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俺の尻をなめろ

 クランドが自称モーツァルトと出会った翌日。全校朝礼で教育実習生となる五人ほどの人間が紹介され、予想通りと言うべきか、その中にはモーツァルトな女性もいた。

 しかも何の因果か、担当するのはクランドの二年C組。


「名前は深山ユウリ。教科は音楽を担当します。苦手な教科なんて無いから、他の教科についてもどんどん聞いてちょうだい」


 そう自己紹介しながら教室を見渡すと、クランドに視線を止めて笑みを作るユウリ。

 どうやら完全に目をつけられたらしい。

『大人な女』の教育実習生にわきたつ一部男子生徒を尻目に、面倒なことになりそうだとクランドは内心でため息をついた。



「何で音楽の授業に出てないの?」


 昼休み。いつも通りに昼食をとろうとしていたら、いつの間にか人の机に小さな弁当箱を広げていたユウリが、拗ねたように言った。

 普段クランドは一人で昼食を取る。たまにアキが勝手に机をひっつけてくるが、ヒメにはそこまでの積極性はなく、結果一人になることが多い。

 元々おしゃべりをしながらものを食べるというのがクランドは苦手だ。故にヒメすら誘わずのぼっち飯だったのだが、ここにきてまさかの乱入者。


 さすがモーツァルト。空気が読めない。

 そうクランドが言えば、ユウリは「さすがベートーベン。偏屈ね」と返すだろうが。


「……俺の選択科目は書道です」

「何て時間の無駄遣い。音楽の神様が泣いてるわ」

「その前に書道の神様に謝れ」


 いくらなんでも「時間の無駄遣い」は無いだろうとクランドは言う。

 しかしユウリはユウリなりに言い分があるらしく、ウインナーの刺さったフォークをビシッとクランドに向けてくる。


「無駄よ! ピアニストだからってピアノだけ弾いてれば良いってものじゃないの。高校レベルの音楽の授業で、得られるものはあるわ。

 そもそも貴方ほどのピアノ弾きが、こんな学校にいるのが無駄なの!」

「初日からクビになる気ですか?」


 世話になっている学校に喧嘩を売るユウリに、クランドは呆れながらつっこんだ。

 教育実習生がクビになることは無いだろうが、間違いなく評価は下がるだろう。


「あの、深海くんってそんな凄いんですか?」


 合間を見て、アキが恐る恐るといった風情でユウリに聞く。

 するとユウリは「よく聞いてくれた」とばからに。握り拳で説明を始める。


「曲を弾かなくても分かる。鍵盤を一度叩いただけで違うと分かる澄んだ音色。高校生とは思えない。神童がただの人にならずに順調に成長してるみたいな子よ」

「……深海くん何で音楽学校行かなかったの?」

「そう、正にそれ!」


 アキの疑問に、味方を得たとばかりに盛り上がるユウリ。それを見て、クランドはユウリを侮っていたと思いしる。

 このモーツァルト様は、教育実習が終わっても間違いなく音楽教師などでは終わらない。音楽と共に生き音楽と共に死ぬ、骨の髄まで音楽家だ。

 故に、優れた資質を持ちながら遠回りをしているクランドが許せないのだろう。クランドからすれば大きなお世話だが。


「まさか大学も普通のところに行くつもりじゃないでしょうね?」

「……音大に行きます」

「……貴方は正義ある決断を下したわ。『はい』と言っていたら、貴方がピアノを弾いてる時に、うっかり蓋を思いっきり閉めてた」


 危うくクランドはピアニスト生命を絶たれるところだったらしい。

 胡乱な目を向けるクランドに、しかしユウリは見惚れるような笑顔で対抗する。


「あ、何ならうちの大学来る? ピアノなら半ば伝説になってる先生もいるわよ」

「……気が向いたら」


 一刻も早くこの場を終わらせたくて、クランドはつれない返事をする。

 先程からヒメがジト目を向けている。長い前髪で目など見えないが、クランドは確信していた。


 もっともそれはクランドの自意識過剰とも言える勘違いであり、ヒメは「深山先生素敵だなー」と暢気に考えているだけだったりする。

 元よりクランドと恋仲になれるはずがないと思っているヒメだ。ヤキモチを焼いたり嫉妬する発想自体が無いのかもしれない。


「本当に凄い人なのよ? 宮藤セイジっていって……」

「……宮藤セイジ?」


 聞き覚えのある名に、クランドはその日初めてまともにユウリへと視線を向けた。


「その人と会えますか?」

「あら、思わぬ食い付き。少し待って、アポをとるから」


 急に態度を変えたクランドに、ユウリは驚いた様子を見せながらも快諾した。

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