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101.決着したこととしないこと

 地下神殿では内装作業をしている者たちがいた。

 俺を見て慌てて集合しようとするが、それを手で制す。

 気にせず作業を続けるように命じた。

 

 俺は祭壇に近づいていく。

 邪熱病(イビルフィーバー)の魔法を示す立体映像の髑髏(どくろ)があった。


 俺はその魔法を解除した。


「ふーむ」


 背後から声がする。

 爺やであった。


「いたのか。悪いが魔法は解除させてもらったぞ」

「はい。問題ありません」


 爺やはすました顔で継げる。

 まるで予想通りであったかのように。


「見ていたのか?」


 邪神族であればイビルアイサイトが使える。

 それを使っていることにはなかなか気付けない。

 いや、そういえばどっかで聞いたような声をさっき耳にしたな……。


「今回の策は無関係の人を多く巻き込みますゆえ、あまり長々とできることではないと思っておりました」

「回りくどいな」

「こちらでそれを解消するついでに宣伝しようと思っていたのですが」


 爺やはお守りのようなものを手に持っていた。

 邪熱病(イビルフィーバー)の効果を消す付与効果があるのだろう。

 何の宣伝なのかは知らないが。


「なんとか解決しようとしたのでしょう、彼女たちが。自分たちでできる限りのことを」

「だとしたら?」

「いいお仲間を持ったということでいいんじゃないでしょうか」


 爺やは顔をほころばせる。

 爺やはたまにこういう顔をするな。


「べ、別にそれで気が変わったとかそういうのじゃないぞ」

「ええ。大体想定どおりでしょう」


 爺やは笑っている。

 俺は耐え切れずそそくさと暗黒神殿に帰った。






 魔法は解いても、その瞬間に病気が消えるわけではない。

 悪化はしないし、自然治癒に任せても治るようになってはいるが。


 そのため、翌日も各教団はそれなりに忙しかった。

 それが一段落した頃、ニコラスがブリジット教団を訪れた。

 正確には、ブリジット教団の入り口からこっそり中をのぞいていたのだ。


 ブリジット教団信者の中には気づいている者も多い。

 しかし、絶対に厄介なことになると皆スルーしていた。

 「なんなんだあれ」「迷える子豚が教会を(うかが)っているようだ」

 そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。


 セクシーな修道服をやめ、いつの服装のアイリスがやってくる。

 手には包帯が巻かれていて、おそらく体の至る所にもあるのだろう。

 それを露出するわけにもいかないので、いつもの服装となっている。


 ユーフィリアらも一緒であり、俺を見つけるとこちらに向ってきた。


「元気そうだな」


 俺が声をかけると、ティライザがジト目になる。


「私とアイリスの姿を見てそう言えるのなら、眼の治療が必要ですね」


 ティライザも腕と首辺りに包帯があった。

 しかし問題なさそうな様子であることは間違いない。


「魔法じゃ治せないからねえ」


 ユーフィリアが申し訳なさそうな顔になる。

 まあ治せるならそもそも自分で治しているわけで。


「で、あれは何なんだ?」

 

