第2話:まずは身内でPvP
──クレイドルオンラインでは買い物をするにもタレントが関わってくる。
【商売上手】や【口八丁】などの交渉系タレントを持たないプレイヤーは、本来の物価よりも遥かに割高な価格で商品を買わなくてはならない。
商売に特化したプレイヤーと、その他一般プレイヤーでは、総資産額に数倍から数十倍の格差があると言われている。
「ハッキリ言ってこのゲームの買い物はクソだな」
ロングコートの軍服を纏った指揮官ジョブのプレイヤー“アイン”は武器屋の前でアイテムスロットをゴチャゴチャと弄くり回している。
手持ちのアイテムの中で、売却に出せそうなものを選別しているのだ。
もちろん交渉技能を持たない彼は、全てのアイテムをNPCに安値で買い叩かれている。
「NPCの店を利用するにしても、他プレイヤーとトレードするにしても、交渉技能や鑑定技能が無いってだけでこんな鮫トレを強いられるとか理不尽だろ」※鮫トレ:片方だけが著しく損をする取引のこと。
「文句あるなら交渉系のタレントでも取ったら?」
長々と買い物に付き合わされて焦れた様子で、白いフード付きマントと黒ビキニに浅いショートパンツを装備した少女が、フワフワとしたクセっ毛の金髪を指先で弄り回し、厚底のブーツでコツコツと床を蹴っている。
彼女はアインと同じギルド「マイン・マイナー」のメンバーである“フィーナ”だ。
「鑑定なんか取ったらビルドが歪むだろ。そもそも俺はもう上限まで才能値を使い切ってるし」
「課金すれば振り直せるじゃん。キミのタレント構成ってマジでオワッてるし、今のうちに変えた方が良いんじゃない?」
「……お前このギルドの加入条件、覚えてるよな?」
アインは自分のプレイヤーネームの隣を指さす。そこにはギルド『マイン・マイナー』所属であるマークが鈍い輝きを放っている。
「最近入ったから覚えてるよ。“マイナー構成にこだわってる地雷プレイヤーである事”だっけ?」
「言い方は悪いけどその通りだ。こんなギルドに所属してる人間は、よっぽどの事がないとポリシーを曲げたりしないからな。というかお前も同じギルド所属なんだから地雷プレイヤーの気持ちが分かるだろ」
「いや……ボクはアインと同じギルドに入りたかっただけだし。あとボクのタレントはちゃんと実戦向きだよ? キミのと違って」
フィーナは自信ありげに腰からロングソードを抜いて見せびらかす。
あれは最近入手したレア武器のようだ。使いたくてうずうずしているらしい。
「……そこまで言うなら勝負するか? 俺とお前で。そういや戦ったこと無かっただろ」
「いいの? お互いに手の内バレてるのに。特にキミの戦法、初見の相手にしか通用しないじゃん」
「初見殺しが通用しないからこそ構成の底力が分かるんだろ、やろうぜ」
──【アイン】から【フィーナ】に決闘申請が届きました。
「ちゃんとした形式でPvPするのは初めてだね。いつもはPK勢と遭遇戦ばっかりしてるから……はい承認っと」
──決闘成立。5秒後に闘技場へ転送されます。
周囲の光景が、寂れた路地裏の商店から石造りの大仰なコロシアムに変化する。
闘技場は、直径100m程度の楕円形になっており、観客席もついている。
なお、今回は個人決闘の設定で観客数を0にしている。もし他プレイヤーに決闘を閲覧されたらビルド構成がバレるからだ。
「わぁ〜、闘技場ってこんなに広いんだ? 障害物がなくて見通しも良いし、これは……ボクらには不利に働くフィールドだね、こんなクソステージじゃ公平な勝負とかできなくない?」
フィーナは腰から抜いた銀色の直剣をブンブンと振り回し、土埃を巻き上げながら不満を垂れる。
