105.のんびり田舎デート
アイリスの怪我が治り、俺はアイリスと二人で出かけることになった。
当初はダグザ、アンガス両教団に偵察に行った件で1回だという話だった。
でもあれは結局騒動に巻き込まれて何の修行にもならなかったしな。
きちんとした機会を用意してもいいんじゃないかと思った。
俺がその話をすると、3人は微妙そうな顔をした。
不承不承といった感じで最後には認めてくれた。
待ち合わせ場所にいたアイリスは縞々のキャミソールの上にパーカーを羽織っていた。
ズボンは例によってホットパンツである。
「あっ」
俺に気付くとアイリスがトコトコと駆け寄ってくる。
「よ、よろしくお願いします」
アイリスがぎこちなく挨拶をした。
「おう。よろしく」
「で、どこにいきましょうか?」
「みんなと同じでいいならダブラムだけど」
アイランド王国首都ダブラム。
幾度か行く機会があって、あの街のことは多少詳しくなっている。
主に飲食店とかアパレル関係の店について。
「うーん。私はそういった大きな町よりのどかなほうがいいです」
その答えを聞いた瞬間俺は固まる。
やべえ、別の街のプランなんて用意してないぞ。
「じゃ、じゃあ私の故郷の近くの街に行きませんか」
俺が行く当てがないことを察したのだろう。
アイリスのほうから提案してきた。
「アイリスの故郷と言うと……」
「イーストハムの山奥です。私の故郷はさすがに何もなさすぎますので、もう少し山を降りたところにのどかな町があります」
アイリスの故郷は邪神に関する伝承を引き継いでいる村である。
まあそこに俺が行ったからといって、何かに気付かれるわけでもないだろうが。
俺が了承すると、アイリスは俺の手を取って転移した。
視界が歪み、それが正常化すると、のどかな田園風景が見えてきた。
「街……?」
俺は首をかしげた。
「い、一応この国では町という区分なんですよ」
この街はダラムと言うらしい。
人口は3千人ほどだろうか、
まず食事をするにしても店なんて数えるほどしかない。
アイリスの勧めるがままに、小さな木造の建物に入る。
メニューも少なく、たいして凝った料理もない。
塩味のスープと硬いパンを食べた。
「ローダンにいくまではいつもこんな料理だったんですよね」
田舎の食料事情なんてこんなもんということだ。
アイリスは郷土料理を懐かしんでいた。
食べ終わり、料金を払おうとしてうっかりしていたことに気付く。
イーストハムの通貨なんて持ってねえや。
「外国の通貨でも大丈夫かな?」
「おう。むしろ大歓迎だ」
俺が尋ねると、店長らしき人物がそう答えた。
「お二人さんは旅行者かね」
店長が説明をする。
イーストハムは先日の対魔族会議でスコットヤードに反抗したため、お金を借りれなくなった。
当然ピンチなわけだが、イーストハム王が取った措置は返済を諦めるということ。
つまり国家破綻というわけだ。
「いや、そんなんでいいんですかね」
「まあ各国との貿易はストップしたし、困った奴はいるだろうよ。でもこの国はこんな山奥の小国。自給自足でなんとかなるし、大半の奴は気にしていない」
田舎の大らかさ恐るべし。
スコットヤードは報復したつもりなんだろうが、たいして効いていないようだ。
通貨の交換も停止されている。
しかし外国の通貨を持っていると万が一のときに役立つ。
そういうわけで無事ブリトンの通貨で支払いができた。
食事を終えたあと、俺たちは丘の上に座った。
心地よい風を浴びながら、辺りを見渡す。
「ここは一応観光地になりますね。あの山とか」
アイリスが示した先にあるのは、オールドトランフォード山。
世界最高クラスの高い山脈。
その真ん中にぽっかりとでかい穴があいていた。
「第二魔災にて謎の力によって破壊されたそうです。魔族と、魔災の魔王もろとも」
「へ、へー。誰がやったんだろうなあ」
俺は棒読みで答えた。
「神が私たちをお救い下さった。そう考えるのが自然でしょう。あの山は私の故郷からも見えます。毎日のように祈っているうちに、私は司祭となっていました」
東方諸国はブリジット教団が主流。
アイリスはブリジット教団の司祭となった。
その後才能が認められたアイリスは、ローダンのカンタブリッジ学園へと推薦されることとなった。
そしてユーフィリアらと出会い、魔王を倒した勇者に伝承を伝える。
その結果があの日。
ユーフィリアたちが暗黒神殿にやってきた日。
あれからまだそれほど時は経っていない。
あれ以来、俺は自由を得た。
俺があの時のことを思い出していると、アイリスが声をかけてくる。
「ちょっと横になりませんか」
俺は言われるがままに横になった。
草の感触が心地よい。
「目も瞑ってください」
言われたとおりに目も瞑る。
まあ魔法の目を使えば見ることも可能なんだが。
俺の頭に小さい手が二つそえられ、軽く持ち上げられる。
そしてそれが放されたとき、まくらのようなものがそえられていた。
ただし、温かいまくらであった。
あれ? これなんだ。
「目を開けてもいいですよ」
俺が目を開けると、目の前にはアイリスの顔があった。
大きな二つのふくらみをも下から見上げている。
俺は膝枕をされていた。
この頭の下にあるのはムチムチの生太ももである。
「まzくぁrrぺdぉ(訳:なにやってんだあ)」
俺は動揺してしまった。
「あら。うまくいったみたいですね」
アイリスはクスクスと笑った。
「一応修行ということになってますので。このくらいはしないと」
アイリスは顔を少し赤らめていた。
「ふぁtかひぇmrまsんtごいrんdy(訳:恥ずかしいならやらなくてもいいんだぞ)」
「何いってるかわかりませんが、これはお礼ですので」
俺はアイリスの言っている意味がわからず首をかしげた。
「あっ。んっ。くすぐったいです」
結果的にアイリスの太ももをくすぐることになってしまい、アイリスが声を上げた。
「むnぁい(訳:すまない)」
しかし、お礼を言われることに心当たりはない。
今回俺がやった邪熱病は俺の仕業だとバレてはいない。
そもそもそれに対して怒りをあらわにしていたので、お礼を言われるはずもない。
「言いましたよね。信者を増やすことが私のやりたいことだろうって」
アイリスの言葉に俺は頷く。
「あんっ。そ、そのとき私考えたんです。信者を勧誘するのはなぜなのか。それは教団の指示です」
アイリスは一瞬くすぐったそうな顔になったが、すぐまじめな顔に戻った。
「私はそれに従い、信者を獲得しようとしました。それが間違いだとは思いませんが、それより大事なことは色々ある」
アイリスは小さく可愛らしい手を俺の顔に添えた。
「私は人を癒したいから司祭になったのです。それが神の御心にかなうもの。信者の増減に心を惑わされるようでは未熟だったと言うことです」
アイリスがにっこりと笑った。
「だから、あの場では私は私のしたいように動きました。それを気付かせてくれたのはアシュタールさんです」
「そうか」
俺は落ち着いてきたようで、いつも通り喋ることができた。
正直俺がやったことはうまくいってないし、たいしたアドバイスをしたつもりもない。
だが結果的に彼女にとってプラスになったのあれば、それでよかったということだ。
「だから、しばらくこのままでいていいですか」
俺たちはしばらくその体勢のまま過ごすのであった。