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三人の勇者と不幸な給仕

 この国において、勇者はさながら天上人として扱われている。


 そこらの一般市民が束になっても敵わない魔物畜生を圧倒し、世に(ひと)しく安寧をもたらす守護者。

 事実だけを抜き出せば、その行いはまさしく神の御業の如しだ。

 一定の信仰心を集めるのは当然の帰結と言っていい。国のプロパガンダが上手く機能しているとも言える。


 ところが、場所が変わると勇者に対する反応も異なってくるものだ。

 魔物を生み出す魔力溜まりが近辺に存在しない街なんかでは、そもそも勇者を見かけること自体がないので信仰心が末端まで根付いていなかったりする。


 その輝かしき功績の数々を人伝(ひとづて)に聞いたとて、所詮は伝聞なので実感が伴わないのだろう。

 親や教会の神父から勇者の話を聞かされたので存在は知っている、程度のやつもいなくはない。まあ、そういうやつらはほぼ例外なく辺鄙なド田舎住みであるのだが。


 唯一の例外はエンデだ。人や物の流通が激しく、それなり以上の規模の街であるのに勇者への信仰心が芽生えていない。その根底に自立の精神を持つが故に。


 魔物畜生の処理を勇者に任せず自分たちで行うスタンスは、ともすれば国家に対する反逆になりかねない。勇者は不要だと証明しかねないからだ。


 国の推す政策と真っ向から対立する思想を掲げるエンデが見逃されてる理由は……やはり、管理面の問題だろうな。

 腕っぷしに自身がある、もしくは攻撃的な魔法に目覚めたやつが居場所を求めて一箇所に集まる構造があるのは楽だ。あちこちへと目を光らせずに済むのは国にとってもメリットがある。


 スラムが一斉摘発されないのも同じような理由だな。世間からあぶれるような輩が一所に集まっていれば監視もしやすい。たとえクーデターが起きようと、勇者がいればものの数分で鎮圧が可能とくれば警戒も緩むのも道理か。


 ともあれ、一部の例外的な街を除き、勇者というのはとかく耳目を集める存在だ。

 通りを歩けば歓声が飛び交い、教会に現れれば敬虔な信者の列が揃って頭を垂れて祈りを捧げる。霊験あらたかという概念が形を成したようなものだ。そりゃ大いに讃えるだろうよ。


 そして厄介なことに、勇者のお膝元たる王都ではそんな傾向がより顕著だ。俺たち三人が揃って城下を練り歩いたら……俺はともかくとして、姉上二人は異常なほどの注目を浴びるだろう。のんびり観光など夢のまた夢である。


「で、これからどこに向かうの? 王都巡りって……劇でも見に行くの?」


「武具店か? もしくは貴族がガメている呪装を押収しに行くのか? 私はどっちでもいいぞ!」


「どっちもハズレだ。劇なんてちゃちいモンじゃねぇし、武具店なんてクソつまらん場所じゃねぇ」


「ふーん……じゃあ、どこなの?」


「まぁ焦んなよ。そん時になりゃ分かる。それよりまずはその服をどうにかするか……」


「服?」


 姉上二人が疑問の声を上げてから自分の格好を見直す。

 勇者は国から絢爛豪華な召し物を支給される。ただひたすらに権威を示すために。国の象徴がボロ布を纏ってちゃ締まらないからな。


 もっとも、ただ一人は国の方針をまるっと無視して場末の踊り子もかくやの出で立ちなわけだが。


「別に変じゃないと思うけど……」


「ああ、まったくだ」


「いやレイはダメでしょ! いつになったらちゃんとした服着るの? いい加減恥じらいを覚えて」


「恥が誇りに並び立つものか。これは身一つで闘う魔物への敬意なんだ。恥じらいなど、魔物とともに斬り捨てた」


 ふんと誇らしげに胸を張る脳筋姉上に対し、能天気姉上が向ける視線は冷たい。


「それなら魔物退治の時以外は普通の格好すればいいでしょ」


「…………いやだ」


「なんで?」


「…………ひらひらするの、苦手なんだよ」


「そんな理由!? 信じられない……もう!」


「いいだろ別に! 誰かを困らせてるわけでもないし!」


「お偉いさんたちが頭抱えてるの!」


 ガキかよ……。俺はため息を吐いた。

 まったく……俺らは合計で何年生きてきてると思ってんだ。年を考えろよ。


 王城の廊下で、クソくだらない議題でぎゃあぎゃあと言い争う勇者二人。

 この光景を教会にお届けしたらさぞ面白いことになるだろう。敬虔な信徒や神父が頓死してもおかしくない。或いは偽物がタチの悪い演技で信仰の失墜を目論んだとして異端審問にでもかけられるかもな?


