124.隣国のお家騒動
いつものように家で安静にしていると、またもや来客があった。
どうせいつもの誰かだろうと部屋で待つ。
しかし、来た人たちは俺の予想とは違った。
「なぜおまえらまで……」
俺はあきれながら部屋に入ってきた二人を見る。
「むしろ遅いくらいです」
オーレッタが憤慨している。
「オーレッタには倒れたことすら教えていなかったのね……」
フィオナがやれやれと腰に手を当てている。
ユーフィリアたちからフィオナに、フィオナからオーレッタに伝わったということだろう。
「こういうときに、しもべたる私がお世話をしないわけにはまいりません」
オーレッタの目は真剣そのものである。
「そ、そうか」
俺は悪いことをしたかなと思った。
オーレッタはあれこれと俺の世話を焼く。
体を拭いてくれたりもした。
一方、暇そうにしているフィオナをちらりと見る。
「私はただの付添いよ」
フィオナの答えを聞きつつも、俺は訝しむ。
オーレッタと仲がいいとはいえ、俺とは友好的な関係とは言えない。
そんな俺のところに用もなく来るとは思えない。
オーレッタはノリノリで料理をしている。
どうやらグラタンを作っているようだ。
その様子を見ながら、フィオナが俺に話しかけてくる。
「体調はどうなの? ずいぶん良くなってきているとは聞いてるけど」
「もう日常生活には支障がないかな。そろそろ普通の生活に戻ろうかと思っているところだ」
「むしろあんたがなんで病気なんかになるのよ。ドラゴンが即死する毒でも効かなそうなのに」
「ずいぶん失礼な物言いだな。いや、毒は効かないけど」
「合ってるじゃん」
フィオナは胸をそらすが、そのあと眉をひそめる。
「ってドラゴン用の毒も効かないのね……。じゃあなんで寝込むのよ」
「さすがはアシュタール様です」
オーレッタは料理をしながらでも話は聞いているようだ。
「俺にも制約があることは知ってるだろ。ルール違反を犯すとこうなるのさ」
「へえ……」
フィオナの表情が変わる。
目が鋭い。
フィオナは俺を倒そうとしているからな。
今色々と考えているに違いない。
一番弱っているときに襲われていたら、いろいろ面倒だったかもしれないな。
「はい。どうぞ」
料理が出来上がり、テーブルに置かれる。
「うん。おいしいっ」
フィオナが遠慮なく食べ始める。
おめーが先に食うのかよ。
まあいいけど。
みんなで食べ終わった後、フィオナが本題に入る。
「ところで、隣国アイランド王国は知ってる?」
「知らなかったらおかしいだろ」
ブリトリア大陸西方にある3大国のひとつ。
正義と戦の神ダグザを国教とし、軍備に力を入れている。
まあ、この世界で軍備を怠る国などないわけだが。
「先日アイランド王国で起きたことは?」
「しらん。最近は寝てることが多いからな」
部下たちによると何も起きてないということだったが。
「アイランド王国の国王が亡くなったのよ」
アイランド王は老齢で、最近病に伏せっていた。
人前に出ることもなく、時間の問題と思われていた。
国王がそのような状態ということで、最近は国内問題で手いっぱい。
外交では非常におとなしかった。
対魔族会議でもほとんど発言がなかったとか。
まあ一国の王が死んだ程度、邪神族が気にするはずもなし。
「それで次の王を決めるわけだけど、これがもめててね」
フィオナの声が心もち小さくなる。
意図したのかはわからないが、真剣な話をしようとしているのがわかる。
オーレッタにも聞こえているだろうが、まあいいだろう。
というか、国家の重要機密なら俺に話すわけもない。
「国家が一番もめるのは次の王を決める時だからな」
俺は頷く。
元の世界の民主主義国家とは違う。
権力者の意向で人が殺されるなど当たり前の世界である。
次の王が誰になるかで、側近となって権勢をふるう者も変わるのだ。
しかも一度決まると、それを覆すのは困難である。
数十年に1度の国家的大騒動と言ってよい。
だからこそ後継者はきっちり決めておくのが普通ではあるのだが。
「当初、後継者は定まっていました。しかしその後継者であるアイランド王国の第一王子は、4年前の魔王戦争で戦死しています」
オーレッタが皿を片づけつつ話す。
「それ以来明確な後継指名がないまま、王が倒れました」
「レイシーズ王太子は文武両道で人望がある、素晴らしい人物だったわ」
フィオナが遠い目をする。
