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異次元のユデタマゴで親子丼を作りたい  作者: ジャックパンダ
7/7

叫べ、異次元はここにあり!

 なあ、制服の準備はできてるか?

「うぇあいあ!? な、なんだよいきなり」

 バカヤロウ、何をそんなにびっくりしてるんだ。

「そっちが訳分からないこと言いだしたからだろ!? 何だよ制服って」

 な、何だとぅ……!? 訳分からない、だとぅ……!?

「おうよ」

 お前ってやつは、まさか、俺とのあの輝かしい思い出の日々を忘れたとでも言うつもりなのかあああああ!?

「なっ、変な言い方するんじゃねー!」

 本当に忘れちまったんだな……俺と一緒に遊園地に行ったり、こっこお行列に参加したりといった、あの日々を……!

「あっ、あーあーはいはい、それは衝撃的過ぎて頭に焼き付いてるよ、名前の初めに『異次元の』がくっついてたことも含めてな!」

 あの頃からの俺たちの悲願が、ついに達成される時が来たぜ……!

「ひ、悲願が、ついに……って、悲願って何だっけか」

 バカヤロウ、イジタマとイジトリで親子丼作って、和食の世界を制するんだって誓い合ったじゃねえか!

「それはお前が勝手に言ってたことだろうが!」

 なっ、お、お前の、異次元のユデタマゴ同好会――通称イジユデ同好会へのラッヴはその程度だというのかあ!

「そんなもん持ってねえぞ!」

 まあ、我らイジユデ同志たちが持つラッヴについては後で教え込んでやるとして。

「ひええ、怖い、怖いよお……」

 お前、制服の準備は万端なんだろうな!?

「だから、何だその制服ってのは……」

 シャラップ!

「……」

 いや何か喋れよ。

「理不尽にもほどがあるなオイ」

 というかお前、本当に忘れてしまったと言うのか!

「今までの流れで分かれ、俺はお前が言うことの大半が記憶にない――」

 つい昨日、やっと、やっと……!

「う、うん……?」

 やっと、イジボウが届いたというのにっ!

「な、何だってえええええ!? あの、異次元のニワトリ――通称イジトリを唯一捌くことができる、予約が三か月待ちの包丁である、異次元の包丁――通称イジボウが、ついに届いただとっ!」

 何故そんなに説明口調で喋ってんのかは若干気になるが、今はそんなことはどうでもいい! いやはや長かったぜ、この三か月間!

「じゃ、じゃあ、イジボウが届いたってことは……?」

 そおぉのとおぉりいぃ! ついに、異次元の親子丼を作るための最後にして最大のピースが手に入ったというわけだ!

「じゃあ、異次元の親子丼を作る手筈が……あれ、でもそのためには、イジタマ――異次元のタマゴと、イジトリ――異次元のニワトリがないと、作れないんじゃ……?」

 バッッッッッカヤロオオオオォウ!

「お前、いちいち過剰なボリュームの声で叫ぶのヤメロ」

 俺はな、イジボウをあのイジボウ工房の職人に注文したあの日から、イジユデ同好会の同志達に、イジトリの飼い方を教えてもらい、イジトリを育て、イジタマをそのイジトリ達に産ませてきたんだ! 準備はすでに万端ってわけよ!

「『イジユデ同好会』なのに『イジタマ』やら『イジトリ』やら、管轄外っぽいものを扱っているのはこれいかに」

 バッッッッッカヤロオオオオォウ! 異次元のタマゴも、異次元のニワトリも、全ては遥か昔、かの女神様が我ら人類に異次元のユデタマゴを作る術を授けてくださったがゆえに誕生したものだ……! 我らは、全ての異次元の祖である異次元のユデタマゴ――イジユデに敬意を払わなければならないのだよ。

「な、なるほど……!」

 って、そんなことは置いといて!

「お前、今の話は置いとけるほど軽いものだったんかい」

 アホウ! お前こそ、俺の質問に答えてねえじゃねえか!

「質問?」

 せ、い、ふ、く! 準備できてるぅ?

「ああ、それか。それって、何の制服なの?」

 ……いや、今の話の流れで分かんない?

「微塵も見当つかない」

 というか、最近噂になってるはずなんだけど?

「何が噂になってるって?」

 ふっ……君ねえ、無知は罪だぜ。

「セリフに伴うそのどや顔が、シンプルにうざいな」

 あのなあ、いいか?

