秋の遠征⑥
上泉さん ――上泉更紗ーメガネver
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ホテルの脇道を少し進むと、公園があった。公園といってもベンチが何台か置いてあるだけの、ただの広場といった感じ。
「うん。これだけ広ければ大丈夫かな」
でも、障害物が無い広い場所は、剣道の練習をするにはうってつけだ。
街灯がひとつだけしかないにも関わらず、天上に灯る月明かりと星明かりのおかげで、そこまで暗いと感じるコトはなかった。
ワタシは、他に誰もいないその場所で竹刀を構える。
そこに対戦相手を思い描く。
ワタシが勝ちたいと切に願う相手。実際に対戦して、震えがくるほど強いと感じた相手。
まずはシーコ――
彼女をたとえるなら、<冷徹なコロシ屋>だ。
殺気も感情も感じさせず、ただ淡々粛々と任務を遂行する。あぶない、と気づいた時にはもう手遅れ。後悔するヒマも与えられず、瞬殺されてしまうのだ。
次に、ヒメカミさん――
彼女をたとえるなら、<高潔の姫騎士>だ。常に誇りと情熱をもって正々堂々戦うその姿は、可憐で清々しい。強さと美しさをまとった剛撃は脅威だ。
そして、上泉さん――
彼女をたとえるなら、<無邪気な凶戦士>だ。戦いそのものを純粋に楽しみ、遊戯に興じる子供のような性質は、時に相手の心をも砕いてしまうかもしれない。
ワタシは深呼吸して、イメージの中の3人と対峙する。
上泉さんが動くと同時に、ワタシは上泉さんの小手を目がけて竹刀を振り下ろす。今日、彼女がワタシに身をもって教えてくれた打ち方で。
――まだだ。まだ遅い……
イメージの中では、まだ半歩程届いていない。
もっと速く――もっと神経を研ぎ澄ますんだ。
次にヒメカミさんがワタシの前に立ちはだかり、面を振り下ろそうとしてくる。
ワタシは前に体を沈めて相手の右胴を一閃する。
――ダメだ。まだ踏みこみが甘い
やっぱりイメージの中では、ワタシの方がわずかに遅れている。
まだだ。まだ足りない。
そして、最後にシーコが静かに竹刀を向けるけど、彼女はそのまま微動だにしない。
こちらから迂闊に飛びこめば確実に打ち返されるし、かと言って相手の動きを待っていても、ほんのわずかな気の緩みすら見逃さず一瞬で仕留めに来る。
――それでも、行くしかない!
ワタシは意を決して小手を狙って竹刀を振り下ろす。
だけど、シーコはわかっていたかのように大きく振りかぶってそれをかわすと、返す刀でワタシに面を打ちこんだ。
――ダメだ。まったく攻略の糸口が掴めない……
他の2人に関しては、対策の余地はあるのだけど、やっぱりシーコだけはどう対処すればイイのかまったくわからないままだった。
30分後――
――とりあえず、今日はこんなところかな
脳内イメージの中で3人と竹刀を交えたワタシは、明日に備えて練習を切り上げる。
そしてホテルのロビーに入った、その時だった――
「あ、クモコシちゃん、見っけ!」
浴衣姿で黒髪ツインテールでメガネをかけた女の子が、ブンブンと手を振りながら無邪気な声で呼びかける。
――……上泉さん?
メガネをかけて少し印象が違ったから最初誰だかわからなかったけど、人懐っこくて屈託のないその笑顔は、今日試合稽古でお世話になった諏訪女の上泉さんだった。
「こんばんは、上泉さ――」
「こっちこっちーーーッ‼︎」
上泉さんはいきなりワタシの腕を掴むと、そのまま引っ張って走り出す。
「あ、あの……」
ワケのわからないまま連れてかれるワタシ。
「はい、とーちゃく!」
そして、知らない部屋のドアを開けて上泉さんはワタシをその中へと連れこんだ。
「みんなー、クモコシちゃん連れて来たよー」
そう言って、ようやく上泉さんはワタシを解放する。
だけど、そこに待っていたのは、目をキラキラと輝かせてこちらを見つめる4人の女のコ。たぶん、上泉さんと同じ諏訪女の部員だと思うんだけど……。
「や〜ん、ホントにカワイ〜〜〜ッ‼︎」
「うわ〜、肌がモチモチでプニプニ!」
「あ〜ん、ズルい〜〜〜!」
「わたしもクモコシちゃんを堪能したいー!」
まるで獲物に群がる猛獣のように彼女たちはワタシを取り囲むと、抱きしめたりほっぺをツンツンしたりと、ワタシはもみくちゃにされてしまう。
普段、誰かをカワイがるコトはあっても、カワイがられる経験の少ないワタシは、その熱量にあてられてしまう。
「あ、あの……これは一体……?」
ワタシは助けを求める意味もこめて、上泉さんに視線を送ってたずねる。
「いきなりゴメンね〜。みんなクモコシちゃんとお話しがしたいって言うからさ」
テヘッ、っといたずらっぽく舌を出してあやまる上泉さん。
「ほら、クモコシちゃん困ってるから、とりあえず放してあげて」
