119.殺人料理ダイエット
ユーフィリアは悶々としながら自室で過ごしていた。
ベッドに横になって、ただ天井を見上げている。
姉とアシュタールの婚約パーティーに出る気分にはならなかったのだ。
正確に言えば婚約は成立していないらしいが……。
ただ前向きに検討するという答えが返ってきて、リチャード二世が張り切りだした。
今頃お見合いは盛り上がっているのだろうか。
「はぁ~。こんな風に考えて立って仕方がないのよね」
しかしそこは切り替えが早いユーフィリア。
いきなり立ち上がって、ドレスに着替える。
お付きのメイドであるアデラが手伝う。
アデラは長年ユーフィリアに仕えており、気心が知れた仲であった。
ユーフィリアが身分の違いなど気にしない性格なのもあって、冗談も言い合える関係である。
「お見合いに乱入して、アシュタール様の手を取って駆け落ちするのですねわかります」
「……そんなことするわけないでしょ」
ユーフィリアが否定する。
一瞬間があったことに気づいてアデラはクスリと笑った。
「しかしユーフィリア様から聞いた印象ですと、婚約など成立しなそうです」
「それはそうなんだけど」
ユーフィリアとしては気が気でないのだ。
「ふふ。それならやはり乱入して奪い去るべきですね」
アデラにからかわれて、ユーフィリアは自室を出た。
さて、どこに向かうべきかと思案していると、廊下の向こう側から覇気がない親子が歩いてきた。
「お父さん。姉さんどうしたの?」
ユーフィリアはそう尋ねつつも、どうやら縁談はうまくいかなかったと判断し、安堵する。
王の私室に移動すると、リチャード二世が語りだす。
「事前の話では好感触だと聞いていたんじゃがなあ」
「ダメだったの?」
「うむ。こういったのは今回限りでと言われてしまった」
その話を聞いて、ユーフィリアの頬が少しゆるんでしまうのは仕方がないことであった。
「何か粗相をしたのかと理由を聞いても、『ぶコ抜け』としか答えてもらえなくてな」
「『ぶコ抜け』?」
ユーフィリアが首をかしげる。
ぶっさ、コミュ抜けるわを短縮した言葉。
とあるインターネットで素人の女性が顔を出しておしゃべりをしていた。
それをたまたま見に来た人が言った一言である。
転生者であるアシュタール以外に意味がわかる者はいないであろう。
「アシュタールはたまによくわからないことを言うのよねえ。地元の方言とかかしら」
「まあ身内でだけ通じる暗号かもしれんな」
「ぶしつけですが、今回の話から抜けさせてください。略して『ぶコ抜け』」
アデラも私室までついてきていた。
そのアデラが思いついたことを話す。
方向性としては間違っていない。
「それは断る文言であって、断る理由じゃないからのう」
「それはそうですね……」
アデラは差し出がましいことを申しましたと、一礼をして一歩下がった。
「何が悪かったのかしら?」
ドロシーが考え込む。
「ほんとな」
リチャード二世が同意する。
ユーフィリアは二人が全く現状を認識していないのを察する。
言おうか言うまいかしばらく悩んだ後、告げた。
「と、とりあえずもう少しやせた方がいいんじゃ……」
ユーフィリアは心もち小声である。
ドロシーは数年前まではやせていた。
その頃は縁談の話は多数あった。
しかし父であるリチャード二世が親バカを発揮。
そんな話を持ちかけた相手に怒鳴ったり、脅したりすることも少なくなかった。
縁談の話はすべて断っていた。
ドロシーはユーフィリアと違い結婚願望は強い方である。
それを父親に妨害されたことで、部屋にこもりがちになっていった。
そして気がつくとこんな体型となっていた。
多分やけ食いをしていたのだろう。
「確かに、少し太っちゃったのよね」
「いや、少しじゃないような……」
ユーフィリアが小声で姉にツッコム。
顔はパンパンに膨れ上がり、肌も荒れ放題。
健康にも良くないであろう。
「女性はふくよかな方がいいという者も多いぞ」
