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不幸なのはあなたではありません

「本当に不思議な子ね、深海くんって」


 セイジとの話を終えた後。クランドはユウリに案内されて、学内にあるカフェへと連れてこられていた。

 一部オープンテラスとなっているカフェは、雰囲気も良く出されたコーヒーの味も中々良かった。今日は休日ということもあり、利用者は少ないが、平日ならばさぞ繁盛していることだろう。


「不思議……ですか?」

「あの宮藤先生と面識があるんですもの。やっぱり神童……の割にはまだまだ無名みたいだし、知られざる天才ってところかしら」

「……そんな大層なもんじゃないです」


 ユウリの言葉を否定するクランド。しかしそれは真実とは言えないだろう。


『月影シオンの息子』

 そう名乗れば、だれもが「ああ、あの」と納得する。今はまだ『月影シオンの息子』と『深海クランド』が同一人物であると知られていないだけであり、きっかけがあればすぐにでも知れ渡るだろう。


「それで、やっぱり弟子入りしたの?」

「ええ……まあ」


 何故か目を輝かせて聞くユウリに、クランドは若干引きながら答えた。


「宮藤先生もお忙しいので、時間が取れた時だけですが」

「十分じゃない! この大学にだって、貴方のスキルと宮藤先生の推薦が合わされば、入学は決まったようなものだわ」


 我が事のように喜んで見せるユウリに、クランドは感謝しつつも違和感を覚えていた。出会って間もない相手に、これほど感情移入できるものだろうかと。

 嘘ではない。だが確かに、ユウリの言動は些細なズレ――無理をしている様に見える。


 他人に全てをさらけ出す人間などいないし、当たり前と言えば当たり前なのだが、なまじユウリが本気だと分かる故に、その小さな違和感が異常に見えてしまう。

 もっとも、そんなことに気付けるのは、クランドの感受性が強いが故であり、ほとんど人は気にもしないだろうが。


「おや、本当に居たのか深山さん」


 不意にかけられた声。それに目を向ければ、背の高い優男が一人、ユウリに向かって手をあげていた。


「……宮藤くん」


『おや?』とクランドは首をかしげた。

 宮藤と呼ばれた男のこともあるが、何より気になるのはそれを口にしたユウリの嫌そうな顔。

 こんなにあからさまに嫌悪を示すとは、よほど仲が悪いのか。しかし男の方はユウリの様子を気にした風もなく、にこやかに用件を告げる。


「関屋教授が探していたよ。学内に居るなら顔を出して欲しいってね」

「関屋教授が?」

「教育実習について話を聴きたいんじゃないかな」

「……チッ」

(……舌打ちした!?)


 先程までとは別人と言って良いユウリの有り様に、クランドはうすら寒い思いをしていた。

 いったい何をやらかせば、彼女にこれほど嫌われることが可能なのだろうか。


「深海くん、用事ができたから離れるわね。……くれぐれも、そこの七光り馬鹿に関わらないでちょうだい」

「……」


 完全に軽蔑の視線を向けるユウリと、にこやかに流す男。

 どうやらユウリが一方的に嫌っているだけらしい。だからと言って、ああまで言われて笑っている男もおかしいが。


「君が深海くんかな。僕は宮藤ショウキ。君がさっき会った宮藤セイジの息子だよ」

「……深海クランドです」

「それで、君は深山さんのツバメかな?」


 そして予想通り、ショウキはかなり非常識な(おかしい)男だった。


「……飼われた覚えはありませんし、深山先生も飼う気はないでしょう」

「そうかい? その割には仲睦まじいようで妬けたけどね。僕なんか一年前にフラれて以来、ずっと邪険にされていてね」


 それはアンタの性格のせいじゃないかと、クランドは言いかけて飲み込んだ。

 まだ話はじめて一分もたっていないが、この男、そこはかとなくうざい。

 ユウリも馴れ馴れしかったが、ショウキは同じようでいて空気が読めないタイプだ。

 空気が読めない上に馴れ馴れしい。初対面の相手に高い壁を築くクランドにとって、ある意味もっとも関わりあいたくないタイプだ。


「それに七光りも大変なんだよ? 僕は同年代の中じゃトップに近いと自負してるんだけどね、宮藤セイジの息子ならぶっちぎりじゃないと期待外れみたいな反応をされるんだよ」

「それは大変ですね」

「そうなんだよ! いやー、分かってくれるかい」


 そして会話開始から三分。クランドは会話に応じたことさえ後悔していた。

 当たり障りの無い回答すら、ポジティブに脳内変換して勝手に距離をつめてくる。

 うざい。果てしなくうざい。ユウリのあのあからさまな態度は、あからさまでないとショウキに嫌悪感が伝わらないからだったのだろう。


 クランドはユウリを苦手だと思っていたが、それは間違いだった。

 今日出会った二人ユイとショウキに比べれば、ユウリは非の打ち所の無い常識人だ。


 モーツァルトさん生意気な態度とってごめんなさいと、ベートーベンは心の中で土下座する。


「君には是非とも僕の演奏を聞いてほしいよ。七光りも使いようで、今度演奏会を開くことになっていてね……」


 そして何故かショウキの演奏会に出席することになったクランド。

 ユウリが戻ってくるまで小一時間、そのままショウキのうざい言動に耐えるのだった。

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