 騒ぎを聞きつけてやって来た若い給仕の女がぎょっとして硬直する。そしてどうやら見なかったことにしたらしい。楚々とした仕種で反転して立ち去ろうとする。


 させんよ。俺は給仕を呼び止めた。


「おい、そこのお前」


「……はい。いかがされましたか、勇者ガルド様」


 プロだな。こんな厄介事に関わりたくないという内心を完璧に押し殺して対応してやがる。王城勤めに抜擢されるだけはあるといったところか。

 だがそのツラをどこまで保てるかな? 俺は親指を立て、ちょいと動かし姉上二人を指し示した。


「この二人の着替えを手伝ってやってくれ。召し物は……そんなに豪華なもんじゃなくていい。街を歩いても注目を集めないような装いで頼む」


「……そう仰せになられましても、その……私どもが管理している衣服は給仕服くらいしかありませんので……上の者に許可を」

「あーいらんいらん。ならその給仕服でいい。二着ほど融通してくれ。勇者命令だっつったら上のやつらも納得すんだろ」


「勇者様方に給仕服を……!? で、できません……! そんな非礼を……っ! 国賊として捕らえられてしまいますっ!」


「できないっつってもやるんだよ。時間がねぇんだ。勇者命令だぞオラ!」


「ひぃ……ッ!」


 勇者の威光はつくづく便利だ。向こうが説いた道理を強引にねじ伏せることができる。話が早いのはいいことだ。時は金なりってね。

 逃げられぬと悟ったか、悲壮な覚悟を決めた給仕が姉上らの前に歩み出て恭しく頭を下げた。


「あの……それでは、勇者ガルド様のご用命につき、その……お召し物の変更を」


「私は嫌だぞ! 給仕服だって……? なんだそのひらひらは……こんなもの着れるか!」


「ひぁ……っ!」


 脳筋姉上の剣幕に圧された給仕が足を震わせて後ずさった。あーあーあんなに怯えて……まったく、可哀想なことをする……。


 やむなし。俺は助け舟を出した。


「ならいいや。俺の言うことが聞けねぇなら連れていけねぇな。ここで留守番……いや、いつも通り山に籠もってていいぞ。二人で行ってくる」


「なんだと!? どういうことだッ!」


「ドレスコードってもんがあんだよ。服装規定ってやつな。野蛮人なんだか痴女なんだか分かったもんじゃないやつが入れてもらえる場所じゃねーの。嫌ならそれまでだ」


「ぐ……うぅ……!」


 心底から不服だと言わんばかりの唸り声が漏れる。

 たかが服を着るのがどんだけ嫌なんだよ。野猿同然の暮らしに慣れすぎたんじゃねぇの? もはや蛮族じゃねぇか。


「レイ。せっかく久しぶりのお出かけなんだから。ね?」


「……やむなし。おい、なるべくひらひらしてないのを頼む」


「ぜ、全部同一の規格です……」


「なにッ!?」


「ひゃぁ……!」


「んじゃ頼んだぞー」


 俺はしかめっ面の姉上と、心なしか浮ついている姉上、そしてストレスで死にそうになっている給仕を見送った。


 ▷


 男の俺には給仕服の着替えの手間がどれほどのものなのか分からん。だが、待たされた時間が二十分というのはちと長すぎるんじゃねぇかなと思う。


「……おまたせ、いたしました」


 お先に上等なスーツへと着替えて待つことしばし。

 どこかやつれた女の後ろには給仕服に着替えた姉上二人がいた。まったく同じ服を着ていて、しかし表情は酷く対照的だ。


「……むずむずする。動き辛い。何だこれは。実用性に乏しい。無駄が多すぎるぞ」


「いつも着てるローブと違ってふわふわするね。どう? ガル!」


 渋面で愚痴を垂れる姉上と、いつも通りの調子でスカートの裾を摘んで見せる姉上。

 給仕の手伝いもあってか着こなしはそれなりだ。見てくれはそこらの給仕と遜色ない。ただ……。


「いやぁ、面白いくらい似合ってねぇな〜」


「はぁ!?」


「二人揃ってどうにも髪の色が派手なんだよな。その髪色が給仕服の大人しめの色調と喧嘩してるっつーかね」


「おい! 今すぐ着替えるぞ! 着ていられるかこんな服!」


「…………私も着替え直す」


「待てや。せっかく着替えたのに無駄になるだろ馬鹿。ったく……こうすりゃ済む話だろうが」


 俺は二人に歩み寄って顔に手をかざした。【偽面(フェイクライフ)】発動。顔のパーツはそのままに、髪色だけを地味めな茶へと変化させる。

 人の目を引くためだけにあるような輝く金と白金が、どこにでもいそうな町娘のそれへと変貌する。勇者のトレードマークたる金髪と特徴的な召し物が挿げ替えられた時、そこにいたのは何の変哲もない給仕服の娘であった。


「んー、まあこれなら大丈夫か」


「お? おおー……なんか不思議な感じ」


「むぅ……少し落ち着かないな」


 姉上二人は色味の変化した髪を一房つまんでしげしげと眺めている。

 そういやこの二人に【偽面(フェイクライフ)】を使ったことはなかったな。自分の身体の一部がまったく質の異なるものへと変わる感覚は形容し難いものがあるだろう。慣れればいいモンなんだけどな。


「うーし、んじゃ外に行くぞ」


「えっ、この格好で……?」


「普段着だと馬鹿みたいに注目浴びるだろ。それじゃ外に出れねぇからわざわざ給仕服を着せて髪も変えたんだよ。つっても、その服じゃ門前払いをくらうだろうからすぐに着替えてもらうことになるがな」


「それなら早く行くぞ! この服は……なんか、こう、落ち着かない……!」


「そうかい。じゃあご希望通り服屋まで行くとしようかね」


 脳筋姉上が文句を言うのでさっさと城下へ繰り出すとしよう。

偽面(フェイクライフ)】発動。全員茶髪というのも芸がない。俺はグレーの髪でいかせてもらう。


「うわぁ……なんか……」


「似合わないなぁ……老けて見えるぞ?」


「黙れ。美意識が欠けたお前らの評価なぞあてになるか。とっとと目当ての服屋に行くぞ」


 これより向かうは高貴なる者以外の立ち入りを拒む鉄火場。給仕服では格が落ちるというもの。より相応しい体裁を整えるために綺羅を飾ってやる必要がある。


 要は給仕服なんぞよりもひらひらふわふわしたモンを着させるわけだが……その辺は我慢してもらおう。

 これも一種の勉強のためだ。魔物をぶっ殺すことに血道を上げすぎて常識を学ばなかった姉上らにはいい薬になる。その身を以って金の重みを知るといいさ。くっくっく……。

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