「それにも限度があると思うわ……」
父親にもツッコム。
「どちらにせよ、太りすぎはよくないんじゃないでしょうか」
アデラが常識論を述べる。
「どちらでもワシは構わんがな」
親バカとしては、別にどちらでも可愛い娘であることは変わりない。
娘の意思を尊重するつもりであった。
「しょうがないわね……。ちょっとダイエットしようかしら」
ドロシーが決断する。
「でもどうやって?」
「ユーフィリア様の料理を食べればいいのではないでしょうか」
アデラがなんとはなしにユーフィリアの質問に答えた。
「そ、それはっ」
リチャード二世が慌てふためく。
「? なんで私の料理を食べるとダイエットになるの?」
ユーフィリアがキョトンとしている。
「ユーフィリアの料理はおいしすぎる。他の物を食べようという気にならなくなってやせるのじゃ」
リチャード二世は現在やつれていた。
これ以上にない証拠であった。
理由は完全に嘘であるが。
「ああ、そういうことね。じゃあ今度作るわね、姉さん」
「そういえば、私はユフィの料理食べたことなかったわね」
それはリチャード二世や家来たちの努力の成果であった。
リチャード二世は娘たちの会話を困った表情で聞いていた。
確かにユーフィリアの料理を食べれば、劇的にやせるのは間違いない。
しかし、それを実行させるべきか悩ましい。
「それなら、何か軽食を作ってくれない? 食事会では緊張してあまり食べれなかったのよね」
ドロシーの言葉にリチャード二世が先ほどのことを思い出そうとする。
ドロシーの皿はすべてきれいに平らげられていたと思った。
「じゃあ、お菓子でも作ってくるわね」
ユーフィリアは料理ができるので、機嫌よく部屋を後にした。
その後さまざまな叫び声が聞こえてくる。
本当に料理をさせていいか確認に来る者、あるいは嘆願に来る者。
それらを適当にあしらっていると、ユーフィリアが戻ってくる。
「はい、召し上がれ」
テーブルに並べられたのはクッキーであった。
お菓子作りとしては初歩的なものであろう。
ただ色が紫であった。
「果物でも混ぜ込まれているのかな?」
リチャード二世が問う。
「いや、入れてないわよ」
ユーフィリアが真顔で答えた。
じゃあこれは何の色なのか。
リチャード二世には想像もつかない。
さすがにこの短期間にまた寝込むわけにもいかない。
リチャード二世はそれを食することを断念した。
「空腹は最高の調味料よ。多少失敗しても平気だわ」
ドロシーはむくんだ手でクッキーをつかむ。
これまでの経験から考えれば、多少の失敗程度ではすまないということをドロシーは知らない。
「はむはむ」
ドロシーがクッキーを食べた。
アデラとリチャード二世が合掌する。
これもダイエットのためならばと見守った。
部屋にはさりげなく宮廷付きの司祭を呼んであった。
「んー。まあ食べられないことはないわね」
ドロシーは平然としていた。
「あれっ?」
リチャード二世が驚く。
「もしかしてお菓子はそこまで殺傷能力は高くないのでしょうか」
アデラが疑問に思って、クッキーを少し食べる。
「おええええええぇぇぇっ」
アデラが口元を押さえて駆け足で部屋を出ていく。
「殺傷能力はいつも通りじゃな……」
リチャード二世は去っていくアデラに憐れみの視線を送った。
「ということは?」
リチャード二世は目を見開いて娘を見る。
「どうかしたの?」
ドロシーは平然とクッキーを平らげた。
「こ、こんなところに解決策があったとは」
ユーフィリアに料理をさせないように、皆が苦労していたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
ドロシーに食べてもらえば何の問題も起きない。
殺人料理ダイエットができないという問題を除けば、だが。
「何なんだこの姉妹」
顔面蒼白となったアデラがつぶやいた。
少量であったので何とか気絶せずにすんだのであった。




