122.見舞い
俺は呪われた。
神の呪いである。
呪われるとどうなるのかというとすごくグッタリする。
ゲーム的な表現をするならばステータス80%ダウンとか、そんな感じ。
ステータスはどうなっているんだろうとチェックしてみたが、表記上は変化なし。
弱ってもカンストしているのか、弱った数値は反映していないのかは分からない。
体がだるく、非常に重い。
熱が出て、風邪のような症状に似ている。
前回はしばらく寝たきり状態だったけど、今回はそこまでひどくないな。
前回より呪いの威力が弱いのか、俺の体が慣れたのか。
まあ、起きあがるのもしんどい。
どっちにしろしばらく安静にするしかない。
そういうわけで俺はローダンのセーフハウスでベッドに横になっている。
なんで暗黒神殿じゃないのかというと、爺やにこちらを勧められたからだ。
頭もいまいち働かないし、なんとなく同意してしまった。
やることもないのでカンタブリッジ学園の様子を見る。
しかしイビルアイビジョンを飛ばすだけでもだるい。
体調の影響は大きいのだ。
「今日はアシュタール君はお休みです」
教室では爺やことエウリアス先生が出欠を取っていた。
「なんでわかるんです?」
ティライザが疑問を口にする。
電話がない世界である。
担任が遅刻ではなく休みと断言するのも、休みの理由を知っているのも不自然。
「昨日の夕方偶然会いましてね。すごく具合が悪そうにしてましたので。おそらく風邪かと」
「風邪ですか」
アイリスも不思議そうにしている。
普通の人よりもはるかに強靭な肉体を持つ冒険者は、風邪を引くことなどめったにない。
「珍しいわね」
「あれだけタフなくせに病気には弱かったのか」
ユーフィリアとジェミーが感想を述べた。
「そういうわけで、ローダンの借家で一人さびしく寝ていることでしょう」
正解。
まあ俺は一人暮らしということになっているので、そう答えるのが自然である。
当然爺やは答えを知っているわけだが。
それを聞いた4人はお互い顔を見合わせていた。
よくわからないが、眠くなってきた俺は魔法を解除し寝ることにした。
俺は玄関のドアがノックされる音で目を覚ました。
「ごめんくださーい」という声も聞こえてくる。
来客だろうけど、ベッドから起き上って対応する気も起きないので居留守を使う。
時刻は昼過ぎだろうか。
カチャッとドアが開く音がする。
鍵かかってねーのかよ。
遠慮がない足音が数人分。
俺の部屋に近づいてくる。
「いたいた。元気?」
俺の部屋に入るなり声をかけてきたのはユーフィリアであった。
「元気じゃないから寝込んでるんだと思いますよ。あ、そのまま寝てていいです」
ティライザが真顔でツッコム。
俺はその言葉に従い、ベッドに横たわったままである。
「みんなそろってなんなんだ?」
「お見舞いというやつです」
アイリスは買い物袋を持っていて、その中には食材が入っている。
「おいちょっとまって、その食材……」
「あ、大丈夫ですよ。作るのはアイリスですから」
ティライザの言葉で俺は安堵する。
「悪いけど、あんまり食欲はないぞ」
「わかってます。おかゆとお汁ですよ」
アイリスが鼻歌交じりに米を研いでいる。
「今朝のHRでエウリアス先生に風邪で休みだって聞いてね」
ユーフィリアが話しかけてくる。
「『ローダンの借家で一人さびしく寝ていることでしょう』って言ってたわよ」
「マジで体調が悪いんでな。急に来られても相手なんてできないぞ」
「ふふっ。わかってるわよ」
なぜか笑顔である。
「ちょっと様子を見に来ただけですからお気になさらず」
ティライザが真顔で告げる。
「あ、ああ……」
こうなることを見越してこっちで寝るようにさせたのか。
爺やの計画通りである。
アイリスが料理をしている間、残りの3人は家の掃除もするつもりでいたようだ。
しかし、たいして汚れてもいないのですぐやることがなくなった。
「なんかこの家きれいすぎない?」
ジェミーがほうきを持って部屋に戻ってくる。
「生活感がないですね」
ティライザが首を傾げている。
そりゃ普段住んでないからな。
俺が寝ると決まったら、部下たちが家中大掃除をしたのできれいなのは当然。
「まさか……」
ユーフィリアが俺を疑惑のまなざしで見る。
「通い妻がいるんですね!」
ティライザが俺をビシィッと指さす。
「いるわけないだろ……」
俺は横になったまま絞り出すように声を出した。
元気にツッコム気が起きない。
「本当に調子悪そうですね」
ティライザがようやく心配そうな表情になった。
今まで嘘をついてるとでも思ってたんか。
「どれどれ」
ティライザの小さな手が俺の額にあてられる。
「熱もそれなりにありますね」
タオルを濡らし、俺の額にかけてくれた。
ひんやりとしていて気持ちいい。
俺はされるがままになって目を瞑った。
しばらくしておかゆとお汁が出来上がる。
俺は体を起こす。
テーブルと椅子をベッドのそばまで移動させ、アイリスが椅子に座った。
「ふーふー」
そのままアイリスに差し出されたおかゆを食べる。
悪くないシチュエーションである。
ユーフィリアらの視線がやや険しいことを除けば、だが。
「なあ」
ジェミーが口を開く。
「そもそも風邪って魔法で治せるんじゃ?」
その言葉に残った3人が固まる。
「そ、そういう考えもあるわね……」
ユーフィリアは明後日の方向を見る。
「それで終ったら風情がないというか」
ティライザがうつむく。
「せっかくですから……」
アイリスが顔を引きつらせる。
どうやらジェミーに言われるまでもなく、魔法なら治ると思っているようだ。
ジェミーだけが今まで気づいていなかった。
ただそれじゃあ味気ないということで、魔法を使おうともしていなかったのだろう。
でも残念ながらそれは間違い。
「そこは大丈夫だ」
俺は横になりながら告げる。
いや、むしろ大丈夫ではないんだが。
神の呪いが魔法で消せるなら苦労はせんわ。
「ハイ・リフレシュでも無理だから」
「え、それってすごい難病ってこと?」
ユーフィリアが心配そうな表情になる。
「ああ、違う違う」
俺は手を振る。
しかしなんて言ったらいいんだろうな。
神の呪いですとか言ったらすごい驚かれるだろう。
「そのうち治るけど、魔法は効かないんだよ」
俺の説明では納得せず、ティライザとアイリスがハイ・リフレシュをかけるが、当然効くわけがない。
納得がいっていない様子ではあったが、俺が大丈夫と説明するととりあえず引き下がった。
「で、どのくらいで治るの?」
ユーフィリアに問われるが、それは俺にもわからない。
「んー。1~2週間くらいかかるかなあ」
とりあえずそのくらいたてばある程度回復すると思われた。
「じゃあまた来るわね」
「いや、別にそんな来なくても」
「たまには世話させてください」
ティライザも強い口調である。
「アシュタールって普段全部自分でやっちゃうじゃない。だからこういうときくらいは……ね」
「恩返しみたいなものです」
そう言われると断りづらい。
それに悪い気はしない。
彼女たちの言葉が心にしみわたる。
病気のとき優しくされるとうれしいものだ。
呪いで苦しむはずの期間がそれほど苦痛にならなかったのは言うまでもない。
意外と穏やかに過ごすことができたのであった。