「いいからさっさと始めよう。お前と戦うとただでさえ長引くからな」
アインは耳元の通信機をオンにして、懐から旧式の軍用拳銃を取り出す。
そして……。
「ツヴァイ、ドライ、出ろ」
アインが通信機に指示を吹き込むと、その両脇に、軍服に似た膝丈スカートのシックな衣装を着た、黒い長髪の少女と白い短髪の少女が転送されてくる。
2人はそれぞれ黒と白に塗られた歩兵小銃を携行しており、未だ射程距離外にいるフィーナへ向けて銃口を突きつけた。
「でた〜! ツヴァイちゃんとドライちゃん。ボクがキャラメイク手伝ってあげてから随分と美人になったよね。どうアイン? 可愛がってあげてる?」
「こいつらはNPCだぞ。可愛がるも何もないだろ。ツヴァイ、ドライ、左右に展開しろ。あいつを包囲して一気に潰すぞ」
「冷たぁ〜……。分かってると思うけど、このゲームのNPCって世界最高のAIが動かしてるから、ほとんど人間と変わらない思考と感情表現をするんだよ? ご主人様に道具扱いされたら悲しいと思うな〜」
未だ初期位置から一歩も動かず、余裕ぶった態度でお喋りを続けるフィーナを、迅速に囲んでいくツヴァイとドライ。
彼女たちは自立思考し、戦闘を補助してくれるNPC従者だ。プレイヤーと同じように装備品を身に付けることが出来る上、決闘にも参加させることができる。
もちろんこんなズルすぎる従者を無条件で運用できるわけはなく、アインは彼女らを愛用するためにこのゲームで“最も重いコスト”を支払っている。
それは当然、才能値だ。
本来、プレイヤー自身を強化するために消費する才能値だが、彼はそれを全て注ぎ込んで『永続的な味方NPCの獲得』という能力を得ている。
タレント【一番弟子】(コスト45)
味方NPC“弟子”を1人だけ自由に作成できる。非常に習得コストが重い。
タレント【二番弟子】(コスト55)
味方NPC“弟子”を追加でもう1人持てるようになる。異常に習得コストが重い。
才能値の上限は100まで。つまりアインはこの2人のNPCを使役できる代わりに、本人は何の能力も持たない無能と化している。
全ての能力がタレントで決まるこのゲームにおいて、それはとんでもない足枷だ。
アインは魔法もろくに使えなければ、武器も満足に扱えず、その他ゲームを便利にするあらゆる機能に制限が掛かっている状態だ。
「弟子って、本来は師匠の持ってる能力の一部を伝授できるんだよね? キミが無能力だから弟子まで無能力で戦ってるの、不憫に思うなぁ〜」
「剣も魔法も使えなくて構わない。このゲームには銃があるんだからな。本人のステータスに関係なくダメージを出せる武器があるなら、他の能力なんて必要ないだろ。──射程に入ったな。弟子共、そのまま撃ち殺せ」
「「了解」」
ガガンッ! 重厚な音を立てて弾丸が発射される。ゲームバランスを考慮してギリギリ人間が視認できる程度に減速された弾道は、完璧にフィーナの頭部と心臓を捉え、左右からのクロスファイアにより回避を許さず直撃させた。
緑色の体力バーがガゴッと派手に削られ、真っ赤に染まる。
残るHPはせいぜい1割、軽く小突けば死ぬ体力だが……アインの表情は暗い。
「クソッ……! あいつめ、初撃じゃギリギリ死なないことを計算してたな? これだから身内戦は……」
「あはは! ボクの能力を知ってるんならキミも攻撃に参加すべきだったね! 普段NPCに任せっきりの慎重派だからそうなるんだよ」
喋っているうちに、フィーナのHPが全回復する。
あれは回復魔法だ。フィーナは全ての能力を回復に特化させたゴリゴリの後衛、純ヒーラー職である。
MPが尽きるか、一瞬で即死しない限り、フィーナを殺し切ることは出来ない。