 ジェミーが入り口を指差そうとしたので、俺は慌ててその指を掴んで止める。


「よくわからないが関わらないほうがいい。みんなそう考えてスルーしてるんだ」

「何しに来たのかは謎ですね。正直勝負はもう結果が出たも同然ですが、期日まではまだありますから」


 ティライザが首をかしげた。

 アイリスがため息をつきつつ入り口に向う。

 教団幹部である以上、トラブルの処理も仕事の一つなのだ。


「そのでかい図体は隠せていないですよ。皆さんが不審に思っているので、用がないなら帰っていただけませんか?」


 アイリスの声は冷たい。

 好意的になる理由が無いから当然ではある。


「ああ。あう……」


 ニコラスは何かもごもごとしている。

 普段の尊大で横柄な態度は鳴りを潜めていた。


「あ、あの。昨日は大変お世話になったのでふ」

「そのことでしたら、あなたに礼を言われることではありません」


 アイリスの態度はにべもない。


「いや、教団の信徒を救ってもらったのでふし、トップとして当然のことでふ」


 ニコラスは何かと落ち着きがない。

 どうも本題は別にあるようだ。


「わ、我々にはちょっと誤解があったように思うのでふよ」

「はい?」


 変わった話題についていけず、アイリスは小首をかしげた。


「ダグザ神とブリジット神は別に敵対しているわけではないのでふ。我々もそうだと思いませんか?」

「は、はぁ……」

「こちらは和解する用意があるのでふ」

「和解というと?」

「勝負もなかったことにするでふ」 

「マジで」


 ジェミーが素っ頓狂な声を上げた。


「マジでふ。信徒に関しても、ブリジットに戻りたいという者は違約金なしで戻れるようにするでふ」

「え、そこまでしていただけるのですか?」

「そちらだって患者を無償で治療したでふ。おあいこでふ」


 ニコラスは恐る恐る手を差し出した。


「今後とも仲良くしてほしいのでふ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 よくわからないが、アイリスの問題が解決したようだ。

 アイリスは笑顔でその手を掴んだ。


「よ、良かったでふ」


 ニコラスはホット胸をなでおろした。


「そ、それででふね。今度一緒に食事に行きませんかふ」


 そこまで言われては、鈍いアイリスでも完全に察したようだ。

 アイリスの顔が引きつった。


「ああ、そういうことですか……」


 ティライザは笑うのを必死にこらえている。


「あの豚さんアイリスに惚れちゃったのか」


 ジェミーは小声でクックックッと笑う。


「まあこれで問題は解決。アイリスも変なのにまとわりつかれそうだけど、それはしょうがないわね」


 『も』というのはユーフィリア自身も含めてのことなのだろうか。

 やれやれといった感じで、腰に手をあてていた。


「あわわ。わ、私は神に仕える身ですので。すべてを神に捧げるつもりです」


 今度はアイリスが慌てふためいた。

 いつから見ていたのかは知らないが、近くまできていた最高司祭であるアズライラが声を上げる。


「やれやれ。ブリジット神は婚姻を推奨しておりますよ。むしろ祝福されるでしょう」


 いつものように笑みを絶やさず、穏やかに告げる。


「ああ……。ええと……」


 アイリスはあたふたして周りを見渡す。

 特にユーフィリアたちを見ている。


 しかし彼女らは楽しそうに笑っているのみで、救いの手を差し伸べる気配は微塵もない。


「ど、どうでふか?」


 ニコラスに押され、アイリスが後ずさりする。

 そのとき俺と目が合った。

 アイリスはハッとすると、トコトコと俺に近づいてくる。


 ん? なんだ?


 そして俺の腕をグイッとつかむ。


「わ、私にはこの人がいますのでごめんなさい!」


 アイリスの突然の宣言に皆言葉も出ない。


「tcほ、まぃうぃffんでふぁm(訳:ちょ、何言ってんですかね)」


 俺も動揺して正しい言葉が出ない。


「そ、そういう関係だったんでふか……」


 ニコラスはショックで顔が青ざめていた。


「し、失礼しましたでふー」


 ニコラスは泣きながらドスドスと走っていく。

 あ、転んだ。

 少し離れたところで様子を見ていたダリップがなんとか起こして、支えながら去っていった。


 俺の腕にはやわらかいたわわな何かの感触がある。

 宣言したことで吹っ切れたのか、アイリスはそのまま俺に寄り添って離れようとしない。


「いい加減に離れなさい」


 それをユーフィリアが無理矢理引き離した。


「そういった関係とは露知らず失礼しました」


 ブリジット教徒の皆さんが俺を拝み始めた。

 どういう扱いだよ。


「あの豚を追っ払うための当て馬ですから。違いますよ」


 ティライザが強い口調で言う。


「神に身を捧げた聖女様だしね」


 ユーフィリアが茶化す。


「ブリジット神は婚姻を推奨している神ですので」


 アイリスが頬を膨らませた。


「さっきと言ってることが逆じゃん」


 ジェミーは呆れていた。


 ブリジット教徒は彼女らのやり取りの裏にある危険な気配を感じ取っていた。

 その恐怖から、一人また一人と教会から逃げていった。

 彼女らに気付かれないようにこっそりと。

 俺も帰りたいのだが、しばらく帰れそうにはないのであった。

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