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108.ジョージ三世の奥の手

 スコットヤード王国首都グラーゴ。

 その王城にて国王ジョージ三世は報告を受けていた。

 勇者エドガーは同席しているが、基本話すことはない。

 警護のために同席しているのである。


「ニコラスめ。勝手に動いた挙句このザマか」


 ジョージ三世は報告書をテーブルに置く。


「しかしサンプルとしてはありがたいことです」


 王子であるヴィンゼントは声に張りがない。

 まだ前回のことを引きずっている。


「その通り。何しろ未だよくわからないからな」


 マグナ・カルタ大憲章に追加された一文。

 『世界には謎が多い。この解明には慎重を期すべし。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』


 事情を知らないものにはさっぱりわからない文章である。

 しかし、事情を知っているジョージ三世にもまだ捉えかねることでもあった。


「ニコラス殿には被害はなかったそうで。その周辺にも」


 ヴィンゼントが不思議そうにしている。

 前回は苛烈な報復を受けた。

 今回はずいぶん甘いな、という印象である。


「何が琴線に触れるかわからんからのう。本人たちになら、別にいつ襲ってもよいとは言っているが」

「暇つぶしの相手を求めているのでしょう。そんなことをして戦力を減らすなど愚かなことです」


 ヴィンゼントが頷いた。


「もう一つの案件がこちらだ」


 ジョージ三世が見せた資料には、『ハミルトン要塞再建計画』とあった。


「これもふざけた話です。奴らが壊したくせに建てなおすなどと」

「賠償代わりと考えればよかろう。元々なんらかの賠償を求めるつもりでいたのだ」


 しかし、その計画は予想外の横槍で終わった。

 対魔族会議にて、弱小国の老王にすぎないアラスター王に糾弾された。

 そして会議の形勢が決まってしまったのである。


 あのときのことを思い出すと、ジョージ三世のはらわたが煮えくり返る。

 報復として資金提供を止めたが、たいした効果がなかった。

 イーストハムは元から質素な生活でいいと思っているような国民が多い。

 そういった相手にはスコットヤードの手法は通じなかったのだ。


 いずれ目に物を見せてくれようぞ、とは思っているが、その機会はしばらく訪れそうにはない。


「何か罠があるやもしれませんぞ」

「罠など仕掛ける意味がない」


 ジョージ三世はヴィンゼントの懸念をピシャリと否定する。

 それをするメリットが現状彼らにはない。


 彼らの力を持ってすれば、スコットヤードをどうにかするのに策など必要ないからだ。

 なら何のために立てるのかと言われても、ジョージ三世には想像もできないが。


「では許可を与えるので?」

「タダで作ってくれるというのを断る理由もあるまい」

「それはそうですが……」


 そのとき、いきなり扉が勢いよく開かれる。

 国王の執務室をノックもせずに開けるような者など、スコットヤード広しと言えども一人しかいないであろう。

 扉の方角を見るまでもなく、二人は顔をしかめた。


「ジョージ。これはどういうことなの!?」


 ジョージ三世の姉、エリザベスであった。

 まだ40代のはずだが、10歳は老けて見える。

 体は息子と同じく太っており、香水の強い臭いがする。


 スコットヤードで有力な貴族であったグレアム公爵家に嫁いだ。

 もっともグレアム家の当主はもうこの世にいない。

 きっとエリザベスに生気を吸い取られたのだろう。

 ジョージ三世はそう考えていた。


「お、落ち着いてください伯母上」


 ヴィンゼントがエリザベスをなだめる。


「これが落ち着いていられますか! あなたはいいでしょうねヴィンゼント。競争相手の失態なのですから」


 ヴィンゼントは苦笑する。

 実はニコラスは言うほどの失態を犯してはいない。

 一応アンガス教の信者は増えたのだから。


 しいて言えば、相手に情をかけた挙句あっさり振られたあたりは笑い話になるであろう。

 もっともこの話はスコットヤードで知っているものなど一握りである。

 広めでもしたら目の前の人物がうるさい。

 だから、ヴィンゼントたちも広めようとはしていない。


「で、何用ですかな。姉上」


 ジョージ三世は表面上は落ち着いた態度である。


「今回のことを説明してくださるかしら? 明らかに常識ではありえないことが起こってますわよね」


 それはアシュタールのしたことであろう。

 ジョージ三世にはおおよその目星がついていた。

 その説明をすると、エリザベスの顔が赤く染まる。


「そのような大事な情報を私に隠していたのですか!」

「あちらの要求がむやみに自分たちのことを広めない、ということなのでな。聞かれなかったから答えなかったまでのこと」


 ジョージ三世はそっけなく話す。

 さっさと帰ってほしいと思っていた。


「あなたが今大々的に調べている例の遺跡絡みと思っていたのよ」

「なにっ」


 ジョージ三世が予想外のことを言われて驚く。


「あれだけ人を使えば私の耳に入らないのは不可能よ。怪しげな黒装束の者と密会しているそうね」

「伯母上、何の話ですかな?」

「あらあら、ヴィンゼントにはまだ教えていないのかしら?」


 エリザベスが笑うが、それはヴィンゼントにはおぞましさしか感じられなかった。


「古代の超文明、ウルグ帝国。その時代の力を手にしたのでしょう。ウルグ帝国の力があれば、ハミルトン要塞を吹き飛ばすことなど造作もない」


 その力を利用する実験をしくじり、要塞が一つ消し飛んだ。

 エリザベスはそう思っていたのだ。

 しかし、正体不明の者の仕業となれば話が違う。

 どちらにせよ、その者たちをウルグ帝国の力で滅ぼしてしまえば良いであろう。


「その力があれば、あの者たちを殲滅できるのでしょう? さっさとやってほしいものね」

「姉上、申し訳ないが発掘作業はまだ道半ばです」

「本当かしら。あなたは私に平気で嘘をつくものね」

「国王ともなれば多少の嘘は必要なのです」


 ジョージ三世は正直に告げた。

 しばらく小言を聞かされることとなった。

 それで満足したのか、エリザベスは上機嫌で帰っていった。


「やれやれ。何の話だったか」


 エリザベスが去って、ジョージ三世は胸をなでおろす。


「古代遺跡の件です」


 ヴィンゼントが強い口調で言う。

 さすがにあのような説明を受けては気になって仕方がない。


「まったく。姉上も空気が読めないものだな」


 ジョージ三世は頭をかく。

 この件を告げるには少し早いのかもしれないが、ある意味いい機会であった。

 ジョージ三世は秘密裏に進めていた計画について語る。


「先日紹介した者がいるだろう」

「ネヴィルという者ですな」


 全身を真っ黒な外套などで隠す不振な男。

 いや、そもそも人間ではないようだった。


「何年か前にあの男がこの国に接触してきた。古代帝国の遺跡を見つけたと」

「それはどのような遺跡なのです?」

「それは見てもらったほうが手っ取り早いな」


 ジョージ三世はエドガーを見る。

 エドガーは無言でジョージ三世とヴィンゼントの手を掴む。


「この地より東方、ノーストウェー群島。そこが目的地だ」


 ノーストウェー群島。ブリトリア大陸よりはるか遠方にある群島地域。

 3人はその群島に転移していった。

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