冬の氷解①
その後、ワタシたちは友人同士として楽しくおしゃべりをした。
ワタシは、ふと考えついたコトをリンリンに提案をしてみた。
「ねえ、リンリン。今度菊池さんと瀧川さんも、今日みたいにティータイムに誘ってみたらどうかな?」
「え? 菊池と瀧川を、ですか?」
リンリンは少し驚いたように目を丸くした。
やっぱりその反応だと、2人と一緒にこうして気軽におしゃべりを楽しんだコトもないみたい。
いつも一緒なのに、彼女たちとは友達として遊んだコトがあまりないのなら、今日みたいに一緒にお茶しておしゃべりしたら、あの2人もよろこぶんじゃないかなぁ、と思った次第だ。
「うん。2人とも驚くだろうし、すごくよろこんでくれると思うんだ」
「そうですわね……」
リンリンは少し考えてから、
「2人を驚かせるという試みは、とてもおもしろそうですわね」
少しいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
きっと、いつもと違うリンリンの態度にあの2人驚く様を想像しているんだろうな。
そういうところも含めて、やっぱりリンリンは根はフツーの女のコなんだなぁ、と思った。
こうして、夢のような楽しい時間を過ごしていたけど、そろそろ家に帰らなければならない。
外に出ると、雲の切れ間から少しだけ光がさしていた。
まるで今のワタシの心境を表しているように思えた。
ワタシは再びリムジンに乗せてもらい、故障した自転車と一緒に家の方まで送ってもらった。
「本当にここでよろしいんですの?」
付きそってくれたヒメカミさんが――リンリンが車内から顔をのぞかせてたずねる。
「うん、少し歩きたい気分なんだ」
ワタシは、自宅の近くにある小さな公園の前で降ろしてもらった。
リンリンはコクリと小さくうなずいた。
「……あのね、ホントはワタシ――」
ワタシは伝えようと思った。
ホントはもう剣道部をやめてしまったコトを――
それを今、スゴく後悔しているコトを――
「思いを言葉にするのは、簡単なようですごく難しいですわよね?」
するとリンリンは、まるでワタシの心を見透かしているかのように語り始めた。
「相手を傷つけてしまうかもしれない。うまく伝えられないかもしれない。そんなことを考えてしまって、いつまでも伝えられないままモヤモヤしてしまう」
たしかにそうかもしれない。
ワタシも、結局自分が傷つくのがコワくて相手と話すコトすら拒んでしまっていた。
自分の気持ちをうまく言葉にすらできなくて。
「ですが、それでも本当に大切なことはきちんと言葉にして伝えなければ、相手に想いが届くことはありませんわ」
「言葉に……」
子供のころは思ったコトはなんでも口にしてきたし、それが原因でケンカになったとしても別になんとも思わなかった。
だけど、中学生にもなるといろんなしがらみに縛られて、自分の思いを言葉にするコトすら憚られる場面も多々ある。
「ワタシたちはどんどん大人になっていくのに、思いを伝えるコトはだんだん難しくなっていくよね」
ワタシはふと感じたコトを口にする。
「そうですわね。ですが、わたくしは両親に思いを言葉にして伝えることができました。アナタにもできますわよ、ヒミちゃん」
リンリンはそう言ってはげましてくれた。
ワタシはコクリとうなずく。
「思いがみなさんに伝わるといいですわね」
「うん。がんばるよ」
リンリンはニコリと笑って、
「また、お会いしましょう」
と言った。
「うん。また、会おうね!」
ワタシがそう言うと、リンリンは小さくうなずき、ドアを閉める。
リムジンはゆっくりと発進して、やがて見えなくなった。
――ホントにありがとう……
ワタシのハートに再び火をつけてくれた友達に向けて、心の中でそうつぶやいた。
そして家に帰ろうとして自転車を押そうとした、その時だった――
「クモコシッ⁉︎」
前方から誰かが、大きな声でワタシの名前を呼ぶ。
――コジマ……
その声の主はこちらへとかけ寄る。
どくんっ!
