107.魔災の歴史
AS暦200年頃:第二魔災発生
AS暦350年頃:第三魔災発生
AS暦519年 :第四魔災発生
AS暦615年 :人類反撃開始
AS暦618年 :魔王グレモロク討伐
AS暦762年 :第五魔災発生
AS暦955年 :第六魔災発生
これは魔災に関する記録である。
500年以上前の記録というのはわずかしか残っておらず、正確な時期がわからないことも多い。
また、あやふやな口伝にすぎない話。
後世の創作ではないかといわれている話。
これらは疑ったらキリがない。
おそらく事実であろうという推測に基づく年表である。
「ここまで、何か質問あるかな?」
今日は歴史の授業。
担当であるオルブライト先生が尋ねる。
「第一魔災がないんですけど?」
ジェミーが手を上げつつ喋る。
指名する前に話すジェミーにオルブライト先生は苦笑した。
「記録がないんだ。ただ現存している記録では、AS暦200年頃に起きた魔災を第二魔災としているのがほとんど。だからそれ以前にあったんだろうね。でもそれに関する記録も口伝も残っていない」
有史――文字で書かれた記録が残っている歴史。
この世界では約1000年間がそれにあたる。
それ以前の記録はない。
しかしこの定義も微妙なところであろう。
この世界では間違いなく古代帝国はあった。
今よりはるかに発達した魔科学技術を持つ文明。
古代ウルグ帝国。
その大帝国に文字がないわけがない。
見つかっていないだけである。
じゃあその時代は有史に入らないのかっていうね。
文字が見つかったらその時代を加えればいいだけかもしれないが。
元の世界でも、歴史の授業で覚えた年号はしばらくすると変わったりするし。
あの歴史上の人物は実在しません、創作です!
やっぱりいました。
こんなコントのようなことをやることもある。
俺は説明を聞きながら、そんなことをぼんやり考える。
その間もオルブライト先生の説明は進む。
1000年前の記録というのはほとんどなく、人類の活動域もそれほど広くなかった。
当初、人類は東方の山に住んでいた。
「なんで山に住むんです? 平地より山のほうが不便ですよね」
ティライザが疑問に思ったことを問う。
元の世界であれば文明は大河のほとりで発生した。
平地で川のそばが一番適しているのは当然と思われる。
「平地のほうが何をするにも便利。そちらのほうが人類の発展は早かったかもしれないね。しかし、この世界には魔族がいるから」
オルブライト先生が丁寧に説明をする。
「当時は築城技術がまだイマイチだった。平地で迎え撃つより山で迎え撃ったほうが戦いやすかったんだ」
もちろん魔族は空を飛べる者が多い。
しかし平地で迎え撃つより、山を利用した砦などで迎え撃ったほうが良いのは間違いなかった。
平地に進出しても。魔王が発生すると山に逃げ込む。
AS暦初期の人類はそういう生活をしていた。
様々な技術が進歩することで人類の人口が増え、山だけでは手狭になる。
山から追い出されるように、平野部に住む者が増えていく。
築城技術や戦闘技術が進歩し、普通の魔王であれば平地で迎え撃てるようになると、人々は平地になだれ込んだ。
人類の発展期である。
「今では平野が多いブリトン、アイランド、スコットヤードに住んでいる人が大半だ。南部にも平地はあるが、魔王が出るとわかっているのでそこに住む者は少ない」
オルブライト先生は思い出したように立ち止まる。
「そういえば最近面白い論文が発表されたな。魔王の強さに関する考察だそうだが」
その言葉はむしろ独り言のようであった。
授業の内容とは微妙にずれている。
「あんまり早く魔王を倒すと次の魔王が強くなっちゃうって奴ですか?」
ユーフィリアが問う。
「うん。興味深い話ではあるな。たしかに傾向としてはあるかもしれない。もっともデータ不足だからなんともいえないんだけど」
こんな世界で歴史の研究をするものなど一握りである。
その記録、データ集めも簡単ではないだろう。
まあ俺の日記にはきちんと書いてあるわけだがな。
「それがあっていた場合。また私がやらかしたことになるんですが……」
ユーフィリアは不安げな表情となる。
先代魔王マルコックを討ち取ったのがユーフィリアのパーティーなのだから。
「先代魔王は早い段階でかなり弱いことが広まってしまった。名誉を求めて我先にと魔王退治に向かうものが絶えなかったからね。ユーフィリア君が倒さなくても、他の勇者が討ち取っていたよ」
魔王が弱かったことで、人類の足並みが乱れた。
弱い魔王にもかかわらず、結果的に少なからぬ損害が出た。
皮肉な結果である。
被害が増えてきたことで、大国が動き即座に魔王を討ち取ったのである。
最後に一歩出し抜いたのがブリトン王国。
ブリトンにとって、魔王殺しの名声はぜひともほしいものであった。
その3年前に魔王を討ち取った勇者もブリトンの軍人であり、それがブリトンの威信の元となっている。
「だから君たちが気にすることではないさ。できればその教授に会って話を聞いてみたいものだがね」
最後は自分の感想を述べて、オルブライト先生は授業を締めくくった。
その希望はたぶんかなわないだろうなあ。
俺はそう心の中で思った。