110.学園祭①
学園祭当日。
今日の俺のスケジュールは完全に埋まっている。
あとはそれを完璧にこなすだけである。
クラスでは無難に喫茶店をやることになった。
メイド喫茶?
メイドなんて普通に雇えるし、雇ってる奴もそれなりにいる世界でそんなものが人気になるわけがない。
それでなんか変わったことができないかと考えた結果がこれ。
お姫様喫茶である。
奇跡的にお姫様も一人在籍しているからな。
ユーフィリアが接客をする時間はそれほどあるわけではないが、目玉になるであろう。
そういった意見が出て、承認されたのだ。
お姫様が着るような服なんて簡単に用意できない。
まあその辺は雰囲気だけの偽物で代用。
女子が接客をやって男はひたすら作る。
学園祭の基本である。
お姫様がいるなら王子様もいていいんじゃないか?
そういう意見もある。
でもクラスには王子さまにふさわしい奴がいなかった。
容姿的な意味で。
ちなみに実際に大国の王子様はいたけど、もう来てないしな。
どこで何をやっているやら。
一応席はそのままだそうだが。
あれのせいで逆に王子さまのイメージが悪いという説もある。
閑話休題。
俺は朝からしばらく仕込みをしたらフリーになる。
その後順次4人と学園祭を見て回ればいい
簡単なミッションだ。
教室は喫茶店風の内装に様変わりしている。
昨日夜遅くまで用意した成果である。
教室に入ると、なんか雰囲気がおかしい。
なんかどんよりとした雰囲気があった。
楽しい学園祭のはずなんだが。
「あ、きたきた」
クラスメイトが俺を見るなりそう声を上げる。
皆が俺を救世主か何かのように見つめてくる。
「なんだなんだ?」
俺は怪訝そうな顔つきになる。
「朝ご飯は食べましたか?」
近づいてきたティライザが問う。
お姫様ドレスを着ていた。
体つきがわかりづらいゆったりとした服なので、ティライザも気兼ねなく着れるようだ。
「試食も兼ねてみんなで教室で食べるから、抜いてこいって言ってただろ。食ってないよ」
もっとも、邪神族が1食抜いた程度でどうにかなるわけがない。
しばらく食べなくても平気なのだ。
「そうですか」
ティライザは笑うのをかみ殺しているような表情になった。
「ちょうどよいので試食していただけますか」
アイリスが告げる。
こっちは完全に心を殺したように無表情であった。
調理場を見ると、ユーフィリアが料理をしていた。
調理師レベルが高いクラスメイトがいて、彼が担当するはずだったんだが。
「客に出す料理はイーサンが担当しますよ。今は器具や材料のチェックも兼ねて、ユーフィリアがみんなの朝食を作るといって聞かないので」
「なるほど」
そのイーサンというのが調理師である。
イーサンはユーフィリアが調理している様子を見て、死んだような表情になっていた。
そうこうしているうちに料理が終わったらしく、ユーフィリアが皿に盛った。
教室がざわめいた。
ユーフィリアが俺に向ってくる。
「できたよ。召し上がれ」
100人の男がいたら99人が振り返るであろうその笑顔。
しかし、教室の男子は恐怖で打ち震えていた。
よく見たら何人かは教室の隅で倒れていた。
「おい、気をしっかり持て。死ぬんじゃないぞ」
「うううーん。ユーフィリアさんの手料理を食べれたんだ。もう悔いはない」
これキッチンに立たせたらアカン奴や。
教室の隅に倒れているクラスメイトは、時折陸に打ち上げられた魚のようにピクピクと反応した。
何が起きたらこうなるんだろうか。
「大国のお姫様が料理上手なわけないですよね。常識的に考えて」
ティライザがつぶやく。
俺がそちらを見ても視線を合わせようともしない。
「さらに言えば、普段冒険者としての訓練に明け暮れてますからね。料理なんてする暇があるわけがないです」
アイリスがそう言うや否や、俺から距離をとっていった。
別に料理が得意である必要はないけどさ。
でも限度というのがあるだろう。
「ふふふ。今度は自信作だよ。ユーフィリア特製パンケーキ!」
ユーフィリアが皿を俺にズイッと差し出す。
なんか料理からどす黒いオーラが感じられた。
パンケーキらしき物体に様々な物質がデコレートされている。
これ以上の表現のしようがないな。
本来ならこの距離でこんなに臭うはずがない。
しかしとても臭い。
パンケーキだけならなんとかなったはずだ。
余計なデコレートをしてとんでもない作品に仕上がってしまったのだろう。
なぜ初心者はレシピを無視して創作というものに突き進んでしまうのか。
「ところでジェミーは?」
「すでにユーフィリアが撃墜しました」
答えたのはティライザであった。
彼女の指が示す先で一人倒れていた。
口から泡を吹いている。
どう見ても再起不能である。
彼女の学園祭はすでに終わったようだ。
「ジェミーが最初の犠牲者です。腹減ったーと無邪気に食べた結果があれです」
そのときの様子が脳裏に容易に浮かぶ。
俺はジェミーの冥福を祈った。
「これは毒入りか何かか」
「多少の毒入りだとしても我々が解毒しますよ」
ティライザの言葉通り、アイリスがキュアーの魔法をかけていた。
皆が俺を見ている。
神か何かを見るように。
ユーフィリアは無邪気な笑顔で俺が食べるのを待っていた。
これ食う以外の選択肢はなさそうだな。
まあ邪神に毒なんて効かないし。
竜を即死させる毒だとしても無効です。
だから食べることで俺がダメージを受けることなどありえない。
俺は皿を受け取りパンケーキと称する物を口に含んだ。
なんだこの味。
スィーツじゃないぞ。
甘くない。
むしろ苦い。
そして生臭い。
不味いとかそんなレベルじゃない。
これはヤバイな。
「う、うう……」
俺はうめくような声を出した。
「う?」
ユーフィリアは俺の顔をのぞき込む。
「うまいよ……」
俺は気力を振り絞ってそう答えた。
「よかった」
ユーフィリアは満面の笑みを浮かべた。
クラスメイトが涙を流しながら拍手をしたり頷いたりしている。
犠牲者を増やすわけにもいくまい。
俺はその使命感からすべてを平らげた。
「ちょ、ちょっとトイレにいってくるから」
俺はそう言って走り出した。
「うげええええええ」
トイレに駆け込むなり、俺は嘔吐いた。
邪神に毒は通じない。
しかし味覚はある。
人間よりはるかに優れた味覚が。
体にダメージはないが、精神に大ダメージを受けた。
俺はしばらくその辺にあった椅子に座り込み、グッタリするのであった。