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102.ジャスティン教団

 邪熱病(イビルフィーバー)騒動はこうして終わったが、皆が魔法で回復したわけではない。

 まともな医療を受けれない者もわずかではあるが存在した。


 あるいは一人暮らしで最初は我慢して、悪化して動けなくなった者など。

 そういった者に対してはダグザ、ブリジット、アンガスの各教団は何も手を施してはいない。

 3大教団はそれどころではなかったのだから。


 彼らは放置すれば命の危険もあったであろう。

 しかし、彼らに手を差し伸べる者がいたのだ。

 その謎の者たちは、こっそりとお守りを苦しむ人に渡していった。


 そのお守りを所持すると、瞬く間に熱が下がっていく。

 熱が下がった者たちは彼らの姿を見ることはできなかった。

 ただお守りには見たこともないロゴマークと、名前が添えてあった。


――ジャスティン教団と。






「布教活動は失敗です」


 アドリゴリが深刻そうな表情で告げた。

 ローダンの地下神殿に主だった軍団長が集まっていた。


 当初の予定ではこのお守りをばら撒き、ジャスティン教団の鮮烈なデビューとするつもりであったのだ。

 しかしアシュタールが予定を変えて魔法を解いてしまったため、パンデミックの規模は大きくならなかった。

 

 とりあえず症状が重そうな者たちに気付かれないように配ったが、数はそれほど多くない。


「アシュタール様の気が変わられたのだから仕方があるまい」


 ジェコはまったく気にしている様子はない。


「しかし予想された結末の一つでもあります」


 エウリアスはすました顔で語る。


「アシュタール様は異世界から転生した元人間。人間に対して甘くなるというのは仕方がないかと」

「我々もその影響を受けております」


 アドリゴリが頷いた。


「そうか? 別に人間がいくら死のうが気にはならんが」


 ジェコが不思議そうな顔になる。


「じゃあカンタブリッジ学園の生徒が死んでもいいのか?」

「知り合いは別だろう。まあ知り合いでも、お前は別に死んでもいいぞ」

「……。その知り合いは別と考える思考が、すでにアシュタール様の影響を受けているのだ。我々は邪神族だぞ」


 ジェコの何気ない挑発に乗るのを、アドリゴリはぐっとこらえた。


「邪神族とは何か、という話ですな。我々が真になすべきこととは何か?」


 ガレスは真剣に考え込む。


「下らんことだ。生まれながらにしてやるべきことが決まっているというのもつまらない」


 ジェコは興味なさそうに一刀両断した。


「ましてや思考まで生まれたときから決められている魔族なんて論外だ」


 魔族は生まれながらにして、人間に対する強い憎しみを持つ。

 例外はない。

 それが様々な行動に影響を与えている。


 ジェコは自分が魔族だったら……という仮定の考えをしかけて止めた。

 楽しい仮定ではなさそうだった上に、めんどくさそうだったのだ。


「逆に言えば、明確な使命があるということです。それは喜ばしいことなのではないですかな」


 エウリアスが遠い目をする。


「何も目的がなく、寿命もないのでは確かに退屈ですな」


 ジェコが頷く。


「もっとも、ありがたいことに最近は楽しく過ごさせていただいておりますが」

「お前は学園生活を送れているからな」


 アドリゴリが悔しそうにしている。

 誰が学園に通いつつ主をサポートするかは、くじ引きで決めた。

 それに敗れたのである。


「まあ用務員さんだけど」

「用務員さんが邪神族だなどと、学生たちは夢にも思うまい」


 モルゴンが怪しい表情で笑う。

 まるでスパイを忍び込ませているような感じである。

 しかし実際は理事長もグルな上に、別に問題行動を起こしているわけでもない。


 用務員のジェコさんの評判は悪くはなかった。


「そもそも人は邪神の存在を知らないぞ」


 アドリゴリが真顔でツッコム。


「楽しく過ごせているのなら何より、ということでいいんじゃないですか」


 ガレスが話をまとめた。


「我々にはアシュタール様に従うという役目がある。それで十分」


 アドリゴリが同意する。


「その邪神様をわざわざ異世界から呼ぶという行為に意味はあるのだろうか。しかも元人間をだ」


 モルゴンが疑問を投げかける。


「それを行ったのが異世界の神。異世界の者を選ぶのは自然であろう」


 アドリゴリが答えた。 


「この世界には神はいないしな」


 ジェコが断言する。


「それもおそらく、ではあるがな。まあ人がこれだけ危ない目にあっているのに、1000年以上現れない神など居ないも同然」

「ゴホンッ」


 ガレスが咳払いをする。

 話を元に戻そうというのだ。


「とにかく数は少ないとはいえ、布教はしておきました」

「徐々に広めていきましょうぞ」


 イスティムがこちらに近づいてくる。

 工事の指揮をしていたのである。


「この礼拝堂もまもなく使えるようになります」

「ご苦労様です」


 エウリアスが苦労をねぎらった。


「居もしない神より、いる神のほうが人々も信仰する気になるでしょう」

「まあその神のことは言えないんですけどね」


 エウリアスは苦笑している。

 邪神の話をするのは禁則事項である。


「いずれ知ることになるでしょう」


 アドリゴリが生真面目に答えた。


「とにかく、我々はジャスティン教団の信徒となったということで。各自布教活動をしてください」


 エウリアスの言葉に皆が頷く。


「やりすぎたり、騒動を起こすなよ。特にジェコ」

「この中で俺が一番街に溶けこんでいるのだぞ。そんなミスを犯すわけがない」


 アドリゴリを自信満々で否定するジェコ。

 アドリゴリは不安なまなざしで見つめるが、ジェコは全く気にも留めなかった。


 こうしてジャスティン教団は本格的な活動を開始した。

 この教団が起こす騒動を、人はいまだ知らない。

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