120.邪神とジャスティン教団
家臣たちの働きをチェックするのも主の勤めである。
普段は一切チェックしてないけどな。
一部を除き、別に恒常的な仕事があるわけでもないので。
人間社会で定職に就いているのは2名。
爺やことエウリアス。
そして邪神軍第十三軍団長ジェコである。
爺やはカンタブリッジ学園の教師。
ジェコは学園の用務員をしている。
俺も学園に通っており、最近は本拠地である暗黒神殿を留守にすることが多い。
まあ1000年外に出ることなく守っていても、来客自体なかったのだけれども。
俺が留守の間の責任者は第一軍団長アドリゴリが務めることが多い。
アドリゴリもいなければ残りの軍団長のうちの誰かが担当する。
邪神族にも恒常的に仕事があり、精力的に活動している軍団長がいる。
第十一軍団長イスティムである。
建設、土木分野を担当。
今はなぜか消滅した人類最高の要塞、ハミルトン要塞を再建しているところだ。
邪神族の技術の粋を結集した要塞となるそうだ。
我々邪神族は人類の守護者ではない。
味方でもない。
かといって、魔族のように敵対関係にあるわけでもない。
なかなか微妙なものである。
一方人類に滅亡されても困る。
それに、あまり数が減るのもよろしくないであろう。
人類の数が減りすぎると、人類は生きるだけで精いっぱいになる。
暗黒神殿に来る可能性もほぼなくなるわけで。
さらに言うと、人が減りすぎると見ている方としてもつまらなくなる。
そういう理由から、俺たちは人類がピンチになると多少の手助けをしていた。
人類が滅亡の危機に陥ることなど、魔王以外にあるわけがない。
人が滅亡しかけるほどの魔王による危機を、人は魔災と呼ぶようになった。
ハミルトン要塞は次の魔災時に役立つであろう。
明らかにオーバースペックとなるとおもうが、とりあえず1回運用させてみてから考える。
要塞は工事が終わり次第、スコットヤード王国に渡すことになっていた。
それ以外にも農業担当の第十五軍団長ファムレなど役割がある者もいるが、具体的な仕事などない軍団長の方が多い。
じゃあそいつらは普段何しているのか。
まあ修行をしたり、趣味で道具を作ったりいろいろだが、ちょっとそれを見てみよう。
そう思って、今日はかなり早く暗黒神殿に戻ってきた。
「あれ? 珍しく誰もいないな」
暗黒神殿の玉座の間。
この建物の中枢である。
いつもなら軍団長が誰かしらいるのだが、今日は不在のようだ。
イビルアイビジョンを飛ばして暗黒神殿内を見て回ると、別にひと気がないというわけでもない。
あいつらだけで何をしているのか。
暗黒神殿に残っている者に聞いてみても、ローダンで活動していることしか知らないそうだ。
ちょっと探してみることにした。
カメラを自由に動かしているように見ることができる魔法、イビルアイビジョン。
場所が分かっていればこの魔法で見ることができるが、どこにいるかわからないのではあまり意味はない。
便利は便利なんだが、人探しにはあまり使えない。
俺はローダンに戻る。
俺の活動域は結構狭い。
カンタブリッジ学園はローダンの中心部にあるし、食事にしても買い物にしても近場の繁華街で問題なくすませられる。
だがその活動範囲内で、普段家来たちを見ることなどない。
どこで何をやっているのやら。
しばらくローダンの外れの方をうろついてみるが、成果はない。
人口10万を越える大都市で当てもなく人探ししても見つかるものではない。
俺はふと思い出す。
そういえばここの地下に神殿を作ってたんだったな。
その入り口にあたる一軒家に転移する。
「不用心だな」
その家の玄関の扉は開いていた。
地下に秘密の施設を作っている組織としてはあり得ない。
まあこの雑なのがあいつららしいと言えばらしいんだが。
地下には結構な人がいて、ガヤガヤと騒がしい。
すでに一般人がいる。
布教活動をするといってたので、それがうまくいっているということか。
最奥の巨大ホールに入ると、100人を超える人が祈りをささげていた。
ホールは教会のような作りで、奥には銅像が建っている。
しょせんは銅像だけどさ、なんか俺に似ている。
中には軍団長が数名いた。
アドリゴリ、ガレスなどである。
「入団希望者ですか?」
牧師風の格好をした人間の男が話しかけてくる。
「ええと、これは何ですか?」
「見ての通り教会となります。ローダン地下神殿と命名されております」
「は、はあ……」
俺はあいまいな返事をする。問題はそこじゃない。
「ええと、あの銅像は……」
「我々が崇める神です」
「神の名前は?」
「名を呼ぶことすらはばかられるほどの神。ASTRと表記される方だとか」
あからさまな表記すぎて俺は苦笑せざるを得ない。
「アスタル様ということになるのでしょうか。もっとも名を呼ぶことは禁忌にあたりますのでお気を付けください」
「で、その神は何を司るんですか」
ダグザは正義と戦いを、ブリジットは慈愛と豊穣を、アンガスは英知と商売を司る神とされている。
しかし俺の質問に牧師は首をかしげた。
「別に何も?」
「いや、そこは考えようよ」
「申し訳ありません」
この人にではなくこの教団を創設した奴らに言ったつもりであったが、牧師は頭を下げた。
「教義に関してはおいおい追加していくという話でした」
「まあ出来たての教団ならこんなもんか」
細かいことを気にしても仕方がない。
「よかったらお祈りしていきませんか? そろそろ始まりますので」
「始まる……?」
俺は理解できずに立ちつくす。
信徒は願いを口にしているようだ。
「神よ……我らをなんとかしてください」
願いも雑だな。
いくら神でもそれじゃ叶えようもねーよ。
皆の前に一人の男が立つ。
邪神軍第二軍団長ダンテである。
牧師の服を着ており、その穏やかな表情も相まって全く違和感がない。
「皆の願いは聞き届けた。我らが神は必ずあなたたちをお救いになるであろう」
ダンテはおごそかに告げる。
どうやら教団のお偉いさんという役割を演じているようだ。
「ダグザ、ブリジット、アンガス。その神は実在しない。あなたたちを直接助けることはない」
ダンテは力強く手を掲げる。
「だが我らの神は実在する。ゆえに必ず救済を行う!」
「本当に居るのですか?」
信者の一人が問う。
「もちろんだ。私は偶然にも見る機会があった」
「今も見ようと思えば見れるぞ」
俺がぽつりとつぶやくと、隣にいた牧師が俺を怪訝そうに見る。
「何かおっしゃいましたか」
「いえ、なんでも」
俺はため息をつきつつ、とぼけた。
「神を直接見るは、人にとってあまりに危険。だが実在することは明言しよう。我らの神を信じよ!」
「うおおおおおおお」
「ジャスティン! ジャスティン! ジャスティン!」
信者たちが叫ぶ。
叫び続ける。
言ってるのはジャスティンである。
しかし、連呼されればこう聞こえるであろう。
「邪神! 邪神! 邪神!」
これ大丈夫なのか?
彼らが盛り上がる中、俺は白目になりながら呆然としていた。




