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冬の不協和音④

 次の日、ワタシは登校した。

 お母さんは、まだ休んだ方がイイ、と言ってくれたけど、ワタシにはどうしてもやらなければならないコトがあった。


 そして、それを実行するために、いつもより早く家を出たワタシは、教室じゃなくて職員室へと直行する。

 目当ての緒方先生はすでに登校していて、デスクの上の整理をしていた。


「おはようございます、緒方(おがた)先生。すみませんが、コレを受け取ってください」


 ワタシはあいさつと一緒に、一通の封筒を差し出す。


「……中学の部活動で、こういうモノを目にするとは思わなかったぞ」


 <退部届>の文字がデカデカと書かれたその封筒を見て、先生は驚きとも戸惑いとも取れない声色でそう感想を述べる。


 そして、封筒の中から取り出した書面を一読すると、


「なるほど、一身上の都合か」


 これまたどういった感情なのかわからない声色で言う。


 一身上の都合――


 実にあいまいで適当な言葉だけど、ワタシにはそれ以外に、自身の身に今起きているこの不快な現象を表現できる、適切な言葉が思い浮かばなかったのも事実だ。


 先生は書面を封筒に戻すと、


「中学の部活動だ。やめるもやめないも、本人の自由だ」


 引き留めるワケでも、叱咤(しった)するワケでもなく、相変わらずフワフワとした言い回し。


「じゃあ、受理してくれるんですね?」

「……受け取っておこう」


 ワタシの問いに先生はわずかに目を伏せると、そう言って封筒をデスクの引き出しの中に入れる。


「気持ちは変わらないのだな?」

「はい。こんな中途半端な気持ちで剣道を続けたら迷惑をかけてしまうし、真剣にがんばっているみんなに失礼ですから」

「……わかった」


 先生は短く言うと小さくうなずく。


 ワタシは最後に一礼して(きびす)を返す。


 すまぬ――


 ――え?


 その時、風のささやきのような声が聞こえた気がして振り返る。

 だけど先生はさっきと同じように、デスクの整理をしていた。


 ――気のせいか


 ワタシは小さくかぶりを振って職員室を後にした。


 そして教室に入って自分の席に座ると、頬杖をついて窓の外を見上げる。

 そうやって、ぼーっ、と時間をつぶしていると、クラスメイトが次々と登校して来て、そして――


「おい、ヒミカ! どういうコトだよ‼︎」


 ひときわ大きな声でワタシの名前を呼びながら、トモっちが別のクラスのアッキーと一緒に現れ、ワタシの机の前にかけ寄る。


「先ほど先生からうかがいました。部活をやめるというのは本当なのですか⁉︎」


 アッキーがめずらしく声を荒げてつめ寄る。


「……ホントだよ」


 ワタシが答えると、2人は呆然といった感じで開口する。


「なんでだよ! なんで急にそんなコト言い出すんだよ‼︎」

「そうですよ、あんなにがんばってたじゃありませんか。それなのに、どうしてやめてしまうんですか⁉︎」


 いつもは言い合いばかりしている2人が、こういう時に限って息を合わせてワタシに問いつめる。


 正直、しんどいと思った。

 去年、ワタシがぜんぜん部活に出て来なかった時には何も言ってこなかったのに、なんで今はこんなにムキになっているの?


「部活って、強制じゃないよね? それにもう先生から許可もらってるから」


 突き放すように言うと、アッキーは驚いたように目を丸くして、トモっちは苦虫を噛みつぶしたような顔でワタシを睨む。


「この前の遠征合宿の時……悩んでたアタシの話を聞いてくれたよな? アタシを引き留めようとしてくれたよな?」


 静かな声でポツリポツリと語り出した後、トモっちはバンッと机を叩き、


「あん時のオマエはなんだったんだよ! あん時のオマエはウソだったんかよッ‼︎」


 打って変わって荒々しい口調で叫ぶ。


 しん、と教室内が静まり返る。

 他のクラスメイトたちの視線が、一斉にこちらに向けられる。


 ワタシ……何も答えられなかった。

 

 もちろん、あの時のワタシはアッキーにもトモっちにもやめて欲しくないと思っていた。それは偽りのない事実。


 だけど、それと同時に将来のコトを見据えてやめようか悩んでいた2人に比べて、ワタシはなんて幼稚なのだろう、と思った。


 将来のビジョンもない。特技も趣味もない。部活をやめようとした原因だって、ワケのわからない感情の乱れからくるものだ。


 ワタシは……空っぽなんだ。


 そんなコトを考えている時、ワタシの前にもうひとつの影がさす。


 見上げると、そこにはシーコが立っていた。


「ヒミカ……」

 

 彼女は何か言いたげに口を開くけど、言葉が出てこないみたいで、まるで金魚のように口をパクパクとさせている。


「……ゴメン、シーコ。ワタシ、あの時の約束、果たせなくなっちゃった」


 いたたまれなくなって、ワタシの方からそう告げる。


 あの時の約束を――夏祭りの時にシーコと交わした、団体戦で優勝するために協力するという約束を、ワタシは守れなかった。


 シーコは、やっぱり何も言わなかった。


「おい、シーコ。なんで止めないんだよ! それでも部長かよ⁉︎」


 トモっちの怒りの矛先が、今度はシーコに向けられる。


「……すまない。本人がそう決めた以上、私にはそれを止めることはできない」


 シーコはそっと目を伏せ、静かな声で答える。


「オマエはいつもそうだ! わかりきったような澄ました顔して、誰とも関わろうしない。少しは踏みこんで来いよ! 少しは感情を出してみろよ‼︎」


 トモっちはシーコの胸ぐらに手をかけ、発破をかけるように叫ぶ。


「やめなよッ‼︎」


 ワタシは立ち上がり、叫んだ。


「これはワタシの問題なんだよ。シーコは関係ないよ」

「……チッ」


 トモっちはシーコから手を離して、不機嫌そうに舌打ちする。


「……ワタシ、今日は帰る」


 いたたまれなくなったワタシはカバンを手に取り、シーコたちの元を離れる。

 そして後ろのドアから教室を出た。


 廊下に出てすぐに、はぁ、とため息をつく。


 みんなに迷惑をかけないようにやめようとしたのに、結局迷惑をかける形になってしまった。


「……しんど」


 ワタシは天井を見上げて、けだるい声でつぶやいた。

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