47話 主と執事
ヴェリル視点
「よろしかったのですか?」
点字で書かれた報告書を読む私に後ろで控えていた仮面の執事クラウンが問いかけて来た。
「何が?」
「お嬢様の件です。いくらロボ様もいるとはいえ、護衛に人族の英雄をつけるなど……」
「へぇ、私の決定に不満があるの?」
声に僅かに怒気を込める。
しかし、クラウンの飄々とした態度は変わらない。
「はい。今回の件をヴェリル様が決めた時から変わらず、私は今も彼をお嬢様の護衛として近くに置くのは反対です」
「これでも人を見る『目』には自信があるのだけれど?」
「私はヴェリル様の『目』を疑っているわけではございません。それ以上に黒曜の英雄を警戒しているのです」
ファンタズム六英雄が一人『黒曜の英雄ディアボロ』。
魔王様本人が直々に異世界から呼び出したヘルへヴンの最終兵器。
彼が召喚されたという情報を手に入れること自体は比較的容易であった。
召喚の儀式が執り行われたのは玉座の間であり、『五本指』などの幹部クラスの魔族以外にもその場の警備を任されていた者であれば入る余裕はあったからだ。
いくら国の要人とも懇意にしている『ヴェノム商会』とは言え、おおっぴらに商会の手の者を玉座の間までは送り込めない。
しかし警備兵たちから漏れた情報の収集くらいは容易くできる。
仕事を終えた人々が利用する酒場などを中心に、普段から商会の手の者に情報収集を行わせているからだ。
ただ今回の彼の情報はある程度意図的に広げられた物だと考えている。
仮にこれが秘密裏に行われる召喚の儀式であれば、幹部たちはともかく一般の警備兵は退室を命じられていただろう。
秘密を知る者が少なければ少ないほど、その秘密が漏れ出す可能性は減るからだ。
それをしなかったということは、魔王様としてもこの国における彼の立場を明確にしたいという狙いが少なからずあったのだろう。
彼は人族だ。
もし何も知らない魔族が街中で彼を見たら混乱し、中には冷静さを失い襲い掛かる者も出てくるかもしれない。
人族との永きに亘る戦争で大切な人を失った者は決して少なくはない。
それが戦争というものなのだが、それで納得できるかどうかはまた別の話だ。
では何故魔王様はそのような声明をもっと大々的に出さなかったのか?
私の考え過ぎかもしれないが、どうも魔王様はディアボロの存在を国民に伝える事に対して躊躇いがあるように見える。
噂が広がるのは構わないが、公の場では明言しない。
そんな姿勢が見て取れるのだ。
もしかしたら魔王軍内部でも意見が割れており、必ずしも全員が彼の召喚を好意的に受け入れていないのかもしれない。
そのため公の場で彼の存在を魔王様本人の口から公表する事は反対派の不況を買うと考えたのだろう。
自分から呼び出しておいて随分勝手な事だ。
「クラウン、あなたの目には彼はどう映ったの?」
「……私には彼が何か、モンスターの類に見えて仕方ありません」
「あらどうして?」
「男離れした巨躯にどんより濁った漆黒の双眸、感情らしき物を全く感じさせない能面のような顔。自分と同じ血が通った生き物と相対している気がしませんでした」
「なるほどねぇ」
なるほど、それがクラウンから見た彼の風貌か。
自分で得た触覚情報と彼女から得た視覚情報で答え合わせをする。
さすがにどのような目つきをしているのかまでは私には分からなかったが概ね予想通り。
私は生まれつき視力が弱く、それも年々悪化しており今ではもうぼんやりとした光しか認識できない。
だが優れた感覚器官を持つラミア族の中でも更にずば抜けた触覚の鋭さと優秀な執事のおかげで今の生活を送るうえで不便だと思う事は殆ど無い。
唯一不満を挙げるとすれば、愛する一人娘の顔を見ることができない事だ。
定期的に顔に触れる事で娘の成長を手先で感じ取る事はできるが、やはり実際に自分の目で見たいというのが本音だ。
もう何年もこの目を治す方法を探しているが、『ヴェノム商会』の財力と情報網を以ってしても未だそのような方法は見つかっていない。
今回の仕事が上手くいけば、彼に私の目の治療法を調べてもらうのも良いかもしれない。
彼ならば今まで手に入らなかった高危険度のモンスターの素材も手に入れることができるだろうし、もしかしたら既に治療できるような物も持っている可能性もある。
私はクラウンほど彼個人に悪い感情は抱いていない。
では好意的な感情を持っているのかといえばそういうわけでもないのだが。
彼とはまだ一度しか会っていない。
彼がどういう人物か判断するにはもっと時間をかけて見定める必要があるだろう。
ただ、現段階で『客』として扱う価値は十分ある。
戦闘能力がずば抜けて高く、頭も悪くないし何より他の人族と違って魔族に対して明確な敵意を抱いていない。
腹の内では何を考えているか分からないとはいえ、少なくともそれを表に出さない程度の分別はある。
しかしそれもこちらの対応次第だろう。
下手に出るつもりは毛頭ないが、誠意はきっちり見せなければなるまい。
もとから誠意のある商売をするつもりではあったが余計な失言などにも気をつけなければ。
「彼とは良い関係を築きたいものね」
「相手は六英雄、使いようによっては商会に莫大な利益をもたらす事でしょう。馬鹿と鋏は使いようという」
「クラウン、彼は馬鹿じゃないわ」
クラウンがまた妙な事を口走ろうとしていたのでそれを遮る。
彼女の事なので間違っても彼の前で今のような事は言わないと思うが、念のため釘を刺す。
「良い商売というのはどちらか片方が一方的に儲けていては成り立たないの。その時はいいかもしれないけど、そんな関係はすぐに破綻するわ」
「……おっしゃるとおりです」
「言わなくても分かると思うけど、今のような発言は慎みなさい。あなたが人族を嫌っているのは私も十分理解しているけど、プロであれば仕事に私情を持ち込むのは止めなさい」
「肝に銘じておきます」
クラウンは幼い頃に人族との戦争に巻き込まれて実の妹を亡くしている。
その後縁あって私は彼女を執事として雇い入れ、生まれてきたばかりのサーシャの面倒を見てもらっていた。
彼女はサーシャの事を妹のように可愛がっているのでそれも彼に対する当たりの強さの原因なのだろう。
彼女もまた、私と同じくサーシャの事が心配でたまらないのだ。
私は窓の外から差し込む光に僅かに目を細める。
願わくばあの子にも彼と良い関係を築いてもらいたい。
そんな事を考えながら私は積み重ねられた書類に手を伸ばした。