タレント【聖女の誓い】(コスト25)
回復魔法しか習得できなくなるが消費MPが減少し、魔法威力が増加する。
タレント【魔法の才能++++】(コスト50)
MPの総量が増える。習得コストを上乗せすることで効果量が増加する。
オンラインゲームにおいて特化ビルドというものは得てして強い。
本来は膨大な選択肢を選べる自由なゲームで、あえてその選択肢を大幅に狭めるという“縛り”を課すことで、それに相応しいメリットを享受できる。当たり前のシステムだ。
フィーナは回復魔法しか使えない。せっかく才能値を50も注ぎ込んで獲得した超膨大なMPも、使い道は回復だけだ。
それでもヒーラー職というのは貴重である。基本的に誰もが“主人公”をやりたがるオンラインゲームで、あえて後方支援役を選んでくれる人間はまさに聖人だ。
普通なら様々なパーティから声が掛かり、蝶よ花よお姫様よと扱われるだろう。
しかしフィーナはそうならない。多くのプレイヤーから“地雷”と称され敬遠される類いの人間だ。
その理由は、もう一つのタレントにある。
「さて、それじゃあボクも攻撃させて貰おうかな! これでも“近接戦闘”が大得意だからね! 近付いてボコボコにしちゃうよ〜!」
タレント【突撃する凡夫】(コスト20)
習得してるスキルや魔法が少ないほど全ての基礎能力値に補正がかかる。走力には更に常時ボーナスが入る。
……さきほど、フィーナは回復魔法しか使えないと言った。それは半分間違いだ。
正確にはフィーナは、回復魔法の中でも『自身のHPのみを回復する初級魔法』しか使えない。他の魔法は習得していない。
状態異常を治す魔法も、複数人を回復する範囲魔法も、蘇生魔法も、その他ありとあらゆる補助魔法を使えない。
フィーナのMPは『自分一人のHPを回復する』ことだけに使われる。
回復魔法しか使えなくなる縛りと、スキルを1つしか習得しない縛り、それらを組み合わせることで、フィーナは『不死身の前衛職』へと変貌した。
ちなみに、回復魔法を使いながら前衛役をやりたいのであれば、もっと向いているジョブがいくらでもある。
聖騎士系のジョブを選択すればフィーナと同じ戦法が誰でも可能だが……彼女はわざわざ“後衛魔法職”の姿で前衛役をすることにこだわる。
理由は単純。“ヒーラーの方が装備できる衣装が可愛いから”だ。地雷プレイヤーめ。
「あの着せ替え中毒のぶりっ子バカを止めろ! 近付かれたら俺たちじゃ勝てないぞ!」
「分かっています」「マスターは退避を!」
ツヴァイとドライが背後から次々と銃弾を浴びせるが、フィーナは振り返りもせず、全ての攻撃を肉で受ける。受けた傍から回復魔法を連打して全快。
凄まじい勢いで増減するHP、赤から緑へ、緑から赤へ、チカチカと点滅して目に悪い。
「足速すぎだろ! こっちくるな変態っ!」
バスバスッ! アインの握った旧式拳銃が連射され、フィーナに無視できない量のダメージが入る。
「今だ! トドメ刺せ!」
「「了解!」」
アイン達は3人による一斉射撃で回復しきれない量のダメージを与えようとするが……。
「おっと危ない〜、でもまぁ、ダメージ食らったら一旦立て直せば良いだけだもんね」
フィーナは素早く剣を振り払い、銃弾を何発か弾き飛ばす。
これまで銃弾を無抵抗で食らっていたのは、単に避ける必要が無かったからであり、命が危なくなれば一旦敵を追うのをやめて立て直しに入る。それだけの事だ。
盾も鎧も装備せずに剣一本で戦うフィーナでは、10発ほど撃たれた弾丸のうち2~3発しか防げていないが、即死さえしなければそれでいいのだ。
──そして銃器にはリロードがある。
