94話 誘惑
アレキサンダー視点
「……お前の相手は俺だろうが」
凄まじい衝撃に思わず瞑った目を開くと、『黄金の英雄』が俺の顔面に入れた蹴りをディアボロが右足で受け止めていた。
「……あいつらの言ってた通りだ。やっぱり魔族を庇うように操られてやがる」
「何の話か分からんが、俺は誰かに操られてるつもりはない。言動、行動全てが俺の意思に依るものだ」
一旦飛び退き距離を取った『黄金の英雄』にディアボロは淡々と返すが、今の俺にはそんなことを気にしてる余裕は無かった。
背中から冷や汗が垂れる。
今の蹴り、全く目で追えなかった。
『黄金の英雄』が放った蹴りも、ディアボロの動きも、その動きが止まるまで自分が何をされたのかまるで理解が追い付かなかった。
ロボ達が来るまでは身体の反応こそ追い付かなかったが、辛うじて奴の動きを目で追うことはできていた。
「本当に遊んでやがったのか……」
恐らく先程放たれた蹴りは『黄金の英雄』が初めて俺を殺すために放ったものだ。
明確な力の差を突きつけられる。
「恥ずかしながら、私も先程の蹴りは視認できませんでした」
「お前でもか……?」
そう忌々しげに呟くロボは魔族の中でも特に五感に優れた『ワーウルフ』だ。
動体視力において、俺よりも優れた彼女でも目で追うことすらかなわない。
冒険者の頂点たる第七段階冒険者ですらその動きを捉えることができない。
こんな化け物があと四人もいるのか?
「洗脳されてないって言うんだったら教えてくれよ。何で人族であるディアボロちゃんが虫けら共に味方してるんだ?」
「対価として魔王から報酬を受け取っている。生きていくためには金が要る。それはあちら側でもこちら側でも変わらないはずだ」
動揺して動けない俺たちを他所に二人の英雄は会話を続ける。
先ほどまで俺たちに見せていた『黄金の英雄』の残忍さは鳴りを潜めており、かなり物腰も柔らかくなっているように感じる。
しかし時折こちらに向ける視線に込められた溢れんばかりの憎悪は変わらない。
あくまでディアボロに対しては対等な相手として接しているだけのようだ。
「なるほどな。確かにお金は大事だ。俺ちゃんもその意見には全面的に同意するよ。金が無くちゃ美味い飯も食えないし、柔らかいベッドで眠ることもできないもんな。でもよぉ」
『黄金の英雄』は心底不思議そうに首を傾げる。
「それ、虫けら共の味方をする理由にはならなくないか?」
「……」
「金が必要なら猶更ディアボロちゃんはファンタズムに来るべきだ。今ディアボロちゃんがどんな生活をしているのかは分からない。それでも断言できる。絶対ファンタズムに来た方が良い」
「……」
「俺たち『六英雄』にはファンタズムの女王ですら一方的には命令できない。俺ちゃん達は形式上、王命を受けてそいつらと戦ってるってことにはなってるけど、別に気分が乗らなければ断ることもできる。『六英雄』と女王の関係は主従ではなく、あくまで対等な協力者という関係だからな」
ディアボロは何も答えない。
だが話は聞いているのだろう。
その証拠に構えていた拳を僅かに下ろしている。
さらに一向に『黄金の英雄』に仕掛けようとしない。
相手の出方を窺っているのかもしれないが、『六英雄』の力がある程度拮抗しているのであれば、身構えもせずに棒立ち状態の奴はディアボロにとっては隙だらけのはずだ。
「これ、拙くないか?」
ディアボロが今ヘルヘヴンでどのような扱いを受けているのかは、以前ロボから聞いた。
ヘルヘヴンにはあいつを疎ましく思っている者などいくらでもいる。
魔王軍幹部『五本指』、さらには俺たち第七段階冒険者を遥かに凌ぐ力を持っており、その力にふさわしい働きを見せているにもかかわらず、ディアボロの現状はまさに冷遇そのものだ。
魔族の中には家族を人族との戦争で失った者も多い。
だからあいつからすれば理不尽な話ではあるが憎しみや、怒り、侮蔑の感情が向くのは一魔族として理解はできる。
だが報酬に関しては話がかわってくる。
聞けば、頭の固いお偉方の反発にあって正確な額こそわからないがディアボロに支払われる報酬はかなり少額に抑えられているらしい。
少し考えればわかるはずだろう。
ディアボロほどの戦力を抱え込むには、それこそ個人が支払えないレベルの報酬が必要となる。
だからそれを国庫から支払おうとするのは致し方ないことだ。
だがなぜそれを馬鹿正直に伝えてしまったのだ。
国庫で管理されている金は国民から徴収した税金がほとんどだ。
それをいくら『六英雄』という桁外れの戦力を引き込むためとはいえ、敵対種族であるディアボロに支払われるとなればいい顔をするはずがない。
こんなことでファンタズムに寝返りでもされたら本末転倒だ。
俺の横ではロボが青ざめていた。
どうやらこいつも同じことを考えているらしい。
「ファンタズムに来れば富も地位も名誉も、欲しい物は何だって手に入る。比喩じゃなく、女だって選り取り見取りだ。少しこの世界の連中の好みとは外れるかもしれんが、そういう性癖を持った奴は意外と多い。少なくとも『六英雄』の好みにはドストライクだぜ。地位的には女王と対等な『六英雄』、しかも唯一の男ときたもんだ。好みなんて関係ない」
俺ちゃんも食った女の数なんて途中から数えるのやめたしな。
そう言って『黄金の英雄』は笑う。
『英雄色好む』という訳か。
俺も似たような経験がないわけではない。
絶大な力はそれだけで魅力になりえるのだ。
現実逃避気味に馬鹿なことを考える。
しかし
「悪くは、ないんだろうな」
長らく無言を貫いていたディアボロの呟きに俺は現実に引き戻された。




