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114.学園祭⑤

 騒動は俺のクラスの方角のようであった。

 人だかりができていたが、かき分けて進む。


「なにがあった?」


 教室の外でため息をついているティライザに問う。


「おや、復活したのですか」


 ティライザは意外そうな表情であった。

 どうやら俺も撃沈して再起不能となったと思っていたようだ。


「やはりタフな人だと耐えれるんですね」


 アイリスも感心している。


「何があったと言われましても、ご覧の通りとしか言いようがないのですが」


 ティライザが指差した先は臨時の救護室。


「馬鹿のたまり場です」

「男には罠とわかっていても進まねばならないときがあるのです」


 ギャラリーからそんな声が聞こえてくる。

 どうやら材料が切れて、もう締め切られたようだ。

 彼らはむしろ悔しそうにしていた。


「それは別にいいのですけどね。一人スペシャルバカが来たので、ちょっと騒ぎになっているだけです」

「スペシャルバカ?」

「スペシャル親ばか、ですかね」

「えっ? 国王がきたの」


 ブリトン王国国王リチャード二世。

 言うまでもなくユーフィリアの父親である。


 教室の中を覗くと、国王が席に座っている。

 その周囲を近衛兵たちが取り囲んでいた。


 そりゃ国王が来たら大騒ぎだろうな。


「こんな機会はもうないかもしれん、ということらしいです」

「なくていいと思うぞ」

「というか、自宅で食べればいいんじゃないでしょうか」


 アイリスが疲労した様子で答えた。

 まさかこんなイベントで治療に掛かりっきりになるとは思わなかったのだろう。


 国王はすでに殺人料理の経験者。

 それにわざわざ学園祭にまで出向く必要がないんだが。

 家というか城で食べればいいだろう。


「で、お前らは何してるんだ」

「解毒したり、人の整理したりですね。あとは避難」


 万が一にもあの料理を食べるという事態にならないような措置である。

 賢者は危うきに近寄らないのだ。


 教室ではユーフィリアが鼻歌交じりに料理をしていた。

 本来のシェフであったイーサンは死んだ目をしながら助手をしている。


 いや、教室にいる人はみんな死人のような顔をしているんだがな。


「もうっ。お父さんったら、こんなところにまで来るなんて」


 ユーフィリアが機嫌よく話す。


「わはははは。お忍びでちょっと様子を見に来ただけなんじゃがな。ユーフィリアが料理をしていると聞いては居ても立っても居られなくなってな」


 一国の王が娘の学園祭にお忍びで来る段階でもう異常だと思うがな。

 お忍びと言っても、たいした変装などしていないし。


「たまにでいいなら料理くらいするのに」


 ユーフィリアのその言葉に、護衛の兵士たちが固まる。


「みんなにも振舞(ふるま)うくらいたくさん作るわよ」

「ひ、姫様がキッチンに立つなどあまり好ましいことではないかと」


 護衛についてきていた騎士団長ゴードルフが慌てて告げる。


「みんなそう言って、私がキッチンに立たないようにするのよね」


 ユーフィリアは不思議そうな顔をする。


「それらは給仕の者の仕事なれば。姫様の役目ではございませぬ」

「でもそんなこと言ったら、冒険者とか勇者もお姫様の役目じゃないわね」

「そ、それは……」


 ゴードルフが言葉につまる。

 そっちは才能がないとは言えないからな。


「うふふ。冗談よ」


 ユーフィリアがテヘッと舌を出す。

 

「さあ。今回は自信作よ。海鮮スープパスタ」


 ユーフィリアがおどろおどろしい料理を父親に差し出す。


「先日海鮮パスタを食べる機会があってね。あんなのを作りたいと思ってたの」


 たぶん俺は同じ料理を見たはずだ。

 アイランド王国首都ダブラムの店で食べた料理。

 だがブリトン国王の前に出された皿の上には、俺の記憶には無い料理が乗っていた。


 なんか魚の骨みたいなのが見えるぞ。

 色も青いんだけど、これ何の色だよ。

 青色の段階で食欲を奪っている。

 間違いなく殺す気だ。


「おお、これはうまそうじゃ」


 リチャード二世の口からありえない言葉が飛び出す。

 演技のようには見えない。

 護衛の兵士は皆目をそらしている。


 リチャード二世は躊躇(ちゅうちょ)せずパスタを口に含む。


「むおおおお」


 リチャード二世が叫ぶ。

 そしてそのままパスタをかき込んでいく。


「わが生涯に一片の悔いなし」


 そう言うと、そのまま崩れ落ち――るところをゴードルフがさりげなく支えた。


「お、お父さんどうしたの?」


 ユーフィリアが父親に話しかけるが、すでに意識はない。

 どう見ても昇天していた。

 顔色も悪そうである。


 これが親というものか。

 俺は畏敬の念を抱いた。

 真似をする気は全く起きないが。


「お、恐らくユーフィリア様の料理を食べたことで、満足してしまったのでしょう。それで日頃の疲れがどっときてしまったのかと」


 ゴードルフがありえない推察を述べた。


「そ、そうなんだ……。それならわざわざこんなところに来なくてもよかったのに」


 ほんとな。


「陛下もこのままにしておくわけにもいきません。我々はこれで失礼します」


 ゴードルフらはそう言ってリチャード二世を担架に乗せてそそくさと去っていく。

 この危険な戦場からは逃げるに限る。


「ハイ・リフレシュ」


 アイリスがさり気なく毒を取り除く。

 ゴードルフはアイリスに頭を下げた。


 ちなみにパスタはまだ残っている。


「今のうちにちょっと移動するか……」


 そーっと立ち去ろうとする俺の腕を、ティライザがガシッと掴む。


「おい」

「あなたの仕事はまだ残ってますよ。あれの処理です」

「なぜ俺の仕事に……」

「そういえばご主人様でしょう」


 言われてみればそんな設定はあったな。

 俺も忘れていたし、ティライザも今思いついただけのようだが。


「あ、アシュタールどこに行ってたのよ?」


 しまった。

 ユーフィリアに見つかってしまった。

 ティライザはそそくさと俺から距離を取る。

 巻き込まれないようにしたのだ。


「今日はみんなと学園祭を回る約束だったでしょう」

「あ、ああ。色々あってさ……」


 俺は顔がひくついている。


「私たちも予想外に忙しくなったからいいけどね。まあ最後にこれ食べてよ」


 ユーフィリアが機嫌よく先ほどのパスタを差し出す。


「それを食べたら後片付けは免除しますよ」


 ティライザがそんなことを言うが、どう見てもつりあっていない。

 しかし俺に退路は存在しなかった。

 俺は青い謎のパスタをすべて処理した。


 こうして学園祭は無事? 終わった。

 来年また出し物をすることになっても、このクラスは料理を禁止されるであろう。

 いや、禁止にしてくれ。 


 そして俺は数日寝込むのであった。

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