます」
ジェイモンの答えは、その時は直接軍隊を派遣してほしいということである。
かなり踏み込んだ要請であり、ユーフィリアも困惑していた。
「この件はこの場で即答できる話ではありません」
ユーフィリアが申し訳なさそうに告げる。
一国の王にしか決断できない重大案件であろう。
「わかっております。しかし父が亡くなったことで、いつ事態が動いてもおかしくないということはご理解いただきたい」
「もちろん。国元に戻り次第、リチャード陛下に裁断を仰ぐことになるでしょう」
フィオナが頷く。
転移で戻るので、すぐにと言っても差し支えないであろう。
「ところで……。スコットヤード王国にも同様の要請をしているということはないでしょうか」
「あり得ないですな」
ジェイモンは一蹴する。
ジェイモンに必要なのは武力である。
スコットヤードの得意分野ではない。
スコットヤード王国とアイランド王国の国境付近には山脈がある。
オズワルドに勝てるほどの兵力を派遣するのは簡単なことではなかった。
スコットヤードの軍隊ではアイランドの正規軍に対抗するのは難しいと考えているのかもしれない。
どちらにせよ、ジェイモンがスコットヤードと好を通じているわけではないようだ。
「するとスコットヤードはどっちに肩入れをしているのでしょう?」
「さて、オズワルドかアイザックか。私にはわかりかねます」
ジェイモンが首を左右に振った。
オズワルドは本人だけでなく部下も乱暴で思慮が浅い。
特に金や女に弱い。
スコットヤードなら簡単に籠絡できると考えるだろう。
アイザックは現状もっとも勢力が弱い。
スコットヤードの力で王位を手にした場合、もはや頭が上がらないことが明白である。
どちらに手を貸していてもおかしくない状況である。
話が終わるとジェイモンは即座に部屋を立ち去ろうとする。
長話をしてライバルを刺激したくないのである。
話をして喉が渇いたのか、ぬるくなったコーヒーをグイッと飲み干し、扉に向かって歩き出す。
そしていきなり倒れこんだ。
あわててメイドと護衛が駆け寄る。
「し、死んでる!?」
どうやらこの国の騒乱はさらに大きくなっていくようだ。