「撃ち尽くしたね? じゃあ追いかけっこ再開だ」
「誰が付き合うか、こっちの有利でやらせてもらう!」
アインはアイテムスロットから取り出した煙玉で広範囲に煙幕を生成。
NPCと一斉に駆け出して撹乱する。
「うわ、どの足音がアインだか分からなくなった。煙玉って使われると意外としんどいね」
「……ジジッ」
「ザッ」「ザザッ」
声の代わりに三方向から不穏なノイズ音が響く。通信機による相互連携だ。
煙幕の中で敵の位置が分からないのはアインもフィーナも同じだが、アインは味方の位置だけは通信機で常に把握している。
つまりフィーナが一歩でも動けば、足音がした位置を3人で攻撃する腹積もりだ。
仮に一歩も動かなくても、煙幕が晴れた瞬間にフィーナが走るより銃のトリガーを引く方が早い。
「(うーん、これは詰んだかな? しまったなぁ、アインを最初に狙ったのが失敗だった。どうせNPCを1人でも落とせば火力不足で絶望するのは向こうだったのに。アインって保身に走る時だけは行動が早いから、本体を狙っちゃうと手強いんだよね……。あ、そうだ)」
カランカランッ! フィーナが剣を投げ捨てた音が甲高く響き渡る。
「降参降参! ボクの負けだよ〜! いやぁ、スキルが使えない分をアイテムで補うとは、費用は嵩むけど良い戦法だったね」
バンッ! ドガドガッ! ダァンッ! 無言で三方向から銃を掃射される。
闘技場での“降参宣言”は口頭ではなく手動でのメニュー操作によってのみ行われる。ブラフにしてはお粗末な手段だ。
声まで出して位置を知らせて、撃たれたいとしか思えない間抜けだ。
「(……撃たれたいとしか思えない?)」
──アインは無慈悲に引き金を引きながら、後悔する。
フィーナはああ見えて負けず嫌いだ。運次第で勝てる可能性が少しでもあるなら足掻くはずだが……この状況、果たして降参するほど絶望的だろうか?
もし万が一、アイン、ツヴァイ、ドライ達の銃撃が外れたら、まだフィーナにも勝ち目がある。
人間であるアインは勿論、リアルな思考回路を形成されたAIであるツヴァイやドライにもミスがある。煙幕の中では攻撃に失敗することも有り得るのだ。
「攻撃に、失敗……あいつまさか!」
「三人分の銃声、位置、確認したよ。どれがアインかは分からないけど、別に誰から倒したっていいもんね〜!」
──そう、フィーナは剣を捨てると同時に、その音に紛れて姿勢を低くし、地面にへばりついていた。これならほとんどの弾丸を回避することができる。
「リロード早くしろ! 誰でもいいから今すぐ撃て!」
「弾込めに3秒掛かります!」「4秒後に射撃に入ります!」
「遅すぎるっ!」
立ち上がると同時に剣を拾ったフィーナが、当てずっぽうで走り出す。
アインの戦術は3人の戦闘員が安全圏から火力を集中させることで成立している。だから1人でも仲間が倒されれば攻撃力は激減するし、隙も大きくなる。
本来なら全員が同時に弾切れするような雑な戦い方はしないはずだが、中途半端な火力が通用しないフィーナ相手に勝負を焦った。
そして緊急時の弾切れ故に、リロードも焦ってしまった。まずは弾を込めるよりも先に、走って距離を取ることを考えるべきだった。
だからこうして──
「おっラッキー、アイン本体じゃん!」
「足はっっや……ッ!」
──フィーナに追い付かれてしまう。
ザンッッ!!!
フィーナの武器、【残余の霊剣】は所有者の“現在MP量”に応じて切れ味が増加する武器だ。
自分の為だけに使うには膨大すぎるMPの“余り”によって研ぎ澄まされた一撃は、アインのような貧弱なプレイヤーを即死させるには十分すぎる威力だった。
【GAME SET!!】
【勝者:フィーナ】