4年前の戦争で名を上げたフィオナにとって、年は違えど戦友の一人であった。
「だからこそ危険な戦場にも立ち、命を落としてしまったのよね。彼と比べると他の候補が見劣りするのは仕方がないわ」
フィオナは頭を振って切り替える。
「第二王子、第三王子、そして第一王子の長男。この3人が争っているわけだけど……」
フィオナが説明を続ける。
第二王子は文官タイプであり、戦の神ダグザを崇め、国教としている国では人気がない。
もっとも文官、貴族の支持は固い。
ずる賢く、猜疑心が強いとのことだ。
第三王子は武人としては優秀。
軍を掌握しているが、内政はからっきしである。
王には向いていないとのもっぱらの評判となっている。
性格も粗暴で人望はない。
国王の孫は剣の腕は一流。
ただし18歳という年齢であり、若すぎるという声が大きい。
ただし第一王子の子ということもあり、国民の人気は高い。
第一王子の側近だった者が支援しているが、それほど大きな勢力ではないそうだ。
「ふむふむ」
俺は興味深げに聞く。
「でも国王が病に伏せってしばらく経つんだ。死期を悟った王が後継者指名とかしなかったのか?」
「残念ながら倒れてから目を覚ますことがなかったそうよ」
俺はあごに手を当てて考える。
「それが本当かはわからんがな」
「どういう意味?」
「そういうとき周りにいるのは大抵文官だろ? なんだかんだ理由をつけて他者を入れないようにしていた可能性もある」
「つまり、第二王子の手の者が後継指名を握りつぶした」
「そういう可能性もあるということだ」
俺は話を変える。
「しかしまあ、これブリトンに関係あるのか?」
「あるにきまってるでしょ」
「あわよくば親ブリトン政権を樹立させたいと?」
「そうよ」
フィオナが我が意を得たりといった風に膝を叩く。
「でも介入してうまくいかなかったら、逆に嫌われてしまうんでは?」
オーレッタが疑問を呈した。
「どうせスコットヤードが動く。親スコットヤード政権ができたらどのみち敵になるわ」
「やるしかないってことか」
しかし後継者争いというのは泥沼化することも少なくない。
当事者であるアイランド王国からすれば避けたい事態であろう。
内乱なんてことになったら、大国とて一気に衰退する。
「それでね。明日葬儀があるのよ。当然ブリトン王国からも使者を出すのだけど、その時何らかの接触があるかもしれないわね」
「いきなり受け身すぎない?」
俺の疑問にフィオナが苦笑する。
「内部でどんな対立があるのかわからないもの。スコットヤードはすでに動いてそうだし、支援する人がかぶったら目も当てられないし」
「情報が足りなすぎるな。王が倒れてから時間はあったはずだろ」
「こんな事態になるとは思ってなくてね……。それに、その期間色々あったのよ」
フィオナは俺を見る。
「まあだいたいあなた絡みなんだけど」
「そういえば、ちょうど俺が動き出した時期とかぶっているか」
俺のその言葉にフィオナがふと問う。
「そういえば、なぜこのタイミングで動き出したの? いや、以前からコソコソ動いてはいたのだったかしら」
「ああ……。俺が直接動くようになったのはここ数カ月の話だ」
なぜ動けるようになったかといえば、ユーフィリアが暗黒神殿に来てくれたからだ。
それで神との最初の約束を果たした。
ただし半分だけ。
「ふうん?」
フィオナは興味深げにしているが、マグナ・カルタで俺たちの素性の詮索はしないことになっている。
最初の質問にも答える必要はなかった。
「まあ、真実を知りたければ正規の手順を踏むことだ」
「正規の手順ねえ……」
フィオナは首をかしげる。
魔王を倒した勇者であるフィオナも知る権利がある。
しかし、俺が教えるわけにもいかない。
「話を戻すけど、その葬儀にできれば出席してほしいのよ」
「なんで俺が? あいにく政府の人間ではないんでな」
俺は即座に否定する。
「代表はユーフィリアよ」
「へ、へえ」
俺はどうでもいいといった態度で答えたが、それは成功しなかったようだ。
フィオナがクスクスと笑う。
「やる気になった? 何が起こるかわからないし、護衛もいるのよね」
「いいや」
「じゃあ明日の朝、城に来て頂戴」
「いかないって言ってるだろうが」
俺の話を聞かず、フィオナは言い終わると去っていく。
間違いなく来るだろうと確信しているのだろう。
まあ行くんだけどさ。
俺はフィオナへの文句を延々オーレッタに言って過ごすのであった。