途端にワタシの心臓は大きく跳ね上がり、鼓動がみるみる早くなっていく。
胸が締めつけられるように苦しくなってくる。
だけど、ちゃんと向き合わなくちゃ。剣道の試合の時とは違う、コジマに対してだけ感じるこのドキドキした気持ちに決着をつけるんだ。
「あ、あの――」
そう自分に言い聞かせて、彼に声をかけようとした時だった。
「バカヤロウッ! 今までどこ行ってたんだッ‼︎」
「ッ‼︎」
コジマは今まで見たことのない恐い顔で、ワタシを怒鳴ったのだ。
突然のコトに、ワタシは思わずビクッと体を震わせた。
「おばさんが心配してウチに連絡して来たんだぞ。お前が雨の中出てったままで、スマホにかけても繋がらないって言って」
「え?」
ワタシはすぐにジャケットのポケットからスマホを取り出して、起動しようとしたけど画面は真っ暗なままで何の反応もなかった。
「スマホの充電、切れてたみたい……」
ワタシがそう告げると、コジマはハアッと大きなため息をつく。
そして手にしていたスマホを操作すると、
「あ、もしもし、コジマです。ヒミカさん、見つかりました。今、近くの公園にいます。はい。はい。いいえ、とんでもないです。それじゃ、失礼します」
通話を完了する。
ワタシのお母さんに連絡してくれたみたい。
そしてコジマはこちらに目を向けると、
「自転車、壊れたのか? 見せてみろ」
そう言ってワタシを押しのけるようにして、自転車の前に屈む。
「あーあ、派手に外れてんな。お前、ぜんぜん手入れしてなかっただろ? こうなる前になんでウチに来ないんだよ」
呆れたような口調で言いながら、コジマは外れたチェーンを戻そうとする。
コジマの家は自転車屋だから、こういったコトには慣れているみたいだ。
「……ゴメン」
聞こえないくらいのか細い声でつぶやく。
コジマに会うのが気まずくて行けなかった、なんて言えっこなかった。
「よし、直ったぞ」
「え、もう?」
ワタシは思わずそうもらす。
「まあ、応急処置だけどな。今度うちに来いよ? ちゃんとメンテナンスしてやるからさ」
コジマは立ち上がると、汚れた手をハンカチでぬぐう。
「ありがとう……」
ワタシはそう言うけど、まだコジマのコトを直視できないでいた。
「……なあ。オレってそんなに頼りないか?」
「え?」
突然のコジマの問いに、ワタシは思わず目を丸くする。
「ちっこくて、弱虫で泣き虫だったあのころに比べたらさ、少しはマシになったと思うんだよな。でもよ、お前の目に映るオレは今でもそのころのままなんだよ。お前に助けられてばかりだったころのオレのままなんだよ」
「そんなコト――」
ない、とは言いきれなかった。
実際、ワタシは中学生になってからもコジマのコトをずっと庇護者のように見ていたのかもしれない。守るべき存在だと勝手に思いこんで、対等に見ようとしていなかったのかもしれない。
「前にオレに聞いたよな? なんで柔道はじめたのか、って。オレは過去の自分を変えたくて強くなろうと思った。お前に守られてばかりの情け無い自分を変えたくて、強くなろうと思った。なのにお前は過去ばかり見ていて今を認めようとしない」
そしてコジマはワタシの両肩をガシッと掴むと、
「オレにもお前を守らせてくれよ! 苦しい時は頼ってくれよ! オレはそのために強くなったんだ。大好きなお前を守るために強くなったんだッ‼︎」
真剣な眼差しで、情熱をぶつけるようにそう告げる。
「……え?」
ワタシは驚くよりも先に呆然としていた。
そして、そんなワタシにさらに追い討ちをかけるように、
「ずっとお前のことが好きだったんだ、ヒミカ……」
今度はそっとささやくように告げるのだった。




