冬の氷解⑥
「今度は私と頼む、ヒミカ」
そして、トモっちと入れ替わりにコートに入ったのは、シーコだった。
「うん、よろしくね、シーコ」
ワタシはシーコと竹刀を交える。
どくんっ!
自然と心臓の鼓動が速まる。
強いヒトと戦える――
そのよろこびを噛みしめながら、
「シャアァァァァァッ‼︎」
ワタシは気合いの声を発する。
シーコに小細工は通用しない。
とにかく、少しでも切り崩していくんだ。
「小手ェェェェェッ‼︎」
ワタシは真っ先に切りこんで小手を狙うけど、簡単に薙ぎ払われる。
だけど、それは想定内。ワタシはさらに踏みこんで、今度は面に狙いを定める。
と、見せかけて――
「小手ェェェェェッ‼︎」
ワタシはもう一度小手目がけて竹刀を振り下ろす。
だけど、シーコは釣られるコトも取り乱すコトもなく、難なく捌いてしまう。
そして、両者鍔迫り合いになる。
「……私はやはり、部長として未熟だった」
不意に、シーコが静かに語り出した。
「あの時――夏祭りの時にキミに助力を仰いだ。キミの力がチーム全体の成長を促すと見こんだからだ。たしかに、チームは成長した。だけど、私はキミにすべてを押しつけたまま、私自身は何もしていなかった。キミが苦しんでいるのに、私は何もできなかった。本当に不甲斐ない。父が、<リーダーとしての資質に欠ける>と言っていたのは、たしかだったんだ」
「シーコ……」
ワタシは、ふと思い返す。
『頼む、キミの力を貸して欲しい! 父の期待に応えるために。二中剣道部の向上のために!』
あの時のシーコの言葉――
今にして思えば、それがすべてのはじまりだったような気がする。
これまで宙ぶらりんの状態で、何もかもをあきらめて冷めきってしまっていたワタシのハートに火をつけてくれた言葉。
それがあったから、ワタシは<団体戦で優勝する>という目標に向かって一生懸命になれたんだ。
「昨日の大会で、私達は実力をまったく発揮できないまま敗退してしまった。それはひとえに、チーム全員の心がバラバラになってしまっているからだ、と思い知らされて、私はやっと気づいた。団体戦で優勝するためにはキミだけじゃない、ここにいる全員の力が必要なのだ、と。だから私は大会の後にみんなに伝えたんだ。団体戦で優勝したい。四中に勝ちたい。そのために、みんなの力を貸して欲しい、と」
これまで、団体戦優勝の目標はある意味でワタシとシーコだけの秘め事みたいなものだった。ワタシはワタシで、自分の力でチームを引っ張るんだ、っていう自負があったし、シーコはシーコできっとプライド的なものがあったからこれまで他のメンバーにはそのコトを話してこなかったんだと思う。
「みんなも、その目標に賛同してくれた。力を貸す、と言ってくれた。だけど、みんな共通して思っていたコトがある」
シーコはここでひとつ大きく息を吸いこむと、
「ヒミカ! やっぱりキミの力が必要なんだ! もう一度戻って来て欲しい! 私と……私たちと一緒に剣道をやって欲しい‼︎」
感情むき出しの声で叫ぶのだった。
「シーコ……」
またしても、心が大きく揺さぶられる。
ワタシはこんなにも求められていたのか、と感激すると同時に、それを裏切ってしまった申し訳なさに胸が痛む。
「……ありがとう、シーコ。ありがとう、みんな」
また、剣道ができる――
また、あのドキドキが楽しめる――
そのよろこびを噛みしめながら、ワタシはシーコに全力で立ち向かう。
「胴ォォォォォッ‼︎」
ワタシは後ろ退きながら胴打ちを放ち、間合いを取る。
再び竹刀を構え直し、膠着状態になる。
ワタシはひとつ深呼吸を入れて集中を高める。
シーコに一撃を与えるには、とにかく速く、鋭く、相手の懐に飛びこまなければダメだ。
中途半端な攻撃だと、簡単に応じ技を浴びてしまう。
相手の動きを待っていても、ほんの一瞬の隙にやられてしまう。