「おう?」

 俺はつい昨日、イジボウを手に入れた。異次元の親子丼を作るための、イジトリも、イジタマも、既に準備は万端だ。となれば、もう後は異次元の親子丼専門店のオープンが待ったなしに決まってんだろ。

「待ったなしに決まってるかどうかは知らないが、続きをどうぞ」

 お店を開くってことは、そこの店員の制服が必要なわけよ。オーケー?

「まあ、確かに。分からんではない」

 ヘイ、というわけでユーにワンモアクエスチョン!

「何かお前、いつにも増してテンション高い気がするが……ねえぞ」

 ホワッツ!?

「そのなんちゃら専門店のための制服とか、ないから」

 なっ……やはり、お前のイジユデへのラッヴはその程度だと――。

「いや、そもそも何故俺が用意すると思ったし」

 俺はっ……お前のっ……ラッヴをっ……信じてっ……!

「らっぶらっぶうるさいな!? 何なんだその期待は!」

 まあいいや。制服無いなら、私服でお店をやってしまうまでだ!

「制服いらねえの!? じゃあ何だったんだ今の会話!」

 細かいことは気にするなよ。友達できねえぞ。

「うっせほっとけ!」

 んじゃ、早速……。

「ん、おい、どこに……そういや、今俺たちがいるこの場所って……」

 ふっふっふ、そうさ! 何を隠そう、この場所は異次元の親子丼専門店なのさ! 今まで俺たちは、このお店の中で会話をしていたというわけさ!

「なっ、初めて知った新事実……! 気づかなかったぜ……!」

 制服無いなら仕方ない、このまま、れっつおーぷんだ!

「え?」

 ……ん、どうした?

「え、あの……スタッフいなかったよね?」

 すたっふ……だと……!

「え、イジトリ捌くのとか含めて、調理、誰がやるの?」

 え、いや、俺は……お前のラッヴを信じてたから……!

「今日初めて店やること伝えられてんのに、できるわけねえ!」

 た、確かに一理あるな……! だがどうする、もう既にあらゆる関係機関に今日開店するって通知を出しちまったぞ……!

「計画性皆無なくせにどんだけ動き出し早いの!?」

 し、仕方ない……かくなる上は、俺がやるしか……!

「な、お前、大丈夫なのか……? そうか、お前実は、今までちゃんと調理の練習とか……」

 バカヤロウ! そんなのやってきてるわけねえじゃねえか!

「え」

 でも、でもな……俺だって、異次元のユデタマゴ同好会の同志……俺の澄んだ志さえあれば、さらにその俺がイジボウを持てば、俺に調理できないイジトリはない……!

「お、お前……くっ、俺はお前を少しばかり見誤っていたか……」

 ふっ、心配するな、俺はやれる、やりきってみせる!

「そうか……なら俺は、ホールを担当するぜ。厨房は、お前に任せた……」

 おうよ! お、何か喋ってるうちに、もう開店時間を過ぎてるぜ。

「まあでも、今日は初日だし、『異次元の親子丼専門店』とかいう怪しいお店、人が来るとも思えな――」

≪ふぉっふぉっふぉ、やっておるかの?≫

「……!」

≪ふぉっふぉ、どうしたのじゃ?≫

「あ、いえ、やっておりますー……」

≪そうかそうか、では勝手に座らせてもらうぞい≫

「な、何だあのお爺ちゃん……虹色と金色が混ざったようなレンズのサングラスを上下反対にかけている……!」

≪何ぞ言うたか?≫

「い、いえ何も!」

≪では、異次元の親子丼――通称イジドンを一つ、貰おうかの。ふぉっふぉ≫

「かしこまりましたー」

≪ふぉっふぉ≫

「おい、異次元の親子丼、一つ注文入ったぞ――って、どうした?」

 ……!

「だから、何でそんな無言で震えてんだ?」

 ば、バカヤロウ……お前、あの方をご存知でないというのか……!

「な、何だと……?」

 あの方こそ、異次元のユデタマゴ同好会の会長であらせられるお方だぞ……!

「なっ……はあ!? 何でそんな人がここに……!」

 分からねえ……そもそも会長にこの店の存在が伝わってることが驚きだぜ……!

「もうサングラスの色とか上下反対なこととかどうでもよくなってくる――」

≪ふぉっふぉっふぉ、これは儂のファッションじゃからの。あまり気にせんでくれ≫

「……!」

 ……!

