冬の雨⑤
と、その時、車道を一台の大きな黒い車が通り過ぎる。
リムジンだろうか?
そして、ワタシはそのリムジンに見覚えがあった。
そんなコトを考えていると、そのリムジンは前方で停車する。
そして後部ドアが開くと、毛皮のロングコートをまとった金髪の少女が傘をさしながら降りてきて、こちらにかけ寄る。
「アナタ、この雨の中、何をしてらっしゃいますの?」
まるで少女マンガの世界から飛び出したかのような強烈なビジュアルと、まさしくお嬢さまといった独特な口調のそのヒトは、四中のヒメカミさんだった。
「あら? アナタは……やはりクモコシさんでしたの」
ヒメカミさんがずぶ濡れのワタシを見て、少し驚いたように目を丸くする。
「似てる方がいらっしゃると思ってましたが、本当にご本人でしたのね。もしかして、自転車が故障したのかしら?」
ヒメカミさんはいろいろ話しかけてくれているのに、恥ずかしいところを見られたという羞恥心から、ワタシは何も言えずにただ下を向いていた。
「……とにかく、乗ってくださいませ」
痺れを切らしたようにヒメカミさんは言うと、ワタシの手を取り強引に引っ張る。
でもワタシが自転車のハンドルを握ったままだから、
「自転車はトランクに入れてお運びしますわ。ですから、アナタも早く乗ってくださいませ」
ヒメカミさんは運転手のヒトに声をかけて彼に自転車をしまわせて、彼女はもう一度ワタシの手を引いて、押しこめるようにして座席に座らせた。
「でも、濡れちゃうよ?」
見るからに高級そうな革張りのシートだから、濡らしたり汚したりしたら大変だ。
「かまいませんわ。それより、よくお髪をふいてくださいませ。このままでは風邪を召してしまいますわ」
まるで意に介さず、隣に座ったヒメカミさんは前の座席から大きめのタオルを取り出してそれを手渡してくれた。
「……ありがとう」
ワタシはそれを受け取り、髪やジャケットについた水滴をぬぐう。
厚手でふわふわのタオルはとても温かく感じられて、ワタシは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
すると今度は、生まれてはじめてリムジンに乗っているという非日常感と、スーパーお嬢さまのヒメカミさんが隣に座っているという緊張感から気後れしてしまう。
「そういえば、今日はたしか試合のある日でしたわよね? クモコシさんは出場されなかったんですの?」
「それは……」
ヒメカミさんの問いに、ワタシは口ごもる。
剣道部をやめてしまったコトを正直に伝えるべきなんだろうけど、どうしても口に出せなかった。
「ねえ、クモコシさん。この後お暇かしら?」
押し黙っているワタシに、ヒメカミさんはそんなコトを聞いてくる。
ワタシが首をかしげていると、
「もしお暇でしたら、少々わたくしに付き合っていただけないかしら?」
そう言って、宝石のように碧くてキレイな瞳でジッとこちらを見すえる。
正直、ワタシは戸惑った。
ただでさえ、この思いがけない状況に気後れしているのに、さらにヒメカミさんからのお誘いだ。
剣道の試合を見る気も失せてしまった今では、他に用事も無いし、ヒマといえばヒマだ。
だけど、ワタシみたいな一般人と、ヒメカミさんみたいなセレブお嬢さまとで会話が噛み合うのかな?
そんな不安もあったけど、ヒメカミさんはこんなワタシに手を差し伸べてくれた恩人だ。
そのお誘いを無下になんかできない。
ワタシはコクリとうなずいた。
「うれしいですわ!」
とたんにヒメカミさんは喜色満面でワタシの手を取り、
「それでは、わたくしの家にご招待いたしますわ。そこでお話し致しましょう」
子供のように声を弾ませる。
さっきも感じたコトだけど、ヒメカミさんの手はとても温かくて、冷え切ったワタシの心まで溶かしてくれるような気さえする。
そしてヒメカミさんは運転手さんに目配せして、車を発進させる。
「……ねえ。なんでワタシなんかに気をつかってくれるの?」
まるでひとりごとのような口調でたずねると、
「フフ、なんででしょうかね……」
穏やかな笑みを浮かべて、はぐらかすように答えた。




