フリースの子守唄
「……真実?」
なんの事かと言わんばかりに呟いて見せるショウキ。しかしわざとらしいそれが、クランドに話の先を促しているのは明らかだった。
反論もないようだしと、クランドは左手で練習譜を弾きながら話始める。
「宮藤先生の自殺……と世間では言われていますが、警察の見解は他殺です」
「そういえばクランドくんも最初から他殺だと言ってたね。一応現場は僕も見たけど、一見すればあれは自殺だった。何か根拠とかあるのかい?」
「はい。むしろあれは他殺にしか見えないレベルです」
まったく逆の断言をされて、ショウキは目を丸くした。そんなショウキを置いて、クランドは説明を続ける。
「まず一目で気になったのは、漏れた尿が足先に垂れていなかったこと。首を吊って失禁したのなら、当然尿は足をつたってから床にたれるはずです。
にも拘らず、尿は股間や尻の周辺だけを濡らしていた」
「……そういえばそうね。私も先生の足が濡れてたのは見てないわ」
「つまり宮藤先生が失禁したのは、床に座るか倒れこんだ状態だった可能性が高い。座った状態で首を吊る方法もありますが、その場合はドアノブなどを使います。部屋のど真中では無理です」
クランドの言葉に、皆なるほどと頷く。
それを確認すると、クランドは再び言葉を紡ぎ出す。
「またもう一つの理由として、首をぐるりと囲うように絞め痕がついていたこと」
「え? そりゃ首絞まってんだがら、自殺でも他殺でも痕は残るんじゃない?」
「少なくとも首吊りならああいう痕にはなりません。首を吊るとしたら、一番力が加わるのはどこですか?」
「そりゃ重力に逆らいでもしなけりゃ喉に……」
そこまで言って、ユイはクランドの言いたいことに気付いて手を打つ。
「ああ! 首吊りなら絞まるのは喉で、首の後ろには力がかからないんだ」
「Appunto. 以上の事から、宮藤先生は首吊り自殺ではなく、座った状態で何者かに首を絞められた可能性が高いというわけです」
よくできましたとばかりに、クランドはピアノを弾く。
「ここまでは俺でも気付きましたから、警察も当然掴んでいます。では次、他殺ならば誰が宮藤先生を殺したのか」
クランドの言葉に、その場に緊張が走った。
誰かが殺した。改めてそう言われて、宮藤セイジという人の死の意味が変化したと言っていい。
「俺は真っ先に息子である宮藤さんに話を聞きましたが、宮藤先生に恨みがある人物として、関屋教授と神崎さんと深山先生の名前が出てきました」
「ほほう」
「何だって?」
「……」
クランドの暴露に、関屋教授は愉快そうに、ユイは怒り心頭といった様子で、ユウリは無言でショウキへと視線を向けた。
「ちょっ、だって仕方なくないかい!? 父さんに恨みがある人間なんて、咄嗟に浮かばないよ?」
「まあそれはそうかもしれないけど……」
「そもそも何で宮藤先生は殺されたわけ?」
ショウキが言い訳をするのを聞いて、当然浮かぶべき疑問が浮上する。
すると音楽教師が生徒の注目を集めるように、クランドがジャンとピアノを弾く。
「警察が第一に疑ったのは物取り。現場には宮藤先生直筆の楽譜が散乱していましたが、その幾つかが無くなっていました。その中には未発表の作品もあったと思われます」
「じゃあ犯人は同業者?」
「だとしたら、盗んだ楽譜をどうしますか?」
「自分の作品として……は無理ね。作曲にだって癖や特徴は出るわ。分かる人には分かるかもしれない」
「いえ、それがそうでもありません」
「え?」
あっさりと否定したクランドに、ユウリは呆気にとられる。
そんなユウリを脇目に、クランドは静かにピアノを弾き始める。
「フリースの子守唄を知っていますか」
「……なるほど。私が知らないと思う?」
何やら納得し、不適に笑うユウリ。それにクランドは「さすがモーツァルト」と笑う。
「二人で納得すんな。フリースって何?」
「医者よ。確かモーツァルトが死んだ翌年に自殺したんだったかしら」
「医者がモーツァルトにどう関係すんの?」
「モーツァルトの子守唄があるでしょう。その作曲者がフリースなのよ」
ユウリの言葉にユイは首をかしげたが、関屋教授とショウキは知っていたのか苦笑している。
「……モーツァルトがフリースから盗作?」
「いいえ。確か子守唄が発表されたときには、モーツァルトもフリースも亡くなっていたはずよ。遺族が手違いで発表してしまったと言われてるわね」
「そして近年になるまで、子守唄はモーツァルトの作品とされてきた。最近は作曲フリースと注釈が入ってるがね」
説明を引き継いだ関屋教授に、ユイはホウホウと頷く。
しかし何かに気付いたのか「ん?」と声を漏らす。
「近年までって、誰もモーツァルトの作品じゃないって思わなかったわけ?」
「疑う人は居たでしょうけど、明確な証拠が出るまではモーツァルト作曲のままだったわね」
「……つまり多少不自然でも、証拠が無けりゃ盗作はバレないって?」
「作風が似てたら尚更疑われないでしょうね」
子守唄を弾き終えて、クランドは鍵盤から手を離した。
そしてゆっくりと、ある人物に視線を向ける。
「そう思いませんか。宮藤ショウキさん?」
その視線を受けて、ショウキは見慣れた笑顔を浮かべた。




