109.ノーストウェー群島
ノーストウェー群島。
ブリトリア大陸よりはるか東方にある群島。
もっとも、世界は球体であり西から行ってもたどり着くという話ではある。
世界に大陸が一つしかない世界では、航海技術はそれほど発達しない。
ゆえに船でノーストウェー群島に行くというのは命懸けである。
順調にいっても何週間もかかる船旅であり、海にはモンスターもいる。
船を破壊されれば待っているのは死である。
運よくモンスターに襲われなくても、外洋航行というのは様々な問題があるのだ。
まず海というのは潮の流れがあり、まっすぐ進むことなどできない。
360°どこを見ても海であり、自分がどこにいるかすらわからなくなる。
これを解決するには羅針盤と天文学の知識が必要である。
しかし、当然ながらこの世界では未発達。
ではどうやったのか。
魔法である。
この世界ではコンパスという魔法があり、正確な方角を調べることができた。
また、ロケーションというアイテムの位置がわかるようになる魔法が存在する。
そのため無謀にも外洋に飛びだしても、帰ってくることは可能であった。
外洋を目指す物好きは存在した。
奇跡的に到達できた者の報告により、大陸から東方にいけば群島があるということは判明している。
その群島――ノーストウェーと名づけられた――には何も得るものは存在せず、少数の人が原始的な生活を営んでいるのみであった。
そのためわざわざ交易をすることはなく、新たな土地を発見してもたいして盛り上がることもなかった。
どこ国にも属していない未開の地である。
「そんなこの群島に古代ウルグ帝国の遺跡があるですと?」
ヴィンゼントが訝しげに問う。
一方エドガーは肩で息をしてへたり込んでいた。
超遠方への転移。
さらに二人を連れてということで、非常に消耗しているのだ。
「初めてこの群島にたどり着いた者たちも、そのあとに訪れた者も当然くまなく調べたであろう。しかし彼らは何も見つけることはできなかった」
ジョージ三世はエドガーが落ち着くのを待つついでに、ヴィンゼントに説明をしていく。
「それを見つけ出したのがネヴィルだ。そしてあの者はスコットヤードに協力を求めてきた」
発掘作業を手伝う人員が必要とのことだが、人員を遠くはなれた島に送るだけでも簡単ではない。
さらにその人たちが生活できるように、最寄の島を開拓する必要があった。
そういった初期事業もうまくいき、順調に遺跡を調べているのが現状である。
転移先はその開拓村。
説明を終える頃、人が慌ててやってきた。
ジョージ三世に気付いたのである。
ジョージ三世はそのまま開拓村の者に案内させる。
「この海岸が何か?」
「他の者が見つけられなかった遺跡だぞ。普通の場所にあるわけがない。遺跡は海底にあるのだ」
「なるほど」
ジョージ三世もヴィンゼントもある程度の戦闘訓練は受けている。
当然水中で呼吸が可能になる魔法が使えた。
ウォーター・ブリージングである。
魔法を使いそのまま海底を進んでいくと、穴があいているところが見つかる。
その穴を進むと、行き止まりとなっていて、そこは扉となっていた。
ジョージ三世が手をかざすと扉が開く。
「こんなところに古代文明の遺跡があるとは……。もしかすると他にもあるのかもしれませんね」
その遺跡は水を寄せ付けず、中には空気があった。
魔法か魔科学によるものであろう。
「かもしれないが、さすがに世界中の海底を探すなど無理だ」
ジョージ三世が首を左右に振る。
このような場所で大々的な調査ができるのは、スコットヤードだけであろう。
他国とはそれほど国力が違う。
だからネヴィルはスコットヤードに協力を求めた。
ジョージ三世はそう考えていた。
「おや。このような場所までよく参られました」
中に入るとちょうどネヴィルがいて、声をかけてきた。
相変わらず全身を黒い服で覆い、一切の地肌を見せようとしない。
この正体不明の者を、今後どう扱うべきか。
そろそろ決断のしどころかもしれない。
ジョージ三世はそう考えていた。
「そろそろヴィンゼントにも見せておこうと思ってな」
ジョージ三世は内心をおくびにもださず、手を上げて応える。
そのまま皆で奥へと向う。
「それで、ここには何があるというのですか?」
ヴィンゼントがしびれを切らす。
「現役で稼動しているウルグ帝国の施設が世界にいくつあるかご存知かな?」
ネヴィルが問う。
「一つあるというのは聞いたことがあります」
それだけでも世界で知っているのは一握りのこと。
クリスタルタワーである。
もっとも、知っていても入ったことがない者がほとんどであるが。
危険な施設であるがゆえに。
「そう。そしてこれが2つ目の遺跡ということになります」
「何? 危険じゃないのか」
ヴィンゼントが身構える。
クリスタルタワーには恐ろしい防衛機構があると知っているのである。
目の前に大きな扉が見えてくる。
近づいていくと、自動で開いた。
「ひぃっ!」
ヴィンゼントが怯える。
そこにあったのはおびただしい数の機甲種。
古代帝国の兵。
人類よりもはるかに強い兵士であった。
「おちつけ。これらは動いておらん」
「そ、そうでしたか」
ヴィンゼントは慌てて何事もなかったように取り繕った。
「それで、動かないとしたらこれらはガラクタですな」
「クリスタルタワーの機甲種はすでに命令をインプットされており、中に入ってきた者を無差別に襲います」
ネヴィルがヴィンゼントを見る。
仮面をかぶっているため表情はヴィンゼントにはわからない。
嘲けられていると思い、ヴィンゼントは舌打ちした。
「そうらしいな」
「これはそういった命令をインプットされていない状態なのです」
その言葉にヴィンゼントがハッとする。
「我々が命令することもできるのか?」
「いくつかの実験でそれに成功しました」
「なんと!」
ヴィンゼントは目を見開いて驚く。
「こ、この施設の機械の兵を意のままに操れると?」
「まだその道半ばですが、いずれはそうしたいと思ってます」
「古代ウルグ帝国の戦力……。これがあればあいつらにも勝てる!」
ヴィンゼントが狂喜した。
アシュタールが何者かは知らないが、古代帝国の力にかなうはずもない。
そう考えたのだ。
「先走るな」
ジョージ三世は苦笑している。
「まだやらねばならんことは多いが、お前に一つやってもらいたいことがある」
「なんでしょう?」
「この機甲種どもは、指定した人物の言う事を聞くようにすることができる。だがこれだけの力を、仮にとはいえスコットヤード王族以外に渡すことなどできん」
ジョージ三世の意図をヴィンゼントは察した。
「つまり、この機械どもの主となる王族が必要だということですな」
数体程度ならともかく、これから何百、何千といった機甲種に命令をするようになるのである。
それを他者にさせるわけにはいかなかった。
「では私はここに残って、実験を主導しましょう」
「やってくれるか」
「はっ。喜んで」
このような辺鄙な場所でしばらく過ごすなど、ヴィンゼントにとっては苦痛であろう。
しかしこれでアシュタール達に復讐ができると思えば、たいして気にはならなかった。
「古代ウルグ帝国の力……。この力ならば」
ヴィンゼントの目に怪しい光がともる。
ジョージ三世は一抹の不安を覚えつつも、翌日には王都グラーゴに戻った。
王として日々やらねばならぬことが多々あるのである。