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動物たちの言葉がわかる獣医と動物たちの楽園  作者: 1010
第1章 はじまりの時期 ミナ登場

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第105話「伝わっているつもり」

朝は、いつも通り。


「おはようございます」


 ミナが扉を開ける。


「おはよう」


 サクラギ先生が答える。


 診察室も、変わらない。


 その日の患者は、一匹のインコだった。


「この子、最近すごく鳴くんです」


 飼い主が少し困ったように言う。


「前はこんなに鳴かなかったのに」


 ケージの中で、インコがこちらを見る。


(……ちがう)


 はっきりした声。


「ご近所にも迷惑で……」


「叱ると、もっと鳴いて」


 ミナがケージに顔を近づける。


「どうしたの?」


 インコは少し羽を広げる。


(……よんでる)


「呼んでる?」


 サクラギ先生が静かに聞く。


(……いるよって)


「誰に?」


(……このひと)


 インコは飼い主を見る。


 飼い主は気づかない。


「先生?」


「うん」


 サクラギ先生は頷く。


「この子、伝えてるつもりみたいだ」


「伝えてる?」


「“ここにいるよ”って」


 飼い主が戸惑う。


「え……でも、ずっと一緒にいますし」


「家でもちゃんと見てます」


(……みてない)


 インコが小さく言う。


 ミナが少しだけ目を細める。


「最近、何か変わりました?」


「えっと……」


 少し考える。


「あ、在宅で仕事するようになって」


「家にはずっといるんですけど、忙しくて」


 キーボードを打つ仕草をする。


「前より遊ぶ時間は減ったかも」


「なるほど」


 サクラギ先生は頷く。


「距離が近くなって、関わる時間が減った」


「え?」


「いるけど、向いてない」


 短い説明。


 飼い主が少し黙る。


 インコが小さく鳴く。


(……みて)


 その声は強くない。


 でも、繰り返される。


「鳴くのは、困らせたいからじゃないよ」


「うん」


「気づいてほしいだけ」


 飼い主がケージを見る。


 少しだけ、表情が変わる。


「……そうだったのか」


 インコがじっと見返す。


(……いる?)


 サクラギ先生が静かに言う。


「少しだけでいい」


「時間を作って、“ちゃんと向く”」


 ミナが続ける。


「話しかけるとか、目を合わせるとか」


「短くてもいいから」


 飼い主はゆっくり頷く。


「やってみます」


 ケージに近づく。


 少しぎこちなく。


「……おいで」


 インコが首を傾げる。


 そして、少しだけ近づく。


(……いいかも)


 小さな変化。


 でも、確かな一歩。


 帰り際。


 インコは一度だけ鳴く。


 でも、その声は少し違う。


(……とどいた)


 ミナが笑う。


「さっきと違いますね」


「うん」


 サクラギ先生も頷く。


 午後。


 いつもの診察が続く。


 それぞれの違和感。


 それぞれのすれ違い。


 大きくない。


 でも、放っておくと少しずつ広がるもの。


 ここでは、それを少しだけ整える。


 夕方。


 最後の患者を見送る。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ミナがぽつりと言う。


「伝わってると思ってても、違うことありますね」


「うん」


「逆もある」


「え?」


「伝えてるつもりで、伝わってない」


 ミナが少し笑う。


「難しいですね」


「でも、直せる」


 短い言葉。


 それで十分だった。


 窓の外は夕焼け。


 言葉があっても、


 なくても、


 すれ違うことはある。


 でも、少し向きを変えれば、


 ちゃんと届くこともある。


 この診察室は、


 その“少し”を整える場所だった。


 静かに、


 やわらかな一日が終わった。

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