82話 糾弾
「人族の英雄を直接目にしたのは私も初めてでね。前々から欲しいと思っていたんだ」
英雄の実験体がね。
そう言ってフランベルジュはさらに俺に顔を近づけてくる。
もはや互いの鼻先が当たりそうな距離で、っていや当たってる当たってる。
薬品や火薬がまざったような奇妙な香りが俺の鼻腔を擽る。
「異世界から召喚されるファンタズムの切り札。その力は圧倒的で我々ヘルへヴンの最高戦力である『五本指』、そしてそこにいるロボ君を含めた第七段階冒険者の力を以ってしても互角にすら持ち込めない。キミたち英雄は我々魔族にとって非常に興味深い存在だ。それと同時に憎悪の対象でもあるがね」
俺の肩ががっちり掴まれる。
「さらに興味を引くのがキミたちが持つ『英雄装備』だ。状況に応じて変形する可変式の装備。そのどの形態も圧倒的な火力を誇る。なぁ、キミのモノも見せてくれよ?」
そう言って頬を紅潮させながら先ほどから荒かった息を更に荒げる。
俺は『人造人間なのに肌が紅潮するのか』などと言った現実逃避を始める。
いや、本当に怖いぞこいつ。
とにかく断ろう。
俺のこと実験体として飼いたいとか頭おかしいだろ。
いや、魔族であるこいつ的には敵対種族である俺を実験体にする事は別におかしなことではないのか。
「悪いがそのつもりは」
「キミさえ手に入ればワタシの研究は今までに無い進歩を見せるだろう!これまでは映像や報告による情報しか得られなかったがこれからは違う!なぜなら今!この場に!!実験対象が存在するからだ!!!」
いや話聞けよ。
完全に悦に入ってやがる。
「フランベルジュ様、さすがに度が過ぎますよ」
ロボがフランベルジュの腕を掴む。
ありがとうロボ。
ただ欲を言えば、もう少し早くに助けて欲しかった。
「んん?」
そこで初めてフランベルジュはロボに視線を向けた。
先ほどまで俺に向けていたものとは対照的な、路傍の石ころでも眺めるような視線を。
「ワタシは今、彼とお話しているんだがね。あぁ、もうキミは帰ってもいいよ。キミは魔王様のお気に入りだからね。さぞかし忙しいことだろう。キミは魔王様のため、ひいてはこの国のためにすべきことをしたまえ」
「お気遣い痛み入ります。そしてその点はご心配なく。現在私は、魔王様よりディアボロ様の身の回りのお世話を任されております。ファンタズムに対する切り札であるディアボロ様に快適に過ごしていただく事こそが、私が今この国のためにできる事です」
「へぇ……」
フランベルジュは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「『身の回りの世話を任されている』『快適に過ごしていただく』、ねぇ?」
馬鹿にしたように先ほどロボが告げた言葉を繰り返す。
「確かに彼はこのヘルへヴンにとって重要な存在だ。理解しているとも。キミたち地上にいる魔族たちよりもね」
「何が仰りたいのですか?」
「先ほどキミは自分の仕事は彼に快適な生活を送ってもらうために身の回りの世話をする事だと言ったね?」
「はい」
「その仕事、キミは十全に果たせているのかね?」
「……」
ロボが押し黙る。
「地下の引き篭もりと揶揄されるワタシだが、地上の情報はそれなりに入ってくるのだよ。例えば、自分たちの勝手な都合で異世界から引きずり込んできた彼に皆不満を抱いている事もね」
「これまで永い間人族と戦争を続けてきたんだ。その感情自体は理解できる。ただね?」
フランベルジュが俺の肩から手を離し、今度はロボの眼前に迫る。
そのあまりの気迫に後退りするロボを壁際まで追い詰め、尚もフランベルジュは続ける。
「そんな未熟な感情を彼に押し付けるなよ。本来我々は彼に三つ指ついて『私たちの勝手な都合であなたをこのような場所に呼びつけて申し訳ありません、どのような報酬でもお支払いしますのでどうかあなたの力を貸していただきたいのです』とお願いする立場じゃないのかね」
先ほどから随分と俺寄りの言動を口にする彼女に対して、俺は更に警戒心を強める。
あまりにも俺への擁護が露骨過ぎる。
「魔族の中には人族のことを『理性無き獣』と称する者が数多くいる。かくいうワタシもその一人だがね。だがワタシに言わせれば彼女らも人族と似たようなものさ。人族への憎しみを理性で抑えることができずに感情的に振る舞っているのだからね」
「あなたの仰ることはごもっともです」
「おいおい」
彼女は苦々しい表情を浮かべるロボを責めるように睨み付けた。
「何他人事みたいな顔をしているんだ?それを放置しているキミも魔王様も同罪だろう」
「……」
「先ほども言ったが、ワタシにも全てとは言えないが地上の情報はそれなりに入ってくるのだよ。そしてそこから得られた情報はこうだ『魔王様は他の有力な上級魔族たちとの軋轢を避けるため、彼女らの黒曜の英雄に対する態度を半ば静観している』違うかい?」
「いえ……」
「そのような扱いを受けながらも彼が本当に、心の底から快適な生活が送れていると思っているのかい?なぁ、実際どうなんだ?」
話の矛先が俺に向く。
いや、矛先ではないのか?
多分、今回ばかりは俺が責められている訳では無いと思うが。
しかし、フランベルジュの激しい口調自体は変わっていない。
「……この世界に来た時点で、快適な生活が送れるとは思っていない」
「だが、我々の立場からするとそのための努力はするべきだ」
そう言って彼女は再び俺に向き直った。
もはやロボに対する興味は欠片もないと言わんばかりにそちらには見向きもしない。
ロボは表情こそ普段とあまり変わらないが、その雰囲気からかなりの激情を抑え込んでいることが容易に想像できる。
それでも口を開かないのは心当たりがあるからだろう。
「そしてワタシならその努力を怠ることは決してないと言い切れる。ワタシは物の価値は決して見誤らない女だからね」
彼女は自信満々にそう言い放った。