≪何じゃ、二人して固まって≫

 ……いえっ! あなた様とこうしてお話ができるなんて、とても恐縮であります!

≪ふぉっふぉっふぉ、そうかそうか……では、まあ……期待、しておるよ≫

「会話してる最中でもサングラス外さなかったな……って、どうした、また震えてるが」

 うおお……現役イジユデ同好会メンバーのトップである会長と、直接話せる時が来るなんてな……! もう、感動で前が見えねえよ……!

「お、おう……?」

 こりゃあ、いやでも気合が入っちまうな……!

「な、ならその気合を調理に注ぎ込め……!」

 言われずともそのつもりさ! イジタマをかぱっと割ってときほぐしつつ、イジトリをばっさりと捌いて一口大に切る。鍋で水を煮立てて、切ったイジトリを放り込む。

「え、いや、あの、調味料は?」

 アホウ。使ってるのは異次元のニワトリだぞ? そんじょそこらの調味料の風味なんざかき消えちまうのさ。イジトリの旨味だけで十二分に味は出るもんだ。

「お、おう……そうなのか……」

 イジトリに火が通ったらといておいたイジタマを回しながら半量ずつ二度に分けて加える。頃合いを見計らってご飯の上へ。

「な、なんか……やけにあっさりした工程だな?」

 おう。だがまあ、イジタマとイジトリの味を最大限に引き出すにはこのくらいがちょうどいいのさ。

「そ、そうか……じゃあ、運んでくるぜ」

 待て。

「……?」

 俺も行かせてくれ。会長が、この丼を食べてどんな言葉を口にされるのか、一言一句聞き逃したくない。

「お、おう……」

≪ふぉっふぉっふぉ、まだかのう?≫

 いえ、できましたであります! お前、早くこちらに持ってきて差し上げろ!

「何だその言葉遣い……こちら、異次元の親子丼になります」

≪ふぉっふぉっふぉ、ありがとうよ≫

 こちら、お箸です!

≪ふぉっふぉっふぉ、そんなものまで、ありがとうよ。ではいただこうかの≫

 はい、どうぞ!

「すっげえ……このお爺ちゃん、食べる時でもサングラスはそのままなのか……」

≪ふぉー……ふぅー……ふぉー……ふぉっ?≫

 ……!?

≪ふぉっふぉっふぉ、これはこれは……≫

 ど、どうでしたか、会長……?

≪うむ、前に見た時は見込みある若造と思うたが……これはこれは……≫

「……前に、見たときって……?」

≪……見逃せんのう、こんなものが異次元の親子丼、などとは……片腹痛いわ!≫

「なっ、何だ!?」

 会長の体から……炎が出てっ……!

≪出とらんぞ≫

 ……!?

≪出とらんぞ、と言うた。儂の体から炎なぞ、出るわけがなかろう≫

「なっ、だが確かに、あなたの体から……!」

≪だとすれば、そうさなあ……儂が抱える溢れんばかりの怒りが、実際にその炎をお主らの目に見せておるのじゃろう≫

 あ、溢れんばかりの、怒り……? まさか、私が何かしてしまいましたか……?

≪分からぬか、自分が、何をやったのか≫

 も、申し訳……ございません……!

≪お主、この丼には、まさしくイジトリのイジタマと水と米しか使ってないな?≫

 は、はい、確かに……。

≪それがやらかしでなくて何というのか! それはつまり、イジトリとイジタマに頼り切った調理しかしておらぬということ! お主のおりじなりてぃはどこにも存在せぬということ! おおよそ料理人がする料理ではなく、ただただイジタマとイジトリを鍋にぶっこんだだけの丼に似た何かでしかないということ! それをわざわざイジユデ同好会の、しかも会長に食わせた意味、お主は一体何と心得る!≫

 な、ですが……!

≪儂は悔しい……悔しいんじゃ! 過去に一度でも見込みがあると思っとった若造がまさかイジトリとイジタマのその圧倒的な力に頼り切ってことを進めてしまうということがっ……!≫

 で、ですから……!

≪悔しいんじゃあああああああ!≫

「なっ、お爺ちゃんの体から、炎に加えて、何だこれは……熱風!?」

≪ソコニイナオレ、ワカゾウヨ≫

「何だ、あの生き物は目が赤いし、全身が筋肉ムッキだし、白髪が逆立ってるし、でもサングラスは上下反対のままだし……普通のお爺ちゃんじゃない!」

 聞いてください、会長!

