固く手を握りしめ
集まってきた学生たちを締め出し、クランドは一人宮藤セイジの部屋を調べていた。
こんなのは警察の仕事だと、普段のクランドならば言うだろう。しかし死んでいるのはクランドの知人であり、何より腑に落ちない違和感がある。
故にクランドは余計なことをしていると自覚しながらも、宮藤セイジの遺体や室内を調べ始めた。
「……」
まず気になったのは、はたしてこれは自殺なのかということ。
倒れた椅子や遺体の位置、ロープの状態からして、首吊りをしたあとに何らかの要因でロープが外れたのだと見えなくもない。
しかしそれにしては、やはり違和感があるのだ。それが何なのか、クランドは直感ではなく論理で突き止めようとする。
「……深海くん」
「深山先生? 大丈夫ですか?」
クランドがセイジの遺体に注目している間に、どうにか立ち直ったらしいユウリが室内に入ってきていた。
顔色は悪く、セイジの遺体を見ようとしない様子から本調子でないのは明らかだが、少なくとも恐慌に陥ったりはしていないようなのでクランドも安心する。
「これ、遺書みたいだけど」
「遺書?」
ユウリが示したのは、部屋の隅に置かれたパソコン。入ったときにはスリープ状態になっていたそれには、確かに遺書らしき文面が綴られていた。
「――私は許されない罪を犯した。現在私が作曲したとされている作品の一部は、私ではなく前途有望な若者によって作られたものであり、私は彼らの未来を食い物にして自身の安寧を計ってきた?」
「だから自殺を……ってことかしら」
「……これだけではなんとも」
そもそも、これが遺書だとしても、自筆で無い時点で信憑性はかなり下がる。
誰かが自殺を偽装した。クランドにはそう思えてならなかった。
「あの、こういうときってあまり現場で動かないほうが良いんじゃないかしら?」
「証拠を潰すような真似はしませんよ。父や知り合いから、そういったことは叩き込まれています」
心配そうなユウリにそう返したが、今クランドがやっていることは褒められたものではない。
自重しろと、ヒメの件で父に言われたばかりなのだ。しかしそれでも、眼前のそれを放置することはクランドにはできなかった。
「……楽譜は手書きばかりか」
「多分先生の作品ね。いつもは机の上の棚に入れてあるんだけど」
言われて見れば、確かに机の上に置かれた鉄製の棚が開いていた。
鍵がかかるようになっているタイプで、中にはまだ数枚の楽譜が残っている。
「……あとは遺体か」
ハンカチで手を覆い、慎重にセイジの首にからまったロープを緩める。
首をぐるりと囲うように、ロープで絞められた痕が残っていた。
排泄物に汚れたズボンを調べる。
股間と尻の周辺だけが、漏れた尿で濡れていた。
「あら?」
「どうしました?」
突然声をあげたユウリに、クランドは聞き返す。
「いえ……大したことじゃないのだけど」
「何が手がかりになるか分かりません。不自然なことがあるなら教えてください」
「えっと、本当に大したことじゃないのよ? 右手の爪が、深爪してるみたいだから」
「深爪?」
言われてみれば、確かにセイジの右手の爪だけが短くなっていた。
ピアノを弾く人間が爪を短くするのは当然だ。しかしセイジの右手のそれは、肉が見えるぎりぎりまで深く切られている。
「これは……もしかすると」
一連の情報から結論に至ると、クランドは携帯電話を取り出し滅多に連絡しない知人をコールする。
「……二宮さん」
「もしもし。どうしたんだいクランドくん? 今日は珍しく仕事が無くてね、課長に誘われて飲みに行くつもりなんだけど……」
「申し訳ありませんが仕事ができました。一課の方で動ける人は居ますか?」
クランドの言葉に二宮は言葉を失ったようだった。そして何やらごそごそとやっている音が聞こえてくると、次に聞こえたのは二宮のものではない、聞きなれた低く威圧感のある声だった。
「殺しか?」
短い言葉の主は、クランドの父であるドウゲンのものだった。
その圧力に若干引きながらも、クランドははっきりと断言する。
「一見自殺に見えますが、自殺にしては不自然な点が多く、殺人であれば納得できる証拠がそろっています」
「……場所と被害者は?」
「城東町の音楽大学。被害者は同大学教授の宮藤セイジ。現場は同氏の部屋のため、集まった野次馬は締め出しています」
「了解。……クランド」
「……はい」
名を呼ばれ、クランドはしばし間を置いて応える。
「現場の保全を頼む。……くれぐれも余計なことはするな」
「……はい」
圧力に負けそう返したものの、クランドはこのまま引き下がるつもりは無かった。
目の前で起こったこの惨劇を、放置することなどできるはずがなかった。
「……覚悟しろ。絶対に追い詰める」
聞こえていないと承知しながら、クランドは犯人に向けて宣言した。




