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小さい決意の事

「引き攣れる場所はない ? あったら言って頂戴 ? 」

「あ、はい。大丈夫です」

「貴方、もう少し手入れは小まめにした方が良いわね。せっかく黒々とした良い髪なんだから」

「・・・・・ははっ」


梳る手を止めずに女髪結いが小言を言うと、横で聞いていたおトメが手入用の油はアレが良い、コレが良いと細々教えてくれる。

右と左の両方から女の心得を教えられ、その機関銃の如き勢いに思わず後退。江戸の女の人のお洒落に対する拘りはかなり熱く留まる所を知らない様だ。

女子力の低い私は、はっきり言ってついて行けない。


「さぁ、出来た。コレで完成よ」

「有難う御座いました」


これで(見た目は)何処にでも居る町娘。

少し迷ったけど結局おトメの勧めに乗って髪を結う事にした。

江戸の町に溶け込み生活をするのなら本当はもっと速くするべきだったのだけれど私は中々それに踏み出すことが出来ないでいた。


向こうから持って来た私物を人目につかないように鍵を掛け仕舞い込み、其れまで日常的に使っていた言葉が出そうになるたび口を噤む。

そうする事で向こうを隠し、此方に溶け込む。


自由な様でいて実は細かく役人に管理されている江戸の町で誰にも怪しまれずに生きて行くにはそれは必要なこと。

自分のため。

それは分かっているけれど、どうしても踏み出しきれない最後の一歩。

一つづつ隠すたびに、ここに来るまでの自分を棄てて行く様で恐かった。

家に帰る事を諦める様で恐かった。

大切なものとの繋がりを断ち切る様で恐かった。


でも今は違う。

私はここで生きていくと決めた。諦める訳ではなく棄てる訳でもなく、それは此処この場所に欲しいものを見つけたから。最後の砦を取り外し髪を結う。


些細な行動だけど私には大きな決意。その気持ちの現れを形で示そうと思った訳だ。

此処まで来たら、とことんなってやろうじゃないか。

江戸の人間に――――。




――――と、言うわけ。で、


「どうでしょう ? 新しい私」


我が家に戻り仕事をしていた普一の前でぐるりと回り進化した私を見せ付けた。

髪結い屋とおトメにはかなり好評で普一に見せれば惚れ直されること間違いなしと太鼓判を押された。(*今現在、惚れられている事実はない)

お世辞でも新しい髪形を褒められると嬉しくて心が弾む。どうだ ? 惚れてもいいんだぞ ? と腰に手をあて胸を張る。

つい、その気になって調子付くのは単純な私の欠点。


「・・・・・・・・・」


無言、無表情がトレードマークの彼におトメが予測した言動は期待していなかった・・・・が、多少何かしらのアクションが有っても良いと思うんだけど、小さな金属に専用の細いノミで彫金をしていた手を止め私を見る目は相変わらずの無表情。

土間で腰に手をあてポーズを取る私はまるで滑った漫才師の様だ。


繊細なガラスのハートが壊れる前に、つっ込みを下さい。そんな私の切な願いも空しく彼の沈黙は長く続いた。

このまま、つっ込みが入らない場合どうやってオチを付けたらいいのか ? もう一度ボケればいいのか ? 私が馬鹿なことを考え始めた頃、普一が手に持っていたノミを置き汚れた手を近くにあった手拭いで拭う。


「・・・・・・いいのか ? 」

「 ? 」

「あんた本当は髪を結うのは嫌なんだろう。髪形位なら何とでも誤魔化せる。無理はするな」


光彩すら確認出来ない程真っ黒な目で私を見詰める。いや、見詰めると言うより見据えると言った方が正しいだろうか。余す所なく私の全てを射抜き、読み取ろうとしている。何とも力強い視線だ。


私は彼に今まで髪を結わなかった理由を話してはいない。でも今の台詞の感じだと大体の事情は伝わっているらしかった。この人は私と違ってとても鋭いから単純な私の考えなど予想するのは簡単だったのかも知れない。


「無理はしていませんよ。自分で決めた事です。単純は単純なりに考えてんですよ。良いんです。それよりどうです ? この頭 ? 」


絶対に何か一言、ウンでもスンでもいいから言わせてやろうとポーズを取ってクネる私を土間に一人残し、彼は無言のまま部屋へ上がって行ってしまった。


――――はぁ・・・。ま、こういう人だって分かっていたけどね。


髪結いとおトメに乗せられて、その気になっていた自分が恥ずかしくなり意味も無く外に視線を逃し家の前の地面に付いた轍(わだち)の跡を目でなぞる。


「 ? 」


何の変哲も無いただの轍だが我が家の前で止まり折り返した跡に見える。そしてそれが妙に新しい。土が削られた場所が未だ乾き切っていない。

普一が大八車でも使ったのだろうか ? あぁ、仕事で使う資材でも買い求めたのかもしれないなと思い視線を室内に戻すと、直ぐ傍に部屋に上がった筈の本人が居て何かを私に向かって差し出した。







長くなったので半分にしました。残りは早々に更新します。

気が付いたら40話です。最初から読んで下さっている方、有難う御座います。そして、この小説的なモノはノンベンダラーリと続いていきます。でもそろそろ何か事件が欲しい。

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