「馬鹿野郎お前、さっさと逃げるぞ!」

 嫌だ!

「なっ……」

 俺は絶対逃げない! 会長に俺の話を、俺の理念を、聞いてもらうまで帰れないんだ!

「……お前……そんなこと言われたら……俺も、熱風の中で耐えるしかないだろ……」

 お前……ありがとうよ!

≪ハナシハオワッタカネ、ワカゾウヨ≫

 ええ! 会長、何としても俺のこと、認めてもらいますから!

≪ダマリタマエヨ、ワカゾウ≫

 黙りません! 黙ったら、俺の理念を会長に聞いてもらえないから!

≪ダマリタマエトイッテルンダヨ!≫

「くっ……口を開くたびに、さらに強い熱風が来る……!」

≪イジトリトイジタマニタヨリキッタアンナモノ、イジユデドウコウカイトシテ、ミトメルワケニハイカナイ!≫

 ……では会長は、調味料を加えてほしかった、俺なりの『調理』をして欲しかったと?

≪ソノトオリダ。ソレデコソ、イジトリタチハ、サラナルタカミヘ――≫

 ……心にもないことを言うなっ!

≪ナン……ダト……!≫

 会長は知っているはずだ! イジトリやイジユデは本当に、この世に存在しているだけで異次元なんだと! この世にイジトリに勝てる鶏肉なんてないってことを! この世にイジタマ以上に旨い卵なんてないってことを! だから――。

≪……ダカラ、ナンダ?≫

 だから、イジトリに調味料を合わせたら、それは雑味にしかならないってことを!

≪……!≫

 それを知っているのに……! 何でそんなこと、言うんですかっ……!

≪ソウカ、ソコマデ、イタッテイタノカ……≫

「何だ、会長の体が、筋肉ムッキじゃなくなっていく……!」

 会長……!

≪分かっていたさ。儂は、認めたくなかっただけなんじゃ≫

 それは、いったい、どういう……?

≪認めたくなかった! イジトリは調理するときにそれ以外の味を加えると、とんでもなく風味が劣化する! そのことを知っておるのは儂だけでありたかったし、事実今までの会員で知っておった者は、儂以外にはおらんかった……≫

「な、あんた、何でそんなこと……」

≪ふっ、お主には分からんじゃろうがなあ……≫

「……?」

≪人間というものは、やらずともよいと知るや否や、即座にやらなくなるものらしくてのう……ましてそれが、やると害になるとしたら尚のことじゃ……≫

 まあ、そういう生き物なのかも……しれませんね。

「なんか、まるで、昔そんな光景を見てきたかのような……」

 まあ、そりゃあこの会長こそ、異次元のユデタマゴの製法を理論化し、異次元のニワトリという鶏の新種を発見し、そのニワトリを品種改良して異次元のタマゴを産ませるようにした、張本人だからな。

≪……!≫

「な、何だってええええ!?」

≪ふっ、そこまで至っておったか……ならばもう、しまっておく必要はないかのう……≫

「な、何を……その背中にあるものは……つ、翼……!?」

≪そう、儂こそが、異次元のユデタマゴを作る能力の開発者の夫にして、異次元のユデタマゴ同好会を創設し、その会長を務める者――名をイージユデーン≫

「い、イージユデーン……」

≪妻が亡き者となってからというもの、妻が残したイジトリとイジタマを絶やさんがためこうして人界で活動をしてきたが――それもこれまでかのう≫

 な、会長、何をおっしゃって――。

≪若造よ、お主にはやはり見込みがある。イジトリとイジタマを使って親子丼を作る、その最良の調理法を見つけ出し、さらには儂の正体まで見破って見せた。これほどの者は、いまだかつておらんかったんじゃ。もはや、イジユデ同好会のトップである資格は、儂にはない。お主こそ、イジユデ同好会会長にふさわしかろう≫

 な、何を……。

≪今日で、人界での儂の活動は終わりじゃ。最後に、妻がイジユデを作る能力を授けた人間を、一人くらいは見つけたかったんじゃが……それだけが、無念じゃなあ≫

 馬鹿な! 仮に会長の言う通り、イジユデ同好会会長の資格が僕にあるのだとして、それがあなたの活動を終わらせる理由にはならない! これまで通り、探し続ければいいじゃないですか、その、奥様から能力を授かった人を!

