冬の氷解⑦
「ミカ姐……」
シーコがコートから退出して、最後に現れたのはツムだった。
「ツム……」
言いたいコトが山ほどあった――
あやまらなければならなかった――
だけど、いざ向き合うと喉の奥で何かが絡まったような感覚に陥って、なかなか言葉が紡げない。
そしてお互い無言のまま竹刀を構える。
「ヤァァァァァッ‼︎」
ツムが気合いの声を上げると、
「小手ェェェェェッ‼︎」
すぐさま俊敏な動きで一撃を放つ。
ワタシはその瞬撃を竹刀で受け止め、鍔迫り合いに持ちこむ。
「ツム……。ワタシ……」
話さなくちゃいけないのに、やっぱり言葉にならない。
「ミカ姐は、ずっと私のあこがれだった……」
そんなワタシの代わりに、ツムが静かに語り出した。
「強くて、カッコよくて……。いつも私やソウちゃんを助けてくれて、私にとってヒーローだった。だけど、いつまでも守られてばっかじゃいけないって、私もソウちゃんも思って、強くなろうって誓い合ったんだ。だからミカ姐が苦しんでる時、力になりたかった。助けてあげたかった。でも……」
ツムは一度顔を伏せてから、
「結局、ミカ姐を困らせちゃった……。心を惑わせちゃった……。ゴメン……ゴメンね、ミカ姐ぇぇぇ……」
ポロポロと涙を流しながらあやまるのだった。
「ツムッ!」
ワタシはハッと目を見開いた。
もう、ツムの悲しむ顔は見たくない。ツムを泣かせたくはない。
だからワタシもちゃんと思いを伝えるんだ。
「違う! 違うよ、ツム! あやまるのはワタシの方だよ。ワタシがツラくて苦しんでた時、ツムが支えてくれたから、見捨てないでいてくれたから、ワタシはまた情熱を取り戻すコトができた! 今回、ワタシのつまらない意地でまた心がこじれちゃったけど、それでもツムはこうしてワタシを待っていてくれた。何度も何度もワタシの心を救ってくれた……。ツムもワタシにとってかけがえのないヒーローなんだよ!」
ワタシは、心の底から思いの丈を叫んだ。
「ミカ姐……」
ツムが顔を上げる。
「ワタシはアナタがいたからまたここに来れた。みんなに思いを伝えるコトができた。ホントに感謝してる。ありがとう、ツム!」
そしてワタシは後ろに退きながら面打ちを放ち、間合いを取る。
ワタシたちは再び竹刀を構える。
「ワタシは……やっぱり強くなりたい。意味なんかなくたってイイ。将来の役に立たなく立ったイイ。ワタシは今、この時を輝くために強くなりたい!」
そしてワタシはひとつの答えを出す。
それは以前、ツムに向けて放った問いへの自答だ。
「ミカ姐、私も同じだよ。最初はミカ姐の力になりたいと思ってはじめた剣道だけど、今はこの瞬間を楽しんでる。刹那に輝くために、私は強くなりたい!」
ツムも、それに応える。
そしてワタシたちは――
「「面ェェェェェッん‼︎」」
今出し得る全力を尽くしてぶつかり合った。
「みんな……ホントにありがとう」
全員と思いをぶつけ合った試合形式の稽古を終えて、ワタシは改めて感謝の意を示した。
「おかえり」
みんながそう言って、ワタシを迎えてくれる。
それだけで、ワタシはとてもうれしかった。
「ただいま……」
ワタシはみんなの優しさを噛みしめるように、それに応える。
「あっ!」
と、ここでワタシは大事なコトを思い出す。
「でもワタシ、もう退部届を提出しちゃってたんだ……。どうしよう……今さら取り消しなんて――」
できるのかな、と不安を口にしていたその時、
「私は退部を許可した覚えはないぞ」
道場の玄関口にいつの間にか緒方先生が立っていて、厳然とした声でそう言った。
「え? でもワタシ、先生に退部届を渡しましたけど……」
「たしかにあの時、預かるとは言った。だが、許可した、とは言っておらぬぞ」
「ということは……?」
「お前は今も変わらず剣道部員だ、雲越」
先生はフッと破顔してそう告げる。
「よかったな、ヒミカ!」
トモっちがそう言って、ワタシの頭をくしゃっと撫でる。
「ありがとうございます!」
こんな自分勝手を許してくれた先生に向けて、ワタシは頭を下げる。
「私は何もしておらぬ……」
先生は今にも消えそうな静かな声でそうつぶやくと、そのまま玄関口から道場を後にした。
――ありがとうございます
ワタシは誰もいない玄関口に向けて、もう一度頭を下げた。
「そうだ、ミカ姐に渡したいものがあるんだ」
ツムは何か思い出したようにそう言うと、更衣室の中へと入っていく。
「渡したいもの?」
首をかしげていると、ツムが白い手さげ袋を持って現れる。
――あれ? あの袋、どこかで見たような……
見覚えのある紙袋を見て記憶をたどると、
――そうだ! ワタシのお見舞いに来てくれた時に持っていたものだ
最後にツムと別れた時のものであるコトに気づく。
「これ、遅くなっちゃったけどミカ姐のお誕生日プレゼントだよ」
ツムはそう言って、いつもどおりのカワイらしい笑みと共に差し出す。
「え?」
ワタシは驚いて目を丸くする。
本来ならお見舞いに来てくれたあの日に――ワタシの誕生日に渡すつもりだったんだ。だけどあの時は、とてもそんな雰囲気じゃなかったもんね……。
ホントに申しワケないコトしてしまった、と改めて思う。
「ありがとう。開けてイイ?」
ワタシの問いに、ツムはコクリとうなずいた。
「ッ! コレって……」
ワタシはまたしても驚いた。
紙袋の中に入っていたのは、ワタシの大好きな<ボス猫ポムにゃん>のグッズだった。
「ソウちゃんがね、ミカ姐に何かプレゼントしたいって私に言って来たんだ。だから私、ソウちゃんと一緒に買い物に行ってこれを選んだの。私とソウちゃんからのプレゼントだよ」
――そうだったんだ……
ショッピングモールでツムとコジマが2人でグッズショップにいたのは、ワタシへの誕生日プレゼントを買うためだったんだ……。
それなのにワタシは、勝手に嫉妬して、勝手に不機嫌になって、みんなを突き放してしまった。
――ホント、ワタシってバカだ
ワタシは心の中で自嘲する。
「ありがとう、ツム。スゴくうれしいよ」
「うん。でも、その言葉はちゃんとソウちゃんにも伝えてね」
「うん、わかった」
そういえば昨日、コジマはこの誕生日プレゼントについてワタシに話すコトはしなかった。最後までナイショにしておきたかったという思いがあったんだろうけど、それ以上にワタシの心を惑わせないようにと気を使ってくれていたんだと思う。
ツムとコジマの優しさが詰まったプレゼントに、ワタシは2人への感謝の気持ちでいっぱいになった。
「そして、これは私たちからなんだが……」
そしてシーコたちが、道場の隅に置いてあったビニール袋を持って戻って来る。
中からたくさんのお菓子とジュースが出てくる。
「ささやかではあるが、ヒミカの誕生日と剣道部復帰を祝してパーティーをしようと思う」
シーコの言葉と共に、みんなから拍手が沸き上がる。
「ありがとう……。ホントにうれしいよ」
ワタシを待っていてくれたヒトたちがいる――
ワタシを祝ってくれるヒトたちがいる――
そんなよろこびを噛みしめながら、ワタシはみんなとのひと時を楽しんだ。