チャンスはほんの一瞬――刹那だ。
集中していると、心が内に収束していくような感覚におちいる。だけど、それと同時に意識は逆に広がっていくのを感じていた。
面をつけているから視界は前方だけに限定されているハズなのに、周囲が――観戦しているみんなの姿さえ感じられるのだ。
スゴく静かで、まるで世界の中心にワタシたちがいるみたいだ。
刹那、ワタシの心の中に張り詰めていた1本の糸が切れる。
その瞬間、ワタシの体は自然に動き出していた。
それに呼応して、シーコも動き出す。
「面ェェェェェんッ‼︎」
「胴ォォォォォッ‼︎」
ワタシがシーコの面に一撃を振り下ろしたのと、シーコがワタシの胴を一閃したのは、ほぼ同時だった。
どちらが先だったのか、ワタシにはわからなかった。わからないくらい、差がなかったから。
「……相打ちだ」
残心と共に振り返ったシーコが告げる。
「相打ち……かぁ」
相打ちの場合はお互い一本とは認められない。初めてシーコから一本奪取できるチャンスだったけど、そこまでには至らなかった。
だけど、ワタシの竹刀はちゃんとシーコに届いた。それだけでも充分にうれしいと思った。
「ヒミカ。実は私はひとつ、キミに嘘をついていたんだ」
不意にシーコがそんなコトをつぶやく。
「ウソ?」
首をかしげるワタシに、シーコは自嘲を浮かべて語った。
「私は<星乃宮財団>の娘として、幼いころからそのための教育をほどこされてきた。辛いと感じるヒマもなかった、とキミに以前伝えていたが、本当は違う。私はずっと苦しんでいたんだ」
そうだ。たしか夏祭りの時、あまりにもシーコが大人びて見えたからツラくないのか、って聞いたコトがある。
「どんなにがんばっても、どんなに結果を残しても、父は一度たりとも私を褒めてくれたことはなかった……。なぜ、私は認められないのか? 父は私を愛してくれてないのか? ひとり思い悩んで、心が折れそうになった時期もあったよ」
普段クールで、なんでも器用にこなしてしまいそうなシーコでさえ、そんな風に苦しんでいた時があったなんて、意外だった。
「でも、そんな時私はキミを知ったんだ。テレビに映るキミは、とてもまっすぐで。どんな困難でもあきらめることなく、しっかりと前を見すえていて。同い年なのにスゴく輝いて見えた」
「ワタシ……?」
またしても意外な事実。
シーコもまた、出会う前からワタシのコトを知っていたんだ……。
「私はその時、自分を恥じたよ。私は、何のために刻苦勉励しているのか、と。父に認められなかろうが関係ない。私は私が目指す理想の自分になるのだ、と。キミがそれに気づかせてくれたんだ」
そしてシーコはこちらに歩み寄ると、ワタシの手を取って言った。
「だから、感謝している。キミは私の心に炎を灯してくれたんだ。そして、負けたくないとずっと思っていた。ヒミカ……キミは私にとって憧れでありライバルであり大切な戦友だ」
「シーコ……」
それは衝撃の告白だった。
まさか、ワタシはシーコの心まで動かしていたなんて――
まさか、ワタシがシーコに対して抱いていた思いと同じ気持ちでいたなんて――
『キミはキミ自身が思っている以上に、周囲に大きな影響を与えているんだ。だからもう少し自分のことを認めてやって欲しい』
ふと、ワタシの胸の中で、かつてシーコから告げられた言葉がそよく風と共によみがえる。
その瞬間、ワタシはこれまでシーコに対して抱いていたコンプレックスのような感情が霧散すると同時に、
「なんだ……ワタシってスゴいヤツじゃん」
たくさんのヒトたちに影響を与えていたという事実を知って、シーコの言葉どおり自分のコトをようやく認めるコトができた。
すると、心がスッと軽くなったような気がして、ワタシは今まで気を張っていたのがバカらしく思えて、不意に笑みがもれるのだった。