≪駄目なんじゃよ≫

 え……?

≪イジユデ同好会会長資格保有者は、一世に一人のみ――お主に資格が渡った今、儂がこのまま人界に止まることは許されぬ。故にこれより、儂の全てをお主に継承させる儀式、異次元の決闘を執り行うぞ≫

 な……!

≪――気張れよ、若造。半端な覚悟では、儂の全て、受けきれぬぞ≫

 こんな悲しい気持ちで、新しい異次元を知りたくはなかった……!

≪すまぬ、迷惑をかける≫

 ……でも。

≪む?≫

 でも、会長がそう言うなら――会長が、僕に全てを継承させると、そう覚悟を決めたのなら。僕は、それに対する覚悟をしなければならない。そうでしょう。

≪ふぉっふぉっふぉ、それでこそ、じゃ! ゆくぞ!≫

 はい!

≪ふぉおおおあああああっ! イージユデーンの渾身の拳、受けてみよ!≫

 ぐっ……!? な、全然、痛くない……まさか。

≪ふぉっふぉっふぉ……この老体では、これが精いっぱいじゃなあ……≫

 まさか! 溢れんばかりの怒りで僕たちに炎を見せていたというのに、そんなことがありますか!

≪ふぉっふぉっふぉ、そりゃあ、見間違いじゃろうて……≫

「なっ、ちょっ、お爺ちゃんの体が……少しずつ透明に……!?

≪今の拳で儂の全ては儂から去った……こうなるのも道理じゃ……≫

 ……会長、今までお疲れさまでした。あとのことは、任せてください。

≪ふぉっふぉ、強い瞳じゃ、その分なら、任せられそうじゃなあ……うぐっ≫

 ……か、会長!?

≪だ、駄目じゃ、何か口から出るっ……ごふっ≫

 おっと……これは、卵……?

≪お主に全て渡した後じゃからな……そりゃあ、何の変哲もない、普通の卵じゃろうて……≫

 確かに、異次元のタマゴ特有の、殻のくすみがありませんね……。

「え、イジタマの殻ってくすんでるの……?」

≪ふぉっふぉっふぉ、そんなことまで知っておるとは……お主、本物じゃな……≫

 ありがとうございます。

≪叶うならば……イジユデが作れる者に会いたかったが……こんな有望な若造に会えた……もうよい……満足じゃあ、儂は……≫

「あっ、体が……」

 ……。

「……」

 なあ。

「おう?」

 この卵、持っててくれねえか?

「え?」

 この卵持ってるままじゃあ、両目の涙が拭えねえからよ……!

「あ、ああ……」

 両手でしっかり持てよ、あの人が……最後に俺たちにくれたもんだ。

「あ、ああ……うん?」

 くっそ……あーあ、涙が止まってくれねえ……!

「……なんだよ、そりゃあ……笑えねえな」

 ……なんだ、どうしたんだよ。

「無理に涙拭いながら喋らなくても……今はさ」

 んなこと言っても、突然笑えねえとか言われたら、気になるだろ。

「まあ、それもそうか。……ほいっと」

 ……? なんだよ、さっきの卵じゃ――って、これは……!

「そこからは何も語るな。俺だって、今知ったんだ。卵を両手で持つ機会なんて、そうそうないからな」

 ……まあ、そうだな。日常生活じゃあ、そんなことしねえか。

「全く……あーあ、これじゃあ俺が悪人みたいじゃねえか……」

 そんなことねえさ。しっかし、自分の手でそれが生み出せるなんてお前、俺より異次元極まってんじゃねえの?

「ふっ……違いないな」

 なあ、見えてるか、会長……ったくあんた、もったいないことしてるよ、本当に。

「そんな涙ぐしゃぐしゃで何を言ってるんだか。それよりいいのか、今は一応営業中だろう?」

 ……ああ、そうだったな。じゃあ、ホールは任せた。俺は、厨房に戻ってるからよ。

「おうよ。いらっしゃいませ……あ、遊園地の受付の方ですよね、お久しぶりです――」


 なあ、見てたか、会長。あんたが会いたがってた異次元は、ここにいたんだぜ!


【完】

2018年度千葉大学文藝部部誌『憧憬』所収

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