秋の遠征⑤
ワタシは竹刀を持って立ち上がり、外に出る。
もう完全に陽は落ちて空は真っ黒だけど、ホテルの照明や街灯があるからそこまで暗くは感じない。
そして、駐車場付近にあるベンチに目を向けると、
――あれ?
ベンチの隅に腰かけて、物憂げな視線を宙に漂わせているトモっちの姿を見かけた。
どうしようかと迷ったけど、ワタシは彼女と少し話をしてみようと思い、そちらに向かった。
「ねえ、トモっち」
「……ああ、ヒミカか」
ワタシが呼びかけると、トモっちは軽く見上げて力ない声でつぶやく。
「今日ずっと元気ないけど、何かあった?」
ワタシは彼女の隣に腰かけ、たずねてみる。
トモっちは何も答えず、しばらくうなだれていたけど、
「アタシ、勝ててないんだよ……」
まるでひとりごとのようにそう言った。
――って、ちょっと待って⁉︎
さっきも同じようなコトなかったっけ?
「勝ててないって、試合?」
「それだけじゃないけどな……」
やっぱり、さっきアッキーと話した時と同じだ。
こういうのなんて言うんだっけ……デジャヴ?
たしかにトモっちも、四中との練習試合の時も、秋の新人戦の時も勝っていない。でも充分強いと思うし、少しのきっかけでもっと強くなると思うんだけど。
「小学生の時なんだけど」
「やっぱりッ‼︎」
ここで過去の話をはじめるところまでアッキーの時と一緒だったので、ワタシは思わずそう口走ってしまう。
「やっぱり?」
「なんでもない。続けて」
ワタシは苦笑いしてそううながす。
トモっちは小首をかしげてから、ポツリと話し出した。
「別の小学校の同学年にスゴいヤツがいたんだよ。そいつは女なのに男と同じフィールドに立って戦っててさ。カッコイイうえにかわいくて、テレビに出るくらい人気者だったんだ」
「テレビに? スゴいね」
ワタシはそう言いながら思い返してみるけど、同い年でテレビ出演してたコなんていたっけ?
なんてコト考えていると、トモっちがジト目でワタシを見つめてくる。
「え? またワタシ、ヘンなコト言った?」
ワタシが問うと、なぜかトモっちは、ハァとため息をつく。
「そいつみたいにカワイくなりたい、って思った。キレイに着飾って衆目を集めたくて……アタシは好きだったゴスロリ衣装のデザインを勉強しだしたんだ」
「もしかして、夏祭りの時に着てた衣装って……」
「アタシが作った」
「スゴいじゃん!」
トモっちのゴスロリ好きは筋金入りだとは思ってたけど、まさか自分で衣装をデザインして制作してしまう程だとは思わなかった。
トモっちは少しはにかんだけど、すぐに神妙な顔になって言った。
――このパターンって、もしかして……?
ワタシの脳裏に、さっきのアッキーとのやり取りがよみがえる。
「アタシさ、剣道やめようと思ってたんだ……」
「ほら、やっぱりそうだ!」
さっきとまったく同じ展開に、ワタシはつい叫んでしまう。
「やっぱり?」
「ううん、なんでもないよ、なんでも!」
ワタシはあわてて首を横に振る。
トモっちは不思議そうに首をかしげてから続けた。
「もともと剣道は姿勢を正すためと、いつも落ち着きがないから集中力をつけるためにはじめただけで、剣道で勝ちたいとか、どうこうしたいとか具体的な目標があったワケじゃないんだ」
「そうなんだ……」
本来ここは驚くべきところなんだけど、アッキーの件もあってまったく驚けなかったワタシは、少しわざとらしく驚いてるフリをして答えるしかなかった。
「アタシは服飾科の高校に行って本格的に勉強がしたい。だから、そのための受験勉強を今からでもしなくちゃいけなかった。将来デザイナーになって、アタシが作ったゴスロリドレスをアタシ自身がモデルとして着る。その目標のために」
まさかトモっちがデザイナーだけじゃなくてモデルまで目指していたなんて、さすがにコレには驚いた。
まあ、たしかにトモっちは背は高い方だし、スタイルもイイし、ちょっとシャクだけどカワイイし、充分素質はあると思う。
だけど、アッキーと同じくトモっちには残って欲しかった。最後まで一緒にいて欲しいと思った。
「だけど――」
「やめないよね⁉︎」
だから、トモっちの言葉をさえぎってワタシは言った。アッキーの時みたいに、前言撤回して欲しいという願いをこめて。
するとアッキーは驚いたように目をぱちくりとさせて、その後にゆっくりとうなずいた。
「今日のヒミカを見て思ったんだ。アタシはここまで剣道に前向きになれたのかな、って。でも、アタシは中途半端だった。こんな気持ちのまま剣道やめたらきっと後悔するだろうし、服飾やモデルに対しても中途半端になっちまうような気がしてさ。だから、やる。最後まで続けるよ」
そう言ってトモっちは立ち上がり、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした笑顔を向けると、
「ヒミカはやっぱりおもしろいヤツだな」
本日3回目となる<おもしろい>認定を下す。
「おもしろい、って……ホント、なんなの」
上泉さんにしてもアッキーにしてもトモっちにしても、一体何がおもしろいのかわからないワタシは、ただ首をかしげるばかりだ。
そんなワタシを見て、トモっちはフフッと笑い、
「話聞いてくれてありがとな。おかげでフッきれた。それとさ……アタシ、カワイらしさじゃオマエに負けないからな!」
そう言い残すと、軽やかな足取りでホテルの方へとかけて行った。
「えっと……コレも結局、元の鞘に収まったってコトでイイんだよね?」
ひとりその場に残されたワタシは、やっぱり戸惑うしかなかった。
そもそも、ワタシと張り合ってもしょうがないと思うんだけど。勉強は最近ようやく調子を取り戻してきたけど、それでもまだ中の上くらいの成績だし、カワイらしさにいたっては、ファッションとかまったく気をつかっていないし、論外だ。2人とも比較対象を間違えてるとしか思えない。
――それにしても、2人が話してた<スゴい人>って誰なんだろ?
そんなスゴいコが同学年に2人いるとは思えないから、たぶん同一人物なんだろうけど……。
ワタシはしばらく考えたけど、結局わからないままだった。




