三人の勇者と不幸な服飾店店主
思えば三人肩を並べて平和的に街をぶらつくなど初めてのことなのではないか。
似たような出来事をぱっと思い出せないあたり、どうやら俺たちは勇者としての使命に没頭し続けていたらしい。
城の中庭で鍛錬と称したぶっ殺し合いは何度かしたことがあるんだけどな。魔物畜生の討伐やら、下らん任務の延長以外でこうして三人で時間を浪費するのは――思い出せる範囲の記憶にはない。
「うわぁ……! なんか、すごい新鮮……! 誰も私たちに気付いてない……のかな? 目は合うのにすぐ逸らされて、それで終わりだね……」
「普段のお前らは目立つ髪と服装してっからな。街のやつらなんて案外特徴的な部分しか見てねぇもんよ。だから出で立ちをちょっくら変えるだけで簡単に潜り込める」
「そういうものなのかな……」
「そういうもんだ。誰も勇者様が給仕の服を着てるだなんて思わねぇだろ。そういう先入観は使えるもんさ。よく覚えとけ」
「はえぇー……」
堂々と城の門を出た俺たちは王都一の大通りに合流した。馬車の通行用にと十分な幅が確保された通りは、しかし行き交う人々のせいで狭苦しい。
混雑は即ち衆目から逃れられないことを意味する。
執事服を来た俺が給仕服を着た二人を連れ回しているのはそれなりに目立つ光景だ。先程からすれ違いざまにチラと顔を覗かれている。
だがしかし、俺たちが勇者であると勘付いた者はいなかった。
「ふむ……少しばかり快適だな。王都の教会を出たら一斉に集られるのは……正直、動きにくくてしょうがなかったんだ」
「あ、少し分かるかも。嬉しいんだけどねー。急いでる時とかはちょっと困るというか……どう断って離れようか悩むよね」
「通りを全力で走ると周りに驚かれるからやめろ、なんて宰相に言われるしな」
「あー、ね。飛ぶならあんまり低いところを飛ぶなとか、みんなの歓声……というか、応援の声? みたいなのにはできるだけ応えてやれ〜とかね」
周りに聞かれたらまずそうな話題は【無響】でカットする。万が一があるからな。
髪と格好は変えたが、顔のパーツと声はそっくりそのままなので勘が良いやつにはバレるかもしれない。それは面倒だ。
「あとはあんまり速く空を飛ぶな、とも言われるんだよね。凄い、よりも恐いって思われかねないからって」
「注文が多すぎるんだ。通りを走るなと言うから屋根を走ることにしたのに、今度は『勇者らしからぬ行為だ〜!』とか言い出すんだぞ? おかしいだろ」
「分かる分かる! 低いところ飛ぶな、って言われたから高いところを飛んだら『まったく姿を見せないのは駄目だ』って言われたの。難しいよね」
「通りも屋根も駄目ならどうしろという話だ。おかげで最近は空を走れるようになったぞ」
「その理屈はおかしいでしょ」
周りに聞かせられない話しかしねぇなこいつら……。
俺は呆れながら【無響】を展開し続けた。
周りの喧騒はそのままに、姉上二人の苦労話と政策に腐心する宰相の苦労話だけを狙って打ち消す。
こんなことばっかりしてるから俺も補助魔法の変な使い方が上達しちまったよ。これも苦労話になるのかね?
それに比べてアホ面で通りを行き交うこいつらと来たらどうだ。
王都の民衆は今日も今日とて平和ボケし腐っている。あちこちから巧拙入り混じった吟遊詩人の弾き語りが響き、その熱に浮かされるように通りかかった野次馬がはしゃぐ。そこに心労の色は微塵も感じられない。
題材に使われているのがほとんど勇者の活躍ということもあり気分が萎える。そんなに夢中になって憧れるくらいなら自分も剣を取ってみろっつの。ケッ。
「……ガル? どうしたの? 体調悪い?」
「腹でも空いたのか? 何か食べるか?」
「なんでもねぇよ。……つーか、食いもん買える金なんて持ってんのか?」
「ん? そんなの勇者であることをバラせば向こうから献上してくるだろう?」
「バラすな馬鹿! 何のために変装してると思ってんだよッ! いいから付いて来い。あと給仕のフリしろ。優雅な所作で歩け。あんまはしゃぐな。あと無駄にきょろきょろすんな」
「こっちはこっちで注文が多い……」
「ねー」
俺は愚痴を垂れる姉上らを睨みつけた。渋々、といった表情で姿勢を正す二人を確認してから再び歩き出す。
……いま俺がやっているのは教育だ。そして実験でもある。この二人がどこまで一般市民に溶け込めるのか。それを探らなければならない。
髪色と服を変えることである程度の誤魔化しがきくことは分かった。安物の服と髪色を変える染料さえ用立てれば無用の注目を浴びることなく過ごせるだろう。
できれば髪を切るなり勇者の外見を知らないやつばかりの辺鄙な田舎に居を構えるなりして欲しいところだが……ここらへんは本人に任せるとしよう。いずれにせよ、先の話だ。
「……ああ、そうだ。お前らにはコレを渡しておく。懐にしまっておけ」
「えっ……これって……」
「ん? 中身は……硬貨か。財布か?」
俺は上等ななめし革で作られた袋を手渡した。袋越しに伝わる感覚で中身に当たりをつけた二人がほんの少し目を見開く。
「その通り。財布だよ。中には……それぞれ金貨が五十枚入ってる」
「ふぅん」
「へぇ」
おいおい。俺は呆れた。
金貨五十枚ずつ、締めて百枚と聞いてこの反応だぜ。こんなもんをそこらの庶民が手渡されたら慌てふためいて頭が真っ白になるだろうによぉ。
一般的な庶民の年収は大体金貨二から三枚だ。金貨五十枚もありゃ半生を過ごすのにも苦労しない。家庭を築くつもりがないなら残りの人生だって賄えちまう。そういう実感が――こいつらにはまるで足りてねぇ。
女神像を介した転移で体調をリセットできるからろくに飯も食わない。常人離れした魔法の腕と身体能力を持っているせいで野宿すら苦にならない。魔物討伐と救済活動、そして修行に明け暮れているせいで娯楽や嗜好品に手を出さない。
結果として、およそ人らしい生活基準が身に染み付いていない。
ったく……。俺は内心で憤慨した。その金を稼ぐのに、俺がどれだけ首を落とされたと思ってやがる。そりゃ『ふぅん』だの『へぇ』だのといった気の抜けた返事で済まされるモンじゃねぇんだぞ?
振れば音が鳴りそうな軽い頭しやがって。今日はその呆けきった頭に現実を刻み込んでやる。
そのための前準備として俺は王都でも指折りの服屋に足を運んだ。庶民には一生縁がない上流階級専門の店である。
「うわぁ……なんか、見てるだけで目が眩みそう……うわぁ……」
「おい、おい! 冗談だろ……! ガル、まさかお前、私にこんなものを着せようとしてるんじゃないだろうな……!」
「名前を呼ぶな。口を閉じろ。あと目ぼしいものをチェックしておけよ。わがまま言って着なかったら城に突き返すからな」
「生き恥だ……」
店内にディスプレイされているのは職人が一から手作りした絢爛豪華なドレスの数々だ。精緻な装飾が随所にあしらわれた煌びやかなものから、詩劇に出てくるお嬢様が着ていそうなふわふわひらひらしたものまで幅広く取り揃えてある。
その全てに共通しているのは、一目見るだけでわかるほどに上等な生地が使用されており、目の飛び出るような値段がするだろうということだ。
すっと片手を上げる。その仕種だけで、よく訓練された女店員がヒールを鳴らしてやって来て恭しく頭を下げた。
使い物にならなくなっている二人に代わって注文をつける。
「この二人に合いそうなドレスを見繕ってくれ。ああ、どうも彼女らはセンスが壊滅的なんでな。助言と補助を頼む」
「ご予算の方は」
「三十ずつだ」
「畏まりました。お嬢様方、どうぞこちらへ」
「えっ、あっ、はい」
「殺せ……いっそ死ぬ……」
「死ぬな。ほら行け」
店員に連れられていく二人を見送る。アドバイス役をつければそう突飛な服装にはならんだろう。後は出来上がるのを待つだけだ。
変装に使えそうな小道具なんかを物色しつつ店内を歩く。
背後から足音。わざと音を響かせているのは敵意が無いことのアピールだ。所持品を狙われるようなやんごとなき御身分のやつが通う高級店にはそういう文化がある。
俺はゆっくりと振り向いた。柔和な笑みを湛えた紳士然とした男と目が合う。同時、男が深々と腰を折った。
つむじを見せつけるほどの最敬礼。こいつ、まさか――
「お初にお目にかかります。私は当店オーナーのシャウプと申します」
オーナー直々に、ねぇ……。俺は偽名を名乗った。
「ニーヴァだ。今後とも宜しく」
「ニーヴァ様……なるほど」
こいつはやり手だ。おそらく、俺の偽名を見抜いたうえで思惑を察したのだろう。公務外の行動である、と。
「ニーヴァ様、実は貴方がたは当店開店からちょうど千人目のお客様でして」
「ほう」
「特例として……此度のお会計を無料にしていただきたく」
雑な理由だ。それに言葉選びもひどい。
無料にしていただきたい、なんて言葉を店側の人間が吐くかよ。まぁ……勇者相手の営業なんて初めてだろうし、多少浮ついても当然か。
俺はシャウプの肩に腕を回した。他の従業員に背を向けて囁く。
「どこで気付いた?」
「……はて、何のことでしょう」
「あーそういうのいいから。正直に言えって。いつ、どうして、どうやって俺たちの正体に気付いた?」
こいつは既に勘付いている。俺にはその確信があった。なによりシャウプ自身があまり隠そうとしていない。あわよくば御用商人になろうと皮算用でもしてたのかね?
勇者御用達の服飾店。
たいそう輝かしい看板だ。王都一の盛況は約束されることだろう。とても面倒なことだ。故に口封じをせねばなるまいて。
俺の詰問を受け、シャウプはごくりとつばを飲み込んでから答えた。
「……ひと目見て、気付きました」
「髪の色は変えていたはずだが?」
「……私の生業は人を飾ることにあります。髪の色が変わっていようと、澄んだ碧の瞳と、立ち居振る舞いを見れば……分かりました」
チッ。こういうやつもいるのか。見事なもんだが、今のこちらからしたら実に厄介である。
「ここにいる店員は全員気付いてるのか?」
「まさか。これは私の特技のようなものです。私はこれでここまで成り上がったのですから。……勇者様方の勇姿を飾る誉れを夢想したこと数知れず。なればこそ、給仕の姿であっても――御三方が輝いて見えたのです」
「そうか、お前一人か。なら……いい。シャウプよ、見上げた慧眼と世辞の才を持っているようだが……俺が次に言いたいことは分かるか」
「他言無用、でしょうか」
店を持つだけあって賢いじゃないか。俺は小さく頷いてから言った。
「察しの通りお忍びなんでね。誰にも言うな。国にもだ。お前は今日の出来事を腹に抱えたまま天まで持っていけ。いいな?」
「御意に」
「あとは余計な気を回すな。無料サービスなんていらん。あいつらからはきっちり金を取れ。ビタ一文も負けるな」
素直にはいはいと頷いていたシャウプだったが、そこで初めて喉に異物を詰め込まれたような声を出した。
「ッ……そ、れは……」
「なんだ?」
「できません……救国の英雄様から、お代を頂くなど……」
「駄目だなぁ……シャウプくん。そういう甘やかしはあいつらを堕落させる。取るもんはきっちり取れ。いいな?」
「しかし……」
やれやれ、しょうがないな。【魅了】発動。極めて高い印象を植え付けるこの魔法は使い方次第で脅しにも転用できる。心酔する存在からの言葉ともなれば尚更だ。
「シャウプよ。いいから従え。余計なことを考えるな。自分用の死に装束は、まだ仕立てたくないだろう?」
「ヒッ……わかり、ました……!」
調伏完了。これでよし。
すごすごと去っていったシャウプを見送って姉上らの準備を待つ。
……しかし、やはり服と髪だけでは不足か。瞳の色……ね。確かに俺たち三人の碧の目は目立つかもしれない。顔立ちと声、そして瞳という情報だけで正体を察するやつも現れかねない、か。
こればっかりは難しいな。イカれエルフならどうにかする方法を知っているだろうか。アーチェの薬ならあるいは……。
「おまたせ、終わったよ」
「ん、ああ」
色々と考えを巡らせているうちに買い物が済んだらしい。
気分を切り替えて顔を上げる。そこには見るからに上等なドレスで着飾った二人がいた。
「どうかな……? 似合ってる?」
「…………」
「ふぅむ」
上の姉は白と水色を貴重としたドレスか。適度にふわふわしていて高級感は申し分ないな。貴族の子女でもなければ袖を通せない一品であることは疑いようもない。何も考えていなさそうな印象にも合っている。
下の姉は臙脂色のタイトドレスだ。きっとふわふわしたのは嫌だとゴネたのだろう。丸出しの肩と豪快なスリットが入っているところに動きやすさを重視する考えが見て取れる。華やかさには欠けるが、及第点ではあるか。
「うむ、馬子にも衣装だな」
「……? それ、褒めてる」
「褒めてる褒めてる」
おそらく予算である金貨三十枚をきっちり使い切るくらいには高級な品なのだろう。誰が着ても様になるよう計算されているのだと感じ入るものがあった。あのオーナーの大言壮語もまるっきり嘘というわけではないらしい。
むずがる赤子のように落ち着きなく身体を動かす姉上が言う。
「おい、さっさと用を済ませるぞ。この服は……なんか、肌触りがこう、独特で変な感じだ……つるつるしてる……」
「あんま動くな、シワが寄る。ともあれ、んじゃ行くか。付いて来い」
「ねぇガル、いい加減に教えてよ。こんな格好までさせて……これからどこに向かうの?」
「そうだそうだ。剣も置いてきたし……この格好で戦うのは、少し手間取るぞ!」
「戦わねぇよ。……いや、ある意味では戦いと言ってもいいのかねぇ?」
わざわざ姉上二人に高価な服を着せたのは大金を使わせたかったという理由だけではない。そうでもして繕わないと入場許可が下りない場所へ行くからだ。
金と地位を持つものだけが潜ることを許される魔境。その扉の鍵となるのは――傍から見て金持ちだとひと目で分かるほどの――お高い服装である。
「今から俺らはカジノへ向かう。分かりやすく言えば賭場だよ。さぁ、三人で楽しい楽しい思い出を作ろうぜ……? へっへっへ……」