「ちぇ〜、残念」
上泉さんがうながすと、ようやくセンパイ方はワタシを解放する。
「で、でも、ワタシと話がしたいって……なんでですか?」
「だってクモコシちゃん、チョー有名人じゃん!」
「え?」
センパイの言葉に、ワタシは首をかしげる。
「へへっ、実はね、クモコシちゃんと一番話がしたかったのは私なんだ〜」
ワタシの前に座って、上泉さんはもう一度いたずらっぽく笑った。
「クモコシって名前、どこかで聞いたことあるなぁ、って思い返したらさ、前に少年野球でテレビに出てたコだ、って練習終わった後にようやく思い出したよ」
「あたしもそのテレビ見てたー。チョーカワイくて、カッコよかったねよー」
どうやら野球をやっていたころのワタシを知っていたみたいで、センパイ方はその時のワタシを仕切りに褒めてくれる。
だけど、その野球から逃げ出して今ここにいるワタシは、それがうれしくもあり、ツラくもあった。
「野球やめて剣道はじめたらしい、ってウワサで聞いてたけど、まさかこうして会えるなんてまさにキセキだよ〜」
上泉さんは、ワタシの手を握ってうれしそうに言う。
「でも……今のワタシ、ぜんぜんカッコワルいですよ」
「ん?」
ワタシの言葉に、首をかしげる上泉さん。
「野球で挫折して、次にはじめた剣道でも逃げ出して……。弱いクセに威勢ばかりよくて。過去の栄光に囚われて見栄ばかり張って……」
ワタシはついつい、そんなネガティブなコトを口にしてしまう。こんなコト言われても、センパイたちを困らせてしまうだけなのに。
――だからワタシはダメなんだ……
そして自己嫌悪におちいる。
「そんなコトないよ」
「ッ!」
その時、上泉さんがワタシにそう言った。
「カッコワルくなんてないよ。今のクモコシちゃんも、野球やってたころのクモコシちゃんも一緒だよ。いつでもまっすぐで、一生懸命で、最後までゼッタイにあきらめない、強いコ」
「ワタシが……?」
上泉さんはコクリとうなずいた。
「私がクモコシちゃんと話がしたかったのは、どうしても伝えたいコトがあったからなんだ」
「伝えたいコト……?」
「私、野球をやってる妹がいるんだけどね。妹はスランプになって、このまま続けようか迷ってた時期があったの。でも、クモコシちゃんが出てたテレビを見て、スゴくやる気になったんだよ。『私もああなりたい。負けたくない』って」
ワタシはそれを聞いて、ハッと顔を上げる。
「スゴくおとなしくて優しい妹が、そんな風に一生懸命になるのははじめてだった。クモコシちゃんが、妹を変えてくれたんだよ。クモコシちゃんのがんばる姿が、妹の心を動かしたんだよ」
そして、上泉さんはそっとワタシを抱き寄せて言った。
「妹だけじゃないよ。私だって、クモコシちゃんを見て感動したし、今日のクモコシちゃんだってスゴくカッコイイと思ったよ。昔と何も変わってないよ」
「ワタシが……」
その時、不意にワタシの目からひと粒の涙がこぼれ落ちる。
ワタシのやってたコトはムダなんかじゃなかった――
ワタシが誰かの背中を押すコトができた――
ワタシ自身が救われたような気がした――
「ありがとう……ございます」
「って、なんでクモコシちゃんがソレを言うの〜? お礼が言いたいのはこっちなのにー」
上泉さんは笑いながら、ワタシの頭を優しく撫でてくれた。
その後、諏訪女のセンパイ方と少しお話をしてから、ワタシは自分の部屋へと戻った。
「ただいま――」
バフッ!
寝室に入ると、いきなりワタシの顔に柔らかい何かが投げつけられる。
それは、枕だった。
「ようやく帰ってきたな、ヒミカ」
ニヤリとした笑みを浮かべてトモっちが言う。さっきワタシに枕を投げつけたのはコイツみたい。
部屋では、トモっちだけじゃなくて、ツムやメイ、そしてアッキーまでもが枕投げに興じていた。
ただひとり、シーコだけは窓際の席でまだ読書しているけど。
アッキーとトモっちが元気を取り戻してくれたのはうれしいけど、いきなりこの仕打ちは黙ってられないなぁ。
「……いきなり何してくれんの、アンタわッ!」
ワタシは足下に落ちた枕を拾い上げると、トモっち目がけて投げつける。
「ぎゃっ!」
それはトモっちの顔面にヒット。彼女は短い悲鳴を上げる。
「あはは、イイざまだね、トモっ――へぶうッ!」
油断していたその時、今度は横から飛んできた枕が顔面に飛びこむ。
「ミカ姐、アウト〜ッ!」
少し離れた場所で、ツムが野球の審判のようなジェスチャーをしながら笑う。
「……もう怒ったよ‼︎」
そして、枕投げ大会が勃発する。
ワタシたちは童心に帰ってその遊びに興じた。
だけど、その後すぐに緒方先生が乗りこんで来て強制終了。
枕投げを止めなかったシーコもふくめて、ワタシたち6人は思いっきり説教を受けるのだった